変わり者の錬金術師
どうにか二人は五体満足のままドヴェルグとの対話を済ませ、坑道の入り口でたむろするドワーフたちに事の次第を伝えた。
ドヴェルグへの捧げものが盗まれたことには管理組織の怠慢だと非難する声もあったが、一応の落としどころが定まっていることもあり、ガルドが割って入る前のような吊し上げには至らなかった。
説明の途中で受付の男が使いを出していた管理組織の上役もやってきて、事情を理解した上役はドヴェルグに詫びの品を渡すまでは坑道を一旦閉鎖、仕事ができなくなる採掘夫たちには一時金を支払うことを宣言した。
これによって、それまで不安から騒めいていたドワーフたちも納得し、後の事を管理組織に委ねて三々五々に散って行った。
「ふぅ、スマンかったなガルド。あやつだけではこうはならんかったじゃろう」
使いの者に呼ばれて慌ててここにやってきた上役のドワーフはガルドに感謝を述べた。
受付の男はドヴェルグに会って腰を抜かしていたためガルドに背負われて帰り、詳しい事情を説明させるという名目で管理組織の会合へ背負われたまま連行されている。
「あやつは歳の割に肝が小さいからのう。しかし、勝手に条件を決めてしまったが大丈夫か?」
一応は管理組織側の者として受付の男が同伴していたが、ドヴェルグと顔を合わせてから茫然自失としていたのでガルドが話をまとめてしまった。
精霊の実力行使を止められたといえばお手柄ではある。
しかし、管理組織が条件を履行できなければ重ねて約束を破られた精霊の怒りは酷いものになるだろう。
その責はガルドにも向けられることになるのだから当然の心配である。
「代わりの木工細工は大丈夫じゃ、在庫がある。しかし、精霊酒がな……」
その言葉にガルドは訝しむ。
確かに精霊酒は錬金術師の中でも腕のいい者にしか作るのが難しい部類の品なのに、精霊に渡す以外の使い道が乏しいのであまり好まれない。
しかし、管理組織は提携している錬金術工房が複数あるため手配するは難しくないと思われた。
そこまで考えてガルドはあることに気付き、思わずあっ、と声が漏れる。
そういえば、もうすぐ技術評定会の時期だ。
鉄王国の技術評定会は、他国での収穫祭に匹敵するほど大きな行事である。
鍛冶、錬金術、彫金、彫刻、細工……多くの職人が名を上げようとこぞって参加し、少しでも良い評価を得ようと切磋琢磨する。
各部門で表彰された職人には鉄王国政府の酒蔵から秘蔵の酒が樽で送られることもあって、工房でも腕っこきの職人たちも積極的に参加してくる。
ガルドはここ数年、この行事から離れていたので忘れていたが、確かにこの時期では工房は忙しかろう。
「技術評定会に出す品を必死で作っておる奴らの時間を削る訳にはいかんが、後回しにできる話でもない。しかしこの時期に暇をしてる腕利きの錬金術師といってもなぁ……」
悲壮感を漂わせる上役のドワーフに、渋い顔をしながらガルドは心当たりがある、と告げる。
本当か、と上役のドワーフは顔を喜びに輝かせるが、妙に歯切れの悪いガルドに疑問を浮かべ、そして思い当たったのか急激に顔色を悪くさせる。
「……まさか、アイツか?」
恐る恐るといった様子で訊ねてくる彼に、ガルドは無慈悲に首肯する。
絶望すら伺わせる表情になった上役のドワーフを見てガルドはさもありなん、と心中でつぶやく。
ドワーフという種族の傾向として頑固、偏屈な者は山のようにいるが、アイツのように嫌悪を抱かせるものは少ない。
本人はむしろ性格的には好ましい部類なのだが、やっている内容に非常に問題がある。
なにしろ過去に実家から追い出されているくらいだ。
だが、それでも自立して生活できているのだから、錬金術師としての腕のほうは折り紙付き。
仕事に関しても、収入の半分以上を特許で得ているような奴だ、技術評定会にも興味はないようだし暇をしていることだろう。
問題は自分の研究を優先したがるので、仕事の依頼を受けたがらないことだが――――――誠に遺憾ながら、ガルドは個人的に気に入られているので受けてくれるはずだ。
「……仕方ないじゃろう、他に腕と時間がある奴がいるとは思えん。儂から頼んでおくから安心せい。大概の奴にはあやつの所は刺激が強すぎるからのう」
ガルドの言葉に上役のドワーフは涙が滲むほど安堵を浮かべ、逆にガルドは諦めの溜息を吐く。
彼女から受け取ったスキットルを壊してしまったことに何か言われることが、ガルドには今から憂鬱であった。
用語解説:鉄王国の特許
鉄王国では新技術や工程、部品などの発明に関し特許を申請することができる。
有効期間中は特許権保持者に対し、特許内容の使用申請と特許料の支払い義務が生ずる。
これに違反すると禁錮・労役・禁酒などの刑罰が処されることとなる。
有効期間は発明者が特許内容を再現できる間であるため、失効する前に特許権を返納する老ドワーフも一定数存在する。