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錬金術師ヴァネッサ

 女錬金術師 ヴァネッサ。

 その界隈では良い意味でも悪い意味でも知らぬ者はいない程の有名人だ。


 そもそも錬金術とは金属を練成する(すべ)を熱以外に求めた者たちが構築した技術体系である。

 薬品などを用いた反応・分離・抽出の研究を経て物体の性質そのものを探求する学問へと変化していき、現在では魔石具の開発や錬金生物と総称される生命体の創出などその裾野は多岐にわたっている。


 ヴァネッサはさる名門の出で、幼い頃に教養の一つとして錬金術という学問に出会った。

 彼女は瞬く間にその奥深さにのめり込み、天性の才能でもって様々な革新的技術を開発していった。

 錬金生物の稼動期間の7割増、光の魔石具の作成費用の4割減、生体利用による金属の新たな抽出方法の開発、薬品の精製における錬金生物の利用法の提言、それらに関わる数々の特許……

 大人でも真似をすることは難しいほどの業績に喜んだ彼女の家族は研究を後押ししたが、自由な予算を手に入れた彼女は己の好奇心を満たすための研究を始めた。

 彼女は錬金術の中でも生物の仕組みや生体における魔素の利用、その錬金生物への応用に強い関心があった。

 予算を使って生き物を購入した彼女は、それらを解剖し、解体し、標本を作り、錬金生物へ流用し、時に生きたまま魔石具に組み込もうとさえした。

 彼女の家族はその有様に恐れを抱き繰り返し注意したが、彼女の探求は留まることを知らず、当主である父親の愛騎であった鎧甲虫を勝手に錬金生物へ改造したのを機に絶縁され家を追われてしまう。


 ガルドと彼女が出会ったのは、丁度その頃だった。






 ▼▲▼






 ゲルノーティオでも下層民が住む下町の一角、木賃宿や場末の酒場、粗末な長屋が密集する中で不自然に空き家の多い場所にその建物はあった。

 雑多な建物が多い中でも目立つ、増築が繰り返され野放図に大きくなった歪んだ外観。

 場所によって天井の高さや壁の建材も違い、統一感というものが全く感じられない。

 これも始まりは普通の一軒家であったことを知るガルドは、何をどうすればこんな異様な見た目になるのか呆れた気持ちになる。

 建物の前で辺りを見回すが、この近辺だけ人っ子一人いない。

 下町なのに酔っ払いや悪童の類すら近づかないとなると、ここでの評判も推し量れるというものである。

 あいつも少しは近所付き合いというもんを学べんのか、と活かされていない頭の良さを嘆き、残念な気持ちになりながら扉を叩く。

 扉の叩く音に反応して何匹かの生き物の鳴き声があがる奥から、「誰だ~い?」と眠そうな声が聞こえてくる。



 ガルドじゃ、急で悪いが頼みがあるんじゃが?



 彼がそう答えると、ドタドタと騒がしい足音がしてそうかからずに扉が内側から勢い良く開かれた。


「ガルド! 久しぶりじゃないか、よく来てくれたね!」


 出てきたのはガルドより幾分背の低い体を丈夫そうな作業着に包んだ女ドワーフ、ヴァネッサだ。

 黒刃岩のように黒い髪は一つに纏めて結わえられ、しばらく篭もっていたのか髭は伸び放題になっている。

 背の低さも相まって、この姿では声変わり前の少年ドワーフと間違う者もいるだろう。



 久しぶりも何も、8日前には顔を出したじゃろう?



 ガルドが呆れ混じりに言うと、ヴァネッサは心外だ、といった顔で言い返す。


8()()()だよ! なんならまた増築するからウチに越して来ないかい? 歓迎するよ?」


 彼女の言葉にガルドはまたその話か、と溜息を吐く。

 これがガルドが彼女を苦手な理由だ。

 昔、彼女が金はあるが信用はなく住む家を得られずに困っている時に、見かねたガルドが方々に頭を下げて此処にあった最初の家に住む助けをした。

 それ以来彼女はガルドに非常に懐き、折に触れては自分の所に来ないかと言ったり作った物を押し付けるように渡したりしてくるようになったのだ。

 完全な善意であるのは分かるのだが、ガルドにも世間体というものがある。

 年少の女性の好意に甘えていては年下趣味の誹謗は免れまい。

 ガルドも彼女のことは悪い奴ではないと思っているが、女としては見てはいない。

 ドワーフの基準でいえば腹の肉が少なすぎるし、まだ若すぎる。

 しっかり肉を付けて髭を整えれば20年、いや10年もすれば男たちが放っておかないような艶も出るだろうが、今はただの中性的な痩せ過ぎのドワーフだ。

 自分になど構っておらずに同年代の友人を見つけたらどうだとは思っているが、彼女が適齢期になる頃にはガルドは中年に差し掛かっているはずなので、その頃には構われることはないだろうとそちらの心配はしていなかった。



