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消えた捧げもの

「……しかし、本当に大丈夫かのう。問答無用でぶっ飛ばされたりせんか?」


 二人で二番支道へ向かって歩く道すがら、受付の男が不安そうにガルドに問いかける。

 ガルドは大丈夫じゃ、と返すが根拠はない。

 本当はガルドも話に応じてくれるかどうかは五分五分くらいだと思っている。

 精霊は基本的に鷹揚(おうよう)な性格の者が多いが、一度荒ぶれば辺りを焦土に変えるまで憤激(ふんげき)冷めやらぬ者だっているのだ。

 だが、そんなことを伝えれば何某(なにがし)かの理由をつけて行くのを渋るだろうから伝えなかっただけでである。

 最悪、威嚇(いかく)なしに出会い(ばな)にぶっ飛ばされるようなら精霊が手加減などしてくれようはずもないので確実に命はないだろうが、地の精霊はどちらかといえば思慮深(しりょぶか)い方なのでそれはないと思いたい。

 少なくとも、気が変わりやすくコロコロ考えを変える風や、熱しやすく冷めやすい発破(はっぱ)のような火、積極的に関わってくる事は少ないが関わる時はこちらの意見をほぼ聞かない水の精霊などに比べれば話が分かる相手だ。

 話をする機会さえもらえれば、この鼻薬(精霊酒)が良く効くことだろう。



「おっと、そろそろじゃ。気を引き締めよ」


 ガルドは振り向かずに言ったが、受付の男が体を強張らせるのが手に取るように分かった。

 胆力が足りないから明確な庇護者(ひごしゃ)のいるこの坑道へ回されたのだろうに、気の毒なことだ。

 しかしこの期に及んでは腹を()えてもらうしかない。

 二番支道を進んでいくと、皆手に取るものも取り()えず逃げたのかそこらに仕事道具のツルハシやノミ、(くさび)が捨て置かれている。

 ガルドたち二人しかいない道具の散らばった坑道はまるでうらぶれた廃坑のようで、この奥に待ち受ける存在(精霊)も含めて受付の男は怖気(おぞけ)(ふる)って顔を青くした。


