涙の願い
「はぐれドワーフ人情派」、または「名探偵ドワーフ 真実は髭と一つ」
「さあ。今日という今日は首を縦に振っていただきますよ!」
鬱陶しいほどの笑顔で言うのはエルフの男、対するガルドはいい加減にして欲しいと顔にはっきり出ているくらい気怠げだ。
この男、日参は流石にしなかったがこうして依頼に来るのは既に4度目だ。
頑固なドワーフの意志を変えようという気骨は買ってもいいが、付き合わされるガルドの方はもうウンザリである。
もっぱらエルフの男が依頼を承諾するよう懇願し、ガルドが断固拒否するという流れが繰り返されているのだが、男もさるもの、毎回手を変え品を変え成算を上げようとしてきているのだ。
実際に2回目に来たときは石工の組合に働きかけ、彫刻に使う石材を無料で融通する手はずを調えてきたし、3回目ではルイーゼなど知り合いに接触して外堀から埋めようとしていたことが後に彼女の口から明らかになった。
今回はこの男が大森林にガルドを招聘して作品を制作してもらうという提案を持ってきて、長期熟成酒が特価で飲めるという条件には流石の彼もグラリときたが、エドを連れて長旅するわけにもいかない、と鋼の意志で未練を断ち切る。
後は男の気が済むまで、受けてくれ、いいや受けない、の水掛け論だ。
ガルドとしては成算が崩れたならば早々に諦めて帰って欲しいのだが、エルフの気の長さが災いして断るだけのガルドの方が気疲れするほど長引くのが常だった。
「今日はこの辺りで失礼します。しかし私は諦めませんよ、次は絶対に依頼を受けていただきます!」
憔悴したガルドと対照的に元気一杯に宣言して帰っていく厄介な客人を見送り、大きな溜息を吐きながら温くなった苔茶を啜る。
今日はこれから仕事を入れているというのに、なぜその前にこんなに疲れなくてはならないのか、そんな思いが倦怠感とともにガルドの心を埋め尽くすのも致し方ないだろう。
あのエルフの姿をした厄介事はどれだけ無情に突き放しても心が折れた様子がない。
これまでの交渉でガルドは根気強さの悪い側面を嫌というほど見た思いだった。
……エド、今日は仕事の後で飲んで帰る。夕飯はいらん、先に寝ておれ
厄日は思いっきり飲むに限る。
その前に仕事をこなさねばならないのは憂鬱だが、その後に酒があるのなら頑張れる。
万事問題のない日など無い、その中に小さな幸せを自分で作っていくのが日々に倦まずに暮らしていくコツなのだ。
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やってきたのは15番坑道、ここの鉱脈から魔石を採掘するのが今日の仕事だ。
石の切り出しとは違って魔石の採掘は石材の形に鑿で削ったりする必要がないので、受付も最低限の事しか言わず布を巻かなくていいのは有り難い。
魔石は古代の生き物が長い年月を経て石となったもので、魔素の代謝能力を未だに宿している。
遥か古代の生物においては魔素の代謝能力は今よりずっと高かったらしく、それによって大いに繁栄したが結局は魔素量が足りなくなり絶滅に至ったらしい。
その為か、特定の鉱脈に当たればまとまった量の同種の魔石が採掘でき、錬金術師などによって同じ機能を持った魔石具が大量に加工できる。
鉄王国では当たり前の白灯石の光源も、魔素を代謝して光を放つ太古の生物の魔石を利用したものなのだ。
ガルドは持ち場に着くと鉱脈をピッケルを使って掘り返していく。
適当に拳大の大きさで採掘したものを納品すれば、後は技術者たちが加工して魔石具にしてしまうので採掘自体はそれほど難しくない。
小一時間も続けていれば採取できた魔石も小山ほどにもなっており、それをもっこで担いで外へ運搬する。
魔石も石ではあるので結構な重さだが、ドワーフの腕力なら一人用のもっこで運べる程度の量は問題ない。
2往復目の魔石を担いで坑道から出ると、受付と見たことを見間違いにしてしまいたいほど既視感のあるエルフの男が言い争っている。
