酒が物語る真実
巨大化は負けフラグ
まずガルドはエルフの男を連れて行政府へと向かった。
拘留されて間もない今ならば、まだ行政府で面会が叶う筈だ。
本人たちに会って直に話を聞かねば、ガルドもどう力を貸していいのか分からない。
幸い、まだ刑の執行が確定していないからか面会は問題なく許可された。
監視の役人の立会いの下、拘留されている小部屋に2人は通される。
「っ! ジュスタンさん、それに、貴方は……?」
「ケッ! 何しに来たんだバカヤロー!」
双子のゴブリンは椅子に座っていたが、部屋に入ってきた2人に気付いて声を上げる。
立ち会っている役人がいるのでエルフの男――――――ジュスタンは前のように2人に抱き着いたりはしなかったが、目を涙で潤ませて言った。
「キーノ君、ジーノ君また会えて良かった。安心してください、ガルド殿の力を借りて必ず2人の疑いを晴らして見せますからね!」
力を貸すとは言ったがよくもまあそんな大見得を切られるものだ、とガルドは思ったが、彼らの間に水を差すわけにはいかないので心の中に留めておく。
2人はガルドと聞いてようやく前に会ったことのあるドワーフだと気づいたようで、素直そうなキーノはペコリと頭を下げ、生意気そうなジーノはプイっとそっぽを向いた。
まず聞くんじゃが、お主らは本当に坑道に入っていったのか?
状況証拠の中で一番容疑を色濃くしているのがそこだ。
事実ならば、冤罪を晴らすことよりも減刑を目的にした方がよいかもしれないと思うほどに。
ガルドが問うとジーノはすぐさま目を怒らせて食って掛かった。
「そんなことするかよ! ……まぁ、そこのエルフを探して近くを歩き回ったのは確かだけどよ。でも坑道の中にまで入り込んだりしてねぇぜ!」
キーノが語気を荒げる相方を落ち着かせる一方、ガルドはジーノの言葉にひとまず安心する。
ならば、ガルドがするべきなのはゴブリンたちが坑道に入ってないことを証明する、もしくはもっと怪しい奴を見つけることだ。
こうして会うのは2度目だが、キーノは危ない橋を渡ってまで盗みをするような性格には見えないし、ジーノは竹を割ったような性格で嘘を吐くのには向いていない。
3人が話をするのを見守りながらガルドが次にするべきことを整理していると、懐中時計を見つめていた立ち会いの役人が告げる。
「時間だ」
いくら罪が確定していないといっても、2人は容疑者なのだから面会にも時間の制限がかかる。
「どうか、信じて待っていてください」
そうジュスタンが別れ際に言ったが、ジーノは厳めしい顔で、キーノは少し悲しそうに苦笑した顔で見送っていた。
面会を終えた後、担当の役人にガルドは2人の罪は確定しそうなのかどうか問いかけた。
すると役人は渋い顔で答える。
「状況証拠では黒だ。しかし今の所、坑道に入っていくのは一人しか見ていない。情報が正しいか確認するため、複数の情報が寄せられるまで刑は執行されない。我々を侮るな」
それを聞いてガルドは一応まだ時間的猶予はあるようだと判断した。
しかし、脳裏に微かに疑問がちらつく。
……スマンが、その目撃者の似顔絵をもらえんか。確かめたいことがある
ふむ、と役人は少し考えこんだようだったが、了承すると絵を描くための板と白墨を持ってきた。
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次の日、ガルドはエドも駆り出して顔の広さを生かして情報を集めに精を出したのだが、情報が全く集まらない。
そのくせ坑道の近くでゴブリンを見たという情報は複数集まったので疑念がさらに深まった。
ルイーゼに使いに出していたエドが帰ってきて、いないっていってた、と言伝を伝えた時に疑念は確信に変わる。
行政府に行くぞ。役人たちに伝えねばならんことがある
それから数日後、双子のゴブリンの兄ジーノへの鞭打ち刑が執行されることが布告され、情報提供者には報奨が出ることになったと伝えられた。
鞭打ち刑は酸鼻極まる重刑だ。
刑の執行者であるドワーフの力で打鞭を背に振るわれれば、2撃目で皮膚は裂け、肉が抉れる。
刑を受ける側がドワーフでも何年も痛みが続くような罰だ、ゴブリンであれば生き残れるかもしれないが、大抵の他種族なら終わるまでに命を落とす。
布告を見たドワーフたちは皆、陰惨な刑の執行の布告に眉を顰めた。
▼▲▼
行政府のホールに幾人かのドワーフたちが集められた。
彼らはゴブリンが坑道に入るのを見た、あるいは近くをうろついているのを見かけたと情報提供した者たちだ。
各々に金一封が手渡され、最後に最も功の大きい坑道に入るのを目撃したものを表彰するので一歩前に出るように、と告げられると1人のドワーフの男が前に出てその周りに式典用の篭手や儀仗戦棍を持った役人が配置に着く。
しかし、表彰は一向に始まらず集められたドワーフたちが怪訝な顔をする中で、ホールの奥からドワーフが2人出てきた。
ガルドと今回の事件の担当の役人だ。
お主が今回の事件の目撃者で間違いないか?