 ドヴェルグの縄張りである(くだん)の空洞の少し手前までくると、大きな岩が坑道を塞いでいた。

 ガルドは既に塞がれたか、と落胆の、受付の男が少し嬉しそうに安堵(あんど)の息を吐いた時、坑道を塞ぐ大岩が壁面を(こす)りながらゴソリと動いた。

 大岩が動くと、側面には同じ質感の岩で構成された複数の脚があり、それらを器用に動かして横に回転すると鎌状の一対の上顎が姿を見せた。

 それは岩でできた巨大な蜘蛛。

 自然にはあり得ない生き物に受付の男が声にならない悲鳴を上げ、ガルドも顔を引きつらせていると声が響いた。


定命(ジョウミョウ)ヲ選ンダ同胞ヨ、約ハ破ラレタ。()()レ』


 硬い物を擦り合わせる様な異音とともに響くその声が、眼前の巨大な岩蜘蛛から聞こえてくるのに気付いた時、ガルドは慌てて顔を伏せて礼をした。


「ドヴェルグ殿、お怒りのこととは思うが、どうか話を聞いてくれんか」


 精霊は基本的に肉体を持たない。

 それ故に姿を見せる際には近くの物で仮の肉体を構成するのだ。

 この岩蜘蛛の姿も地蜘蛛かなにかを模してドヴェルグが造ったものに違いない。

 普段はノッカーたちのように人型を選ぶというのに、攻撃的な姿をとっていることからも精霊の怒りが読み取れる。

 ドヴェルグは大顎(おおあご)をガチガチと打ち鳴らしながら耳障りな音と共に答えた。


『……話ス必要ヲ感ジヌ』


 少し間はあったが、排除の意思は変わらないようだ。

 いくらドワーフとドヴェルグが成り立ちからして近く親和性が高くとも、肉体を持たない精霊にとっては変わった道を選んだ又従兄弟(またいとこ)程度の認識である。

 血縁などない精霊にとっては割と濃い繋がりだが、結んだ約束を一方的に破られたというのはそれを全て吹き飛ばしてしまう。


 このままではあの岩の巨体で叩き出されるだろう。

 ガルドは慌てて懐から精霊酒の入ったスキットルを取り出した。


「ここに少しではあるが精霊酒がある。これを差し上げるので話を聞いて欲しい」


 がちん、と音を立てていた大顎(おおあご)が止まり、辺りに静寂が広がる。

 岩でできた複眼は何も映してはいないが、ガルドは己が手の中の物に視線が集まっている錯覚を感じた。

 そっとスキットルを地面に置き、腰を抜かして動けない受付の男を引きずりながら後ろに下がると、ドヴェルグは岩でできた体とは思えない速さで近づいてきた。

 器用に上顎でスキットルを掴み上げると、魔素を通さない特殊な合金で作られたそれを岩の顎で容易く引き裂く。

 容器(アレ)はそれなりに大事だったんじゃがのう、と精霊酒に酔いしれ機嫌良さそうにユラユラと節足を動かす巨大な岩蜘蛛という気が抜ける姿を見ながらガルドは思う。

 それでもやはり量が少なかったのか、すぐに動きを止めたドヴェルグはガルドたちに向き直った。


『対価ハ受ケ取ッタ。話ヲ聞コウ』


 先程までの敵意の混じった緊張感は薄れ、突き放すようだった声にも多少温かみが感じられるようになった。

 一先ずは上手くいった事に息を吐いたガルドはドヴェルグに切り出した。


「何故そのように荒ぶられるのか? 約が破られたとはどういう事じゃ?」


 坑道がドヴェルグの縄張りに通じた当時、管理組織がドヴェルグに約束したのは二つ。

 ドヴェルグの縄張りを野放図(のほうず)に荒らさない事、そして定期的にドヴェルグの好む物を捧げる事だ。

 精霊酒など地の精霊が共通して好む物もあるが、他は個々の精霊で好む物は違う。

 このドヴェルグは精緻(せいち)な彫刻が施された木工細工を好み、捧げられた品を縄張りの地下空洞に蒐集(しゅうしゅう)していたはずである。


(サキ)ノ日ニ我ニ捧ゲラレタ品ガ消エタ。定命(ジョウミョウ)ヲ選ンダ同胞ノ存在ヲ感ジタユエ、約ハ破ラレタト断ジタ』


 ドヴェルグの言葉にガルドはジロリと受付の男を(にら)みつける。

 (にら)み据えられた受付の男は慌てて首を振った。


「わ、儂は知らん! 精霊殿の物を盗むなんて恐ろしいことをするものか!」


 なんとも情けのない言い分だが、胆力の無いこの男がそんな大それたことが出来そうにないのも事実。

 となれば、事情を知らぬ都市外部の者の行いと見るべきだろうか。

 しかしゲルノーティオは鉄王国の玄関口、外からの旅人というだけでは絞り込むのは容易ではない。

 とりあえず今はドヴェルグの怒りを解かねばなるまい。


「消えた品を探すか代わりの品を必ず用意して、新たな品とともに捧げるので怒りを鎮めてはくれんじゃろうか?」


 ガルドの提案にドヴェルグはしばし思案し、キィキィと擦れる音とともに答える。


『……精霊酒モアルノナラバ』



用語解説:ドヴェルグ

地の中級精霊。

普段は体を構成せず、地下空洞や洞窟などの魔素が淀みやすい場所にいることが多い。

ドワーフの祖先となった精霊もドヴェルグであったと言われる。

力は中級精霊の中ではそれ程でもなく、被害は局地的なもので済む。

そう、坑道一つが落盤で崩壊するぐらいで。


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