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亡き師の影

ドワーフ成分が薄い……次はヒゲ山盛りにしないと……(使命感)

 黄緑髪のエルフはガルドが話も聞かずに断りを入れてきたのに驚いた様子だったが、大人しく諦めはせず喰い下がってきた。


「そこをなんとかなりませんか。時間ならいくらでも待ちます。どうか話だけでも聞いていただきたい」


 この客はエルフだ、いくらでも待つという言葉に偽りはあるまい。

 しかし、今のガルドには期限が長いからと安請け合いすることはできない。

 職人の誇りとして、できないかもしれない依頼など受けるわけにはいかないのだ。



 何を言おうと答えは同じじゃ、じゃが代わりに同門の師叔への紹介状を書いてやろう



 ガルドが依頼を受けられないのは彼の事情、故郷を離れてわざわざ依頼に訪れた者へのせめてもの礼儀として、ガルドの師の弟弟子にあたる人物への紹介状を書こうと提案した。

 インゴの叔父貴も忙しい身だが儂の紹介状があれば悪くはすまい、ガルドはそう考えたのだが、当のエルフは思ったより諦めが悪かったらしい。

 取り付く島もなく話を終わらせようとするガルドに縋りつくように言った。


「お待ちください! 私は抽象派のガルド殿にお願いしたいのです! 」


 その言葉にガルドは思わず呻く。


 ――――――抽象派。

 彫刻の技術流派は鉄王国に数あれど、作風に関しては主に写実派と抽象派の二つに分けれられる。

 写実派は徹底した現実主義で、等身大の姿の中にリアリティを持たせることに主眼を置いているが、抽象派は変形や誇張など大胆なデフォルメを用いて心象を表現することを重要視している。

 精緻さや精巧さという分かりやすく評価を受けやすい美点のある写実派と異なり、抽象派は万民に同じ感想を抱かせることが難しいため、思うように評価されない不遇な派閥であった。


 ガルドの師は独立後に写実派から抽象派に転向した変わり者であり、同門の師叔といえど求める物と違う派閥の者を紹介するのは確かにおかしかろう。

 しかし、鉄王国でもそれほど流行っているとは言えない抽象派という派閥をこのエルフはどこで知ったのか……?

 ましてガルドは師が途中で派閥を変えた、いわば二世代目の彫刻家。

 不遇ながらも脈々と命脈をつないできた派閥の大家や名門に比べればその知名度は大きく劣る。

 何某かの縁で抽象派を知り、買い求めたいと考えたとしても、普通はガルドの所へは来ない。

 怪訝に思うガルドにエルフは言い募った。


「共和国の美術展で貴方も携わった作品を見せていただきました! 此処に着いてランドルフ殿が亡くなったと聞き、どれほど落胆したか……。 師のランドルフ殿に迫る作品は弟子の貴方にしか作れるとは思えません! 」


 ここ最近耳にすることのなかった師匠の名が出され、ガルドは咄嗟に言葉を出せず難渋する。

 ガルドの師匠である今は亡き彫刻家、老匠ランドルフ。

 写実派に学びながら抽象派の魅力を訴え、"夢見がちの"ランドルフと称された男。

 彼が目指したのは人物という写実の実像とその心象という抽象の虚像を合わせた内面を含む情景の表現だ。

 しかし抽象派としては独学で学んだ事による弊害は大きく、老年に至るまで評価される機会はほとんど無く、長い間写実派、抽象派の双方から蛇足に過ぎる、中途半端だと白眼視されていた。

 美術展に出展されていたという事、共和国で見たという事からこのエルフが目にしたのは5年前にガルドと共同で造った生涯最後の作品『悪夢の夜』だろう。

 写実派として鍛えた技術力で彫り込まれた寝台で(うな)される男と、抽象派として培った表現力で造形された覆いかぶさるように男を苛む悪夢を一つにしたおどろおどろしさを感じさせる怪作。