表彰から一転して厳しい顔で詰問された男は一瞬鼻白むが、すぐに語気を荒げて反論した。
「そうだがなんじゃ、何か問題でもあるのか」
当然の態度で問い返す男だったが、ガルドは取り合うことなく問いを重ねる。
お主、どこに住んでおる
問いに答えることなく詰問を続けるガルドに男は激憤し、周りにいる役人たちに大声で叫ぶ。
「それが今重要なことか!? 表彰が無いなら儂はさっさと帰らせてもらう!」
男が踵を返して立ち去ろうとすると、周りにいた役人たちが行く手を塞いだ。
何をする 、と憤慨する男を尻目にガルドは続ける。
儂は自慢ではないが顔が広い……じゃがお主のような石工は見たことが無い。管理組織の者でもないお主は何者じゃ?
ガルドの鋭い視線に男は目を泳がせるが、言い返す余裕はあったようだ。
「儂は出稼ぎでこっちに来たから知らんだけじゃろう! 言いがかりはやめてもらおうか!」
確かに木賃宿などに泊まって住んでいるところとは別の坑道に出稼ぎに来る労働者はいる。
しかし、この男には致命的に不審な点があった。
伝手を使って調べさせてもらった。この辺の酒場でお主のようなドワーフが酒を飲んだり買っていったりしたところはないとな。……お主、本当にドワーフか?
その言葉が出ると同時に男はチィッと大きく舌打ちすると、その姿がみるみるうちに膨れ上がる。
その能力を見てガルドはやはりスプリガンか、と納得した。
スプリガン。宝物庫の守護者、手癖の悪い番人とも呼ばれる下級精霊だ。
体の大きさを自由に変える能力を持ち、価値のあるものを盗んでは己の塒に持ち帰る習性をもつ。
おそらくその能力で体を縮めて坑道に盗みに入ったのだろう。
しかし、盗んでおいて犯人をでっち上げた報酬も受け取ろうとするとはなんとも呆れた強欲さだ。
あっという間に見上げるような巨体となったスプリガンは吼え猛る。
「クソッ、こうなったらテメェら全員ノして逃げてやるぜ!」
そう言って石柱のように太い腕を振りかぶるが、その懐に篭手を纏った役人が跳び込む。
「奮ッッッッッ!」
驚くべき速さの踏み込みとともに篭手を振るうとスプリガンの巨体が棒きれのように吹き飛ぶ。
儀礼用とはいえ役人の篭手は魔石具だ。
その機能は確か、与えられた衝撃の何割かを相手に返すというものだったはず。
殴った勢いと、ぶつかった勢いの何割かを同時に受けたスプリガンは転がった先で立ち上がろうともがいたが、それより先に近寄る影があった。
「「「「破ァッッッッッ!」」」」
儀仗戦棍を持った役人たちが起き上がる前にスプリガンの身体を打ち砕く。
生き物であれば血や肉が弾け飛ぶところだが、スプリガンは精霊なので実体を形作っていた土塊や岩が飛び散るだけだ。
もっとも、彼らの儀仗戦棍も魔素を吸収する魔石具なので、当分の間は実体を作ることは出来まい。
彼ら役人は地下を掘り進む大長虫や敵対的な下級精霊と渡り合いながら国土を広げた鉄王国黎明期の気風を受け継ぎ、主張こそは文治主義だが全員が武闘派である。
彼らを相手に下級精霊のスプリガンがノしてやるなどと、寝言は寝てからいうものだ。
役人たちがスプリガンの構成していた体を執拗に砕いた後、ガルドは釈放された双子ゴブリンのジーノとキーノ、そしてエルフのジュスタンに会っていた。
彼らはこれを機に、また大森林に帰る旅に出るという。
ジュスタンはまだ名残惜し気にしてはいたが、今回相当に迷惑をかけた自覚があるのか大人しい。
しかし別れ際に、またいつか依頼をしに来ます、と言い残したのには流石に苦笑するしかなかった。
ジーノとキーノは巻き込まれたことに腹を立てているかと思ったが、存外ジュスタンの事を気にかけているようで、帰りの旅路も共にするようだ。
こいつは目を離すと危なっかしいからな、とはジーノの言である。
3人で帰る彼らを見送って、ガルドは独りごちる。
願わくば、エルフの気の長さがエドが独り立ちするまで奴をここに近づけないことを祈る……
そうしてガルドは数日続いた厄介事の疲れを癒すため、酒場へと向かうのだった。
用語解説:スプリガン
倉庫や宝物庫に澱んだ魔素から生まれた下級精霊。
習性として価値があると判断したものを塒に集め、入ってこようとするものを追い払う。
また構成した実体の大きさを自在に変えることもできる。
特筆すべきは、構成した仮の身体をドワーフそっくりに擬態できる事であろう。
そのためドワーフからは"薄汚いコソ泥"と特に忌み嫌われている。




