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荒ぶる精霊

 石の切り出しは順調に進んだ。

 白皙岩(はくせきがん)は磨くとつるりとした光沢を放つ上質な石材だが、かなりの硬さで採石には骨が折れる。

 しかしノッカーたちは下級といえども精霊ゆえの疲れ知らずさで坑道の壁面を削り、石を切り出していく。

 ガルドはノッカーたちが削りすぎないよう注意しながら指示の溝を掘り、切り出した石材を運んで重ねる。

 坑道の側に建てられた小屋で食事や睡眠の休憩を取り、時折精霊酒を与えながら石の切り出しを続けていくと、二日目の昼頃には結構な量の石材の山ができていた。


(今頃はエドも昼飯を食っているのかのう)


 仕事の前に買っておいた干し肉を(かじ)りながら『この前あやつが作った料理は美味かったな』と思い出して落差に溜息を吐く。

 今まで仕事で坑道や仕事場に籠もることがあっても食事に不満を持ったことはなかったのだが、【舌の贅肉(ぜいにく)は付ければ落とすのは容易ではない】とはよく言ったものだ。

 エドの料理は材料に偏りはあるが、どれも味は良い。

 ここしばらくの生活で彼が食事の準備をする比率も増えていたので、ガルドの舌はすっかり肥え太ってしまっていた。


(やれやれ、これではどちらが世話をしてやっているのか分からんな)


 エドが独りでも暮らせるようになるまで世話をしてやろうと思っていたが、案外その後困るのはガルド自身かもしれない。

 苦笑を浮かべて塩気の強い干し肉を飲み込み、石の切り出し作業に戻ろうとした時、ガルドは足元から(わず)かな違和感を感じた。


 気のせいでなければ、(かす)かに揺れている気がする。

 すわ落盤の前兆か、と背筋に冷や汗が流れたが、すぐに揺れは感じなくなった。

 思わず安堵(あんど)の息が漏れ、ガルドは作業を続けるのをやめて急いで撤収の準備に入る。

 たとえ元通りになったように思えても、こういう違和感を感じたときは一旦撤退するに限るのだ。

 狭い坑道で落盤にでも遭おうものなら、いかに頑健(がんけん)なドワーフとて命に関わる。

 よく言えば豪快、悪く言えば大雑把な者が多いドワーフも生死が懸かれば慎重にもなる。

 死んでしまえば二度と酒は飲めないのだから。


 ノッカーたちに報酬の精霊酒を与えて解散させ、道を逆戻りして坑道の本道に向かう。

 三番支道はそこまで深くないので時間が掛からずに本道との合流地点に着いた。

 坑道から出ようとガルドが出口へ歩きだそうとしたが、坑道の奥の方から石工仲間の知り合いがこちらに走ってきた。


「おおガルド、来ておったのか! 早く逃げた方が良いぞ!」


 切羽詰まった様子にガルドは困惑する。

 此処より奥で採掘が許されているのは2番支道だけだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 先程の揺れ程度で逃げ出す必要があるとは思えないのだ。


