「とある忍者の懇願」
テーマ「01、哀願・嘆願」
●これまでのあらすじ
現代社会の裏に忍者の影在り。
闇夜に紛れ、影に隠れて忍者達は戦いを繰り広げている。
これはそんな忍者達の戦いの記録。
●●●
「――頼む。子供がいるんだ。助けてやってくれ」
「――戯言を。そんな言葉を聞く必要がどこにある」
とある夜の竹林。月明りが照らす開けた場所に、二つの人影がある。
黒の忍者装束に身を包み、直立不動の姿勢で苦無を突きつける少年――僕と。
苦無を突きつけられた、緑の忍者装束を腹から血に染めた、傷だらけの40代の男。
共に忍者。僕達は刃を交え――勝負はついた。無傷の勝者と、致命傷の敗者に。
「僕が子供だと思って甘く見ているのか?」
「まさか。俺だって伊達に忍者をやっていねぇよ。お前の実力が大したものだってのは嫌でも分かる。
――だからこそ、俺の子供の世話を、お前に頼みたいんだ」
「訳が分からない」
困惑、というより拒絶の意味を込めた言葉。
どうやら僕は、今から殺そうとしている相手から――子供の世話を願われているらしい。
意味が分からない。
何故僕がそんなことをしなければならないのか。
男とは殺し合っただけの間柄だ。そこに情など存在しない。任務だから、戦った。ただそれだけの関係だ。
そんな関係とも言えない関係なのに、何故男は僕に子供を託そうと言うのだろう。
「俺の子供は使い道がある。俺の血を引いているからな。先祖伝来の特殊能力が眠っているだろうよ。
利用価値はいくらでもある」
忍者の血には特殊能力が眠る。これは事実である。
忍者は長い年月をかけて己の肉体を改造し、己が血統のみが開眼する特殊能力を付与する。
驚異的な身体能力から、未来視の魔眼と言った特殊臓器まで。
男の能力は木遁――植物を操る能力だった。竹林においては周り全てが彼の武器と出来る状態であり、事実苦戦を強いられた。
その特殊能力を持つ子供ならば、確かに利用価値はあるだろう。
洗脳・調教して手駒にするも良し。その身体を解剖し、能力の解析をするも良し。
どちらにせよ――
「僕がお前の子供を預かったとして。ロクな末路を迎えませんよ」
忍者とはそういうものだ。社会の影、裏の世界。そこでは倫理や常識と言ったモノは存在しない。
暴力と、権力と、財力と――様々なチカラが、思うままに振るわれる混沌。そんな闇の世界に、忍者は生きているのだから。
「それでも、お前は僕に子供を預けると言うのですか」
「ああ。お前は信用できるからな」
に、と口角を上げる緑の男。その表情が不可解で、僕は問いかける。
「信用? 僕が? ただ殺し合っただけの僕の、何を信用すると言うのです?」
「お前の力さ。俺を殺すだけの力を持ってるんだ――きっと俺以上に、子供をうまく使ってやれる」
頼んだぜ。
勝手にそう言い残し、男の首がガクリと落ちる。力尽きた。死んだのだ。
元より致命傷。いつ死んでもおかしくなかった。だが――
「最期の言葉が、それですか」
僕は男の死に顔を見る。穏やかな顔だった。笑みさえ浮かべた、安らかな顔。一片の悔いも無い、とでも語るかのような表情だった。
忍者がこんな風に死ぬのを、僕は初めて見た。
「まるで勝ち逃げ、ですね」
苦々しく思いながら、僕は男の死体を漁り始めた。
何か、男の子供につながる情報が無いか、探し始めたのだ――
●●●
その後。
僕は男の言葉通り――男の子供を見つけ、自分なりに保護下に置き、育てている。
彼の子供のチカラは、彼以上のモノであり――うまく育てれば、僕の良い手駒となるだろう。
彼の思い通りに。
そのことにどこか釈然としない思いを抱きながらも――僕は今日も闇夜を駆ける。
忍者として。生き抜くために。
「とある忍者の懇願」END