 制作の際、死期の近づいた師匠が見る影もなくやせ細った腕で一心不乱に彫り込む姿はガルドの瞼に強く焼き付いている。

 5年前の技術評定会の彫刻部門で入選した後、南の方へ流れたとは聞いていたが、こうしてやってくるほど感化される者がいたことに思わず口角が緩む。

 亡き師に迫る作品を作って欲しいという言葉には正直グラリときた。


 だが、やはり受けるわけにはいかないと再び強く決意する。

 この涙目で縋るように見てくる同居人を放っておけるほど、ガルドは冷たい男ではないのだ。






 ▼▲▼






 その後も、このエルフは粘り強くガルドを翻意させようと手を尽くした。

 納期、報酬、心情…………様々な方向性でガルドの心を揺さぶろうとしたが、頑固なドワーフの鉄の意志を打ち砕くことは容易ではない。

 二人の交渉は長時間に渡り、三杯目の苔茶が冷めてしまう頃、家の戸を叩く音が響いて手持無沙汰だったエドがこれ幸いと逃げるように駆けていく。

 しばらく玄関から何事かを話す声がした後、エドは二人の人物を連れて戻ってきた。

 ガルドと同じくらいの体躯をした草色の髪を稚い顔立ちの二人組。

 ドワーフであるガルドに感じられるある種の親近感と髪色から草原の草花の精霊を祖とする亜人、ゴブリンなのだと分かる。

 しかも鏡写しのように似通った顔立ちからして双子のようだ。

 片方は肩をいからせ憤った様子、もう片方は困ったような表情をしていて、憤慨している方のゴブリンがエルフに向けて言葉を放つ。


「テメェ! どこにいるかと思えばヨユーそうに茶なんぞ飲みやがって、どれだけ探したと思ってやがる!」


 放っておけばエルフに掴みかかりそうなほどの剣幕の相方に、もう一方のゴブリンは困り顔で待ったをかける。


「ジーノ、落ち着いて。ジュスタンさん、流石にちょっと出かけると言って宿に二日も帰らなければ心配しますよ。そういう時は必ず連絡してくださいと言ったじゃないですか」


 噛みつきそうな相方を止めたといってもこちらもエルフの行状に不満があるようで、柔らかにだがエルフを窘める。

 対するエルフはバツの悪そうな顔で視線を泳がせながら答える。


「アハハ……すみません、まだそこまでするほどじゃないかなと思ってました。」


 その言葉にジーノというらしいゴブリンがさらに気色ばみ、エルフに舌鋒を向ける。


「それじゃ釘刺した意味がねぇだろうが! 全く、キーノが言うから一緒に来たが、これだからエルフとの旅は嫌なんだ!」


 遠慮のない罵声に晒されたエルフはシュンとしてしまっていたが、穏やかな雰囲気のキーノというゴブリンが苦笑しながら付け足した。


「こうは言ってますけど、ジーノもとっても心配して僕と一緒に辺り中を回って探してくれたんですよ?」


 素直じゃないんだから、とキーノが言うとジーノは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 サバサバした性格の多いゴブリンには珍しく、このジーノというゴブリンはだいぶ人情に厚いらしい。

 旅慣れている者が多いため旅仲間として人気があるゴブリンの中からこれほど面倒見の良い者たちを見つけるとは、このエルフも大概運が良いようだ。

 萎れていたエルフはそれを告げられるや感激した面持ちで立ち上がると、二人に近づいて(おもむろ)に両者を纏めて抱きしめる。


「ジーノ君、キーノ君。ご心配をおかけしてすみませんでした。君たちと旅ができて本当によかった」


 感動しているエルフは涙を流さんばかりの震えた声で二人を抱きしめながら謝罪と感謝を伝えているが、腕の中の二人は苦笑していたり抜け出そうと暴れていたりして、その心はあまり伝わってはいないように見える。

 一頻(ひとしき)り相手の反応を構わずに抱きしめた後、エルフは二人を解放してガルドに向き直った。


「今日は一旦帰ります。ですが、まだ諦めた訳ではありません! また日を改めて伺わせて頂きます」


 そう言うと、優雅に一礼する。

 長時間相手をしていたガルドは、もう帰ってくれるなら何でもいいといった気持ちになっており、ギャーギャーと文句を言う相方とエルフの背を押してお騒がせしました、とペコリと頭を下げて家を出ていくゴブリンを疲労感とともに見送った。


 また来ると言われたのは億劫だが、エルフの時間間隔なら日参されることはないだろう。

 二日も居座った見知らぬ輩が帰ってくれて心底安堵した様子のエドに、ガルドは飯にしよう、十脚地蟲を買うてある、と伝えた。


「じゅっきゃく……tiw@r<! 7Zqー!」


 意味を理解して喜ぶエドを見て、ガルドは微笑ましい気持ちになりながら肩を回してコリをほぐす。

 こんなに長い交渉は久しぶりで、正直疲れが溜まっている。

 こういう時は贅沢に、いつもは仕舞ってある値が張る酒を飲むことにしよう。

 ガルドはそう考えてエドとともに台所へ向かった。






 籠から逃げ出した十脚地蟲を探して辺りをひっくり返しまわることになるのは、また別の話。



用語解説:ゴブリン

草原の雑多な草花の精霊を祖とする精霊系亜人種。

草色の髪と、成人しても只人(ヒューム)の子供程度の見た目にしかならないのが特徴。

好奇心が強く、生涯を通して旅を続け定住しない者も多い。

また生命力が非常に強く、臓腑がこぼれたのに縫い合わせたら助かった、という話もあるほど。

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