「菜食主義の吸血鬼」
――喉が、渇く。
深夜のマンションの一室。灯り一つ無い暗闇の中、一人の男が苦しんでいた。
ベッドにしがみ付くように横たわり、爪を突き立てるように布団を握りしめ、歯ぎしりをする口元からはよだれさえこぼれている。
何も知らない者が見れば、狂人と見間違うであろう有様である。
――喉が、渇く。
ベッドの足元には、空になったペットボトルが何本も転がっていた。男は水を何本も飲み干したのだ。
それでも男の渇きは満たされない。喉の奥がひりつき、疼き、アレを寄越せと本能が叫ぶ。
――血ヲ、喰ラエ!!
男の身体を支配する真っ赤な衝動。吸血衝動だった。男は吸血鬼なのだ。
「――嫌、だ……!」
汗だくになりながら、男が声を絞り出す。
それは明確な本能への反旗だった。血を吸うという吸血鬼の本能、それへの叛逆。
「わたしは、すいたくない……!!」
男は意識が朦朧となりながらも、自らの意志を示す。
血を吸いたくない。ただその一心を。
何故だ、と本能は叫ぶ。吸血衝動を強ませながら男に問いかける。何故血を吸いたくないのだ、と。
それに対し、男はこう答えるのだった。
「あんな不味いモノ! 誰が吸うか!!」
「菜食主義の吸血鬼」END