此処の問題は管理組織の管轄だ、と大義名分で心を塗りつぶしてさっさと坑道の中に戻ろうとするが、ガルドに気付いた男は受付の制止を振り切って彼の下へ走ってくると、地べたに這い蹲って言った。
「ガルド殿! どうか、お願いしたいことがあります!」
それを見た時、正直ガルドは落胆を隠せなかった。
これまで何度も家に押しかけてきて依頼をしてきた男であるが、その根性と心の強さには感心していたのだ。
それが、まさか仕事場にまで押しかけてくるとは最低限の礼儀すらも失くしたのか、と冷めた目で見てしまう気持ちがあったのは否定できない。
しかし、しばらくしてそうではなかったことに気付く。
いつもであれば依頼の懇願をしてから矢継ぎ早に言葉を連ねていくところなのだが、今の男は頭を地面に押し付けたまま黙って顔を上げようとしない。
しかもよくよく見てみると普段の厚かましいほどの情熱は鳴りを潜め、追い詰められた者特有の逼迫感というか、もの悲しさのようなものを感じる。
受付のドワーフが視線で追い出すか? と問うてくるが、ガルドは首を横に振った。
何やらただ事ではないようじゃ。話を聞いてやらねばならん、部屋を貸してくれるか?
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話を聞いてやる、と言ったことで俯いたまま管理組織所有の小屋の個室に素直についてきたエルフの男。
垣間見える表情はどうにも悲壮感にあふれ、ひしひしとガルドに新たな厄介事の気配を伝える。
向かい合うように卓に着いたガルドは、彼に何があったのか話すように促した。
「ジーノ君とキーノ君が容疑者として拘束されてしまって……」
話を聞くと、最初にこの男が来たときに顔を合わせた双子のゴブリンが坑道の主の捧げものを盗んだ容疑者として役人に連れて行かれてしまったらしい。
例の件で拗れた主殿との関係はヴァネッサが迅速に精霊酒を納入することで一応は治まったが、それで済ませてしまっては管理組織の面子が丸潰れだ。
彼らは目下の懸案がなくなると同時に血眼になって犯人を探し始めた。
そんな中、余所者のゴブリンが坑道の近くをうろついていた、坑道に入るのを見たという声が寄せられ、顔での判別がつかないため二人纏めて役人に拘留されているのだという。
エルフの男は涙ながらにガルドに訴えかける。
「なんとかしてあげたいのですが、旅先の身では頼れる者もおらず……失礼なのは重々承知ですが頼れる方が他にいないのです。どうか力をお貸しくださいませんか?」
彼の気持ちは分からんでもない。
中級精霊との関係を悪化させかけたとなれば重刑に処せられる可能性が高いが、見た印象では彼らがそんなことを軽々しくする輩には見えなかった。
しかし、ドワーフの行政は公正と評判だ、罪が確定しない者を当て推量で裁いたりはしない。
それを伝えてもエルフの男は沈痛な顔で言う。
「あの日、私を探して方々を探し回ってくれていたので、それが悪くみられているのかもしれません。坑道まで入ったというのが本当なら裁かれることも……ああ、私のせいで!」
これにはガルドも唸るしかない。
目撃だけではあるが状況証拠は揃っている。
罪が確定したと判断すれば、行政は容赦なく刑を執行するだろう。
公正の評判は優しさよりも、むしろ厳格さで広まっているのだから。
……仕方ない。どこまでできるか分からんが、とりあえず本人たちに会って聞いてみよう
ガルドの言葉に沈んでいたエルフの顔が幾分明るくなる。
「そ、それでは!?」
エルフの男の言葉に応えるように力強く頷く。
この厄介事を片付けるには今日は酒場に寄ることはできないだろう。
まったく、やはり今日は厄日だったらしい。
用語解説:ドワーフの行政
基本的には"鉄と鋼の王"ルートヴィヒを始祖とするローデンベルク王室が頂点に立つが、それぞれの都市の統治については各行政府に委任されている。
実質的に王家が直接統治するのは王都だけであるが、外交交渉などは王族が行うため隠然たる影響力を持つ。