 悪いが受けるつもりはない。()()()を作らんというなら、多少考えもするがな



 ガルドの答えにヴァネッサはう゛~、と残念そうに呻きながらも大人しく引き下がった。

 引いてくれたのは有り難いが作らんとは言えないあたり、この前また日雇いの清掃夫が泣きを入れたというのに反省はしていないと見える。

 まあ簡単に諦めがつくなら家を追い出されてなどいないだろうが。


「むう……とりあえず、中に入ってお茶でも飲んでいきなよ。話はそれから聞くから」


 建物に招き入れる彼女に続いて中に入ると、まず錬金術で使われる薬液の独特の匂いが鼻につく。

 清掃夫を雇って定期的に掃除はしてもらっているらしいが、恒常的に使用される薬品の匂いは如何ともしがたい。

 まあ清掃夫たち(彼ら)がたびたび泣きを入れる原因は臭いではないのだが。


「みんな~、ガルドが遊びに来てくれたよ~!」


 彼女の声に反応してキィキィキチキチギャーギャー鳴き声を上げる複数の存在。

 通路にも幾つも置かれている(ケージ)の中に入れられた異形の生物たちだ。

 頭が2つある蜥蜴、節足の無数に生えた蛇、頭のあるはずの場所に大きな口しかない蝙蝠、体中に目玉のある大鼠、元の本数の倍以上の数の脚をもつ蜘蛛……

 元の生物の姿をとどめた物もいれば、最早何から作られたのかも分からない物もいる。

 これらは彼女が造った錬金生物たちだ。

 彼女の専門である生物の仕組みの研究とその応用、その実験の為に生体を利用して作られた実験体。

 ほとんどのドワーフが気味悪がって近づかないソレを彼女は可愛いコたちと言ってはばからない。

 ガルドとてこの奇怪な姿の生き物たちを可愛いと思っているわけではないが、ガルドの彫刻の師が抽象的なものを彫る変わり者だったためそういう考え方もあると許容できているだけである。


「うんうん、みんな元気元気♪ これならまだまだ()ちそうだね!」


 錬金生物は魔素を代謝して疑似的に生命を与えられた存在であるため、稼働限界が存在する。

 それは大きな体や強い力を持つものほど短くなる傾向にあり、そのバランス調整や効率の上昇のために彼女は様々な実験体を造っているのだ。

 ……趣味が含まれているのも否定できないが。



 毎度思うが、見た目はもう少し何とかならんのか? 近所の子供からお化け屋敷扱いされておるぞ



 彼女以外にも錬金生物を扱う錬金術師は存在する。

 しかし、その多くは基礎的な錬金生物である動く粘体(スライム)や近縁の生物の特徴を併せ持った合成獣(キメラ)程度であり、彼女の実験体ほど独創的な見た目はしていない。

 それは技術的に難しいという理由もあり彼女の腕の裏付けでもあるのだが、もう少し配慮してもいいのではという苦言を呈さずにはいられなかった。

 けれど、ヴァネッサはフフンと笑って答える。


「見た目に拘るなんてくだらない、枠に囚われずに新しいことや限界に挑戦しないと発展はないんだから!」


 ヴァネッサが言う事にも十分に理があるのでそれ以上言葉を重ねはしなかったが、女なのだから自分の見た目にはもう少し気にするべきだとガルドは思った。






 ▼▲▼






「……で、今日の用件は何だい?」


 ガルド以外に使っている者がいるか怪しい応接間で、苔茶を啜りながらヴァネッサが問いかける。

 彼女はドワーフでは珍しく、頭が回らなくなるからと一日の最後、実験が全て終わって寝る前以外に自分からは酒を飲まない。

 もちろん勧められれば飲むが、それだけでも彼女がただの小娘ではないと言えるだろう。



 急ぎで精霊酒を用意してほしい。東の坑道の(ヌシ)殿がご立腹なんじゃ



 彼女は目を(みは)り、吹き出すように笑った。


「なんだそんなことかい? それならこの前あげたスキットルに追加で足してあげるよ。しかし、(ヌシ)を怒らせるなんて何をしたんだか……」


 彼女は持ち前の観察眼でガルドが妙に困った表情をしているのに気づき、言葉を途中で切る。

 訝し気に思った彼女がどうかしたのか聞くと、ガルドは歯切れ悪く答えた。



 ……スマン、あれは壊れてしもうた



 天稟を持つ才女 ヴァネッサ。

 まだ若い彼女の(まなじり)に一杯の涙が溜まるまで、そう時間はかからなかった。

用語解説:動く粘体(スライム)

錬金生物の中でも基礎的なもの。特殊な溶液に魔素を代謝させ、疑似的に生命を与えている。

基本的な機能として、動いて近くの物を取り込み消化する。

消化する物は作成の際に細かく決められ、稼働限界に達すると自らの溶液も代謝してただの水になってしまう。

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