「一体何事じゃ、先程の揺れと関係あるのか? (ヌシ)殿はどうしたんじゃ?」


 ここの坑道の二番支道には(ヌシ)がいる。

 前々からこの坑道は上質な石材が採れると有望視され積極的な採石が行われていたが、ある日、調子に乗ったドワーフが二番支道で地下空洞を掘り抜いてしまった。

 それだけなら別の方向へ支道を伸ばせばいいだけの話なのだが、問題はその空洞が地の中級精霊『ドヴェルグ』の縄張りだったことだ。

 泡を食った管理組織はドヴェルグに必死に許しを乞い、ドヴェルグは要求を聞き入れるのを条件に二番支道への立ち入りを許可するとともに地盤の崩壊を防ぐことを約束した。

 かの精霊が二番支道での危機を見逃すとは考えにくい。

 しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。


「どうしたもこうしたもない! その(ヌシ)殿がご立腹なんじゃ!」


 その返答にガルドは一気に青ざめた。

 精霊によってその持つ力の強さは違うが、(おおむ)ね中級精霊ともなれば容易く他者の命を奪うことができる。

 意思がある災害のような上級精霊に比べればましだが、安心できる材料にはならない。

 精霊は肉体を持たない故に死ぬことはなく、縄張りを持つ者はそこから動くのは(まれ)だ。

 ドヴェルグの怒りを解くことが出来ねば最悪、この坑道は廃棄されることになるかもしれない。


 巻き込まれてはたまらない、ガルドも一緒に出口を目指して短い脚で走り出した。






 ▼▲▼







 坑道の出口には採掘に従事していたであろうドワーフたちで人だかりができていた。

 突然の出来事に皆困惑しているようで、どこか落ち着かないざわめきが響いている。

 この場唯一の管理側の者である受付の男は、周りのドワーフから突き上げをくらっていた。


(ヌシ)殿が荒ぶるなど、いったい何をしたんじゃ!」

「早うなんとかせんか!」

「これでは仕事にならんぞ!」


「い、いや、儂にも一体なぜこんな事になったのか分からんのじゃ。さっき上の者に使いを出した。それが帰ってきてから対応を……」


「それでは間に合うものか!」


 寄ってたかって責められ脂汗を浮かべる受付の男。

 奴は此処の受付でも古株のほうだが、胆力はなくこういう非常時には頼りにならない。

 かといって、このまま彼を責め続けさせても事態は動かず手遅れになるだけだろう。

 ガルドは大きく掌を鳴らして注目を集めると、彼らの間に割って入った。


「そこまでじゃ、こやつを責めたところで状況は変わらんぞ」


 突然しゃしゃり出てきたことに不快気な顔をする者もいたが、大半は憐憫の視線を向けている。

 ガルドは腕前もそうだが、その性格によって広く顔が知られている。

 調停役のような貧乏くじを引くことも多く、またお前か、と呆れた顔をしている者もいた。


「お、おうガルド。すまん、助かったわい」


 受付のドワーフは心底ホッとした様子でガルドに感謝を告げたが、周りのドワーフたちは今度は彼に言葉をぶつけてきた。


「ガルド、お前さんの言うことは分かる。じゃがこのまま待つというわけにはいかんじゃろう!」

「そうじゃ! 何かしらの手を早く打たんと坑道ごと入れんように塞がれるかもしれんぞ?」


 彼らの心配ももっともだ。

 精霊はなまじ死なない分、どんな手段を使ってくるかわからない。

 二番支道に近づく者を追い払うようになるくらいならまだいいが、もっと短絡(たんらく)的に坑道自体を崩壊させて入ってこれなくする事だって可能なのだ。

 心配に苛立(いらだ)ちや焦りが混じった様子の彼らに、ガルドは己の胸を大きく叩いて宣言した。


「儂がこやつと一緒に(ヌシ)殿に話を聞きに行く! そして事情をお前さんらに伝える、これでいいじゃろう!」


 これにはドワーフたちも、ううむ、と思案する。

 実際、今出来る事としてはそれが一番単純で早く、そして危険でもある。

 それを身を賭してやるというのならもう文句をつけることはできない。

 ドワーフたちは徐々に納得の色を浮かべていたが、それとは対照的に、矢面(やおもて)から逃れられたと安心していた受付の男は目を見開いて顔を青くしていた。


「……ガ、ガルド。付いてきてくれるのは、その、助かる。じゃが、(ヌシ)殿は話を聞いてくれるじゃろうか……?」


 震える声で問いかける男に、ガルドは落ち着かせるように答えた。


「安心せい、一応じゃが成算もある」


 そう言って、ノッカーたちには抜群に効いた鼻薬(精霊酒)を取り出して見せた。

用語解説:ノッカー(叩く者)

坑道の妖精と呼ばれることもある地の下級精霊。

本来は肉体を持たないが、姿を見せる際は小人の姿をとることが多い。

採掘する鉱夫を真似て、誰もいない坑道で岩を叩く音を響かせることからこう呼ばれている。

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