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石工の仕事と坑道の妖精

 老ドワーフから譲り受けた教本によって、2人の意思疎通は改善の兆しが見えてきた。

 ガルドはドワーフなので息をするように精霊言語を操ることができるが、それ故に他人へ教えるのには悪戦苦闘していたのだ。

 だが、教え方・覚え方を体系化した知識を記した書物を手に入れたことで、少しずつではあるが確実に前へと進んでいる実感がある。

 教本に沿って教えていくと、やはり素人仕事では上手くいっていなかったのか、間違えて覚えていること、解釈がずれていることがあるのが明らかになっていく。

 一度間違えて覚えてしまったのを矯正するのは中々に骨が折れたが、その甲斐あって最近エドは簡単な単語で会話することもできるようになった。

 まだまだ発音は(つたな)語彙(ごい)も少ないが、伝えたい内容が以前より遥かに分かり易くなったし、ガルドも家事の手伝いなどを頼むことができるようになって負担が減って喜んだ。


 エドが家事を手伝うようになり、新たに分かったのは彼に料理の経験があることだ。

 流石に素人に熱魔石(ねつませき)の扱いは難しかろうと(かまど)の管理をガルドがする(かたわ)ら食事の支度(したく)を任せてみたが、予想以上に慣れた手つきで包丁(ナイフ)を操っていた。

 上等な装いを着ていたから(くりや)に専門の人員がいる家の生まれかと思っていたが、ここまで上手いとなると想像より庶民的な家の出なのかもしれない。

 この前など、材料の選定から料理の工程まで火の扱い以外全てを任せたが、故郷の風土料理なのか生薬(しょうやく)森大蒜(もりおおひる)を大胆に使った一風変わった炒め物を作り、そのガツンと効いた香気は酒に大層合ってガルドを大きく満足させた。


 エドが食事の用意を自分で出来るようになったので、ガルドはしばらくしていなかった長時間に(わた)る石工の仕事を受けることにした。

 場所はゲルノーティオの街の東にある十七号坑道、三日に及ぶ長丁場だ。

 扶養者が増えたことでじりじりと貯蓄が減りだしていたので、彼にとっても払い良いこの仕事は渡りに船であった。


 現地に着くと、坑道に入る前にまず坑道を管理している組織から照会を受け注意事項を聞く必要がある。

 面倒ではあるが、盗掘者に坑道を荒らされたり、無暗に採掘を行って落盤が起きる事がない様にする為には必要な処置だ。


「おう、ガルドか。しばらく顔を見なかったがどうしたんじゃ、腹でも壊したか?」


 顔馴染みの受付のドワーフが声を掛けてくるが、言葉には揶揄(やゆ)の響きがある。

 それはそうだ、強健(きょうけん)なドワーフが腹を壊して寝込むなど、朝日が鉄王国に昇るくらいあり得ない。

 ニヤニヤと笑う彼にガルドは無言でひらひら手のひらを振り、入出者名簿に名前を書く。

 受付のドワーフは相手にする気が無いのを悟ったのか笑みを引っ込めると、真面目な声で話し始める。


「分かっているとは思うが規則じゃから説明するぞ。採取可能箇所(かしょ)は奥の二番と三番、印の描かれている方に切り出してくれい。報酬は出来高払い、期間は三日後の昼までじゃ。何か質問は?」


 ガルドが『無い』と答えると、彼は頷いて目が細かく織られた手拭い程度の布を手渡した。

 坑道管理者の義務として採掘者に鼻と口を覆える布を渡すのも義務の一つだ。


「必要なのは分かるんじゃが、暑苦しゅうてたまらんのう……」


 ある程度の年齢以上のドワーフの身嗜(みだしな)みとして、ガルドもかなりの(ひげ)を蓄えている。

 それを長時間布で覆うとなるとかなり蒸れる、目が細かいなら尚更だ。

 しかし受付のドワーフは無慈悲に首を横に振った。


「その齢で塵咳病(じんがいびょう)になりたくはあるまい? 一度なれば治すのは難しい、何事も用心じゃよ」


 石工として仕事をしていれば、誰もが塵咳病(じんがいびょう)の怖さは身に染みている。

 粉塵の多い職種の職業病で、かかると特有の音を伴う(せき)が止まらなくなり、徐々に衰弱していくのだ。

 丈夫なドワーフでこそ死ぬには至らないが、他種族では命を落とす者も多いと聞く。


 しかし、それでも不快なのは変わらない。

 『ままならないものじゃ』と大きく嘆息して、ガルドは坑道に入っていった。






 ▼▲▼






 ガルドは坑道の三番支道にやってきていた。

 二番のほうが良い石が採れるのだが、あちらには少し問題がある。

 三日という長丁場、それに()()()()使()()()()を考えればこちらの方が安心だ。

 まずは坑道の壁面に描かれた印を確認し、ツルハシで大まかな切り出し面を取ってノミで浅く溝を掘っていく。

 切り出す形が見て取れるようになると、ガルドは懐から不思議な光沢を放つ金属のスキットルを取り出した。

 栓を抜き、逆さにして何回か振るが、スキットルからは何も出てこない。

 しかしガルドは急いで栓を戻して懐にしまい直した。


 このスキットルの中身は『精霊酒(せいれいしゅ)』だったからだ。

 精霊酒は錬金術師が精製する物品の一つで、純粋な酒ではない。

 末裔(まつえい)のドワーフが酒を好むのと同じように、地の精霊は酒に宿る魔素を好む。

 しかし、基本的に肉体を持たない精霊は酒を体に取り込むことができないので、錬金術師が苦心して酒から抽出した『酒属性の魔素』とでもいうべきものを専用の保存容器に封入したのが精霊酒だ。

 肉体を持つことで魔素への感受性が落ちたドワーフのほとんどは何もないとしか感じられないが、これを好む精霊に力を貸してもらうのには無類の力を発揮する。


 しばらくすると、地面がボコリボコリと盛り上がりガルドの膝丈ほどの土気色の肌をした鉱夫姿の小人たちが姿を現した。

 坑道の妖精とも呼ばれる下級精霊"ノッカー"たちだ。

 ノッカーたちはわらわらとガルドの足元に集まり物欲しそうな顔をするが、ガルドは冷静に告げた。


「今日の頼みはそこの白皙岩(はくせきがん)の切り出しじゃ。その溝に沿って切り出してくれい、終わったら精霊酒をまたやるでのう」


 ガルドの指示を聞くと、足元に集まっていたノッカーたちは一斉に動き出し、先に作っておいた溝に手に持った杭を打ち付けてどんどんと深く削っていく。

 この分なら三日後にはそれなりの量の石が切り出せているだろう。

 ガルドは新たな切り出しの指示を出すべく、ツルハシを握り直した。


用語解説:森大蒜(もりおおひる)

森林地帯に自生する野草の一種で、その効能から集落で栽培されることも多い。

刻んだり潰したりたりすると特有の強烈な匂いを発することと、強壮・強精作用を持つことで知られる。

地中に実るため虫害も少なく、育てやすい生薬(しょうやく)として広く流通している。

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