苦労性ドワーフ、苦労の種を拾う
ドワーフ主人公流行れ・・・流行れ・・・
出来るだけドワーフの魅力を描ければと思います。
(ああ、暇じゃ。暇すぎる)
ガルドは御者台で山岳大甲虫の手綱を操りながら、代り映えのしない景色に時間を持て余していた。
ガルドが住んでいる地下に広がるドワーフの国、鉄王国は頻繁に地表にある近隣の街や集落と交易を行っている。
ドワーフが持つ高い加工技術による産品は他種族から引きを切らない人気があるが、気難しい者も多い彼らが自ら積極的に交易をおこなうのには理由がある。
それは生物には避けることができない飲食だ。
ドワーフたちが生活している山岳地帯の地下都市では基本的に土を耕して農業を行うのは困難である。
そのため、生産した加工品や採掘した宝石・鉱物と食料品を定期的に取引する交易が行われている。
しかし、もともとは零落した地の精霊が受肉して生まれた種族であるドワーフは頑強で、かなりの粗食にも耐えうる。
実際、鉄王国では地下でも栽培が可能なキノコやコケ、繁殖や飼育が容易なネズミや虫も平気で食べるほどだ。
では一体何と交換しているのか。
――――――――――「酒」だ。
ドワーフは乳の代わりに酒を飲んで育つといわれるほどに酒好きで、十人いれば並みの酒場を空にするほど鯨飲する。
それゆえに王国内では常に酒が不足し、外から大量に輸入する大消費地となっていた。
ガルドが運んでいる荷台にも最寄りの獣人の街で取引したエールの樽が満載されているが、地下都市に着くまでは一滴たりとも飲むことは許されていない。
(これだから交易役は嫌なんじゃ。これだけ酒があるのに飲めんとは……)
持ち回りで近くの集落へ取引に赴く『交易役』は地下都市に酒という血液を送り込む無くてはならない役割だが、酒を前にして飲まずに持ち帰らねばならないために人気は著しく低い。
本来は自分の番ではないガルドがやりたい仕事ではなかったが、ドワーフの中でもお人好しで知られる彼は"もうすぐ赤子が生まれるかもしれない妻に付いていてやりたい"と交易役を代わってくれる相手を探す男を見ていられなかった。
結果、代わりを買って出たガルドは想定通りの生殺しを体験していた。
盗み飲みしたいという誘惑が心を苛むが、ガルドも健康なドワーフの男。
一度飲んでしまったら一口で我慢できるはずがない。
なけなしの自制心を働かせるころには、酒にがめついドワーフが容易く気付くほどの差ができていることだろう。
悪しき思いを頭から振り払い手綱に意識を向けるが、山岳大甲虫は力と図体に反して御しやすい生き物なので、結局は変化の少ない景色を見ながら地下都市への入り口の洞窟が見えてくるのを心待ちにして暇に喘ぐことになる。
鉄王国が近づくにつれ、地質の影響か緑が減り、ごつごつとした岩肌が増えていく。
目的地まであとわずかになったころ、道沿いの岩陰に何かがあることに気づいた。
(ん、あれは……? いかん!)
その正体に気付いたガルドは慌てて手綱を打って大甲虫を走らせる。
大甲虫がその節足を忙しなく動かして力強く荷台を引くと、程無くして岩の傍らへと辿り着いた。
ガルドは急いで御者台から飛び降り、岩の横に倒れている黒い服を着た男に近づく。
「息は……あるようじゃな」
どうやら気を失ってはいるが、命の危険な状態にはないようだ。
こんな所で行き倒れて、死ぬ前に見つけられるとは本当に運が良い。
山岳地帯の生き物たちは食料に非常に貪欲だ。
普通、意識のない者など半日と経たずして獣たちの腹の中に納まっていることだろう。
見たところ服も砂埃をかぶってはいるが、破れたりなどもしていない。
いつからここに倒れていたのかは知らないが、ガルドが見つけるまでの間、野獣たちに襲われることがなかったというのは驚嘆に値する。
(見つけたからには放っておけん、とりあえず街まで連れていくか)
このままにしておけば明日の陽が昇るまでに無事でいられるとは思えない。
ガルドはそんな相手を見捨てられるようなドワーフではなかった。
辺りを見回したが、この男の物と思われる荷物はない。
訝しみながら、とりあえず荷台に男を載せてしまおうと持ち上げた時、あることに気付く。
柔らかくすべらかな感触。この男の衣服、相当上質な布を使っている。
縫製も、門外漢のガルドからして見ても、近所の裁縫工房で作られる服よりよほど整っているのが分かる。
チリリと嫌な予感が首筋を掠めたガルドはもう一度男をよく見てみた。
顔つきや、ドワーフに比べてひょろりと長い身体からして只人のようだ。
年齢はドワーフのガルドには、髭を生やしていない他種族は大雑把に若い、くらいしか分からない。
上質な黒い上着とズボン、白い中着に落ち着いた色のスカーフのような物を首に巻いていた。
ガルドの見たことのない衣装ではあるものの、かなり整ったものだと言える。
これほどの衣装をそろえられる者はやはり高位の身分かそれらに仕える者に限られてくる。
そんな者が危険な山岳地帯で、たった一人で、荷物も持たずに行き倒れている。
「ハァ……厄介事じゃの……」
それでも見なかったことにしなかったのは、"苦労性の"ガルドらしいと言えよう。
▼▲▼
鉄王国第二の都市、ゲルノーティオ。
不撓不屈を謳われし初代国王の忠臣・ゲールノートの名を戴いたこの街は、鉄王国でも王都に次ぐ街として繁栄している。
地下であるが故に陽が差し込むことはないが、光を放つ白灯石を随所に配置している都市は常に明るく、眠ることのない不夜の国とも呼ばれる鉄王国の玄関口でもある。
そんな都市の一角にドワーフたちの人だかりができていた。
「よう帰ってきた! 待ちくたびれておったぞ!」
「獣人たちの作るエールは絶品じゃからのう!」
「いつもより少し遅かったのではないか?」
街の門を抜けてすぐの広場でガルドの荷車を取り囲みガヤガヤと騒ぐ住人たち。
帰還を歓迎している、と言えば聞こえは良いが、実際は酒がやってくるのを待ち切れなくなってここで待機していた呑兵衛の野次馬たちである。
「ええい、散れ散れ! 組合まで運べんではないか!」
交易役は迅速な流通のために、酒類を管理する組合に荷物を納品するまでは酒場に入れてもらえない。
一刻も早く喉を潤したいガルドは、自分も交易役でないときは同じことを頻繁にするのを棚に上げ、鬱陶しい住人たちに声を荒げる。
しかし相手は酒を前にしたドワーフだ。
多少の罵声程度、彼らにはそよ風にも等しい。
仕事には根気強いが反面荒事においては血の気が多く、気が短いドワーフの中でも寛容なほうであるガルドも流石にミシリと血管を浮かべ、日頃の仕事で鍛えられた剛腕を振り上げたその時―――――
「おいアンタら! いい加減にしな!」
響くドスの効いた、しかし男より高い声。
先程まで罵声もどこ吹く風と騒いでいた連中が途端に姿勢を正し、一斉に声の方を向く。
そこに居たのは怒り心頭といった顔をした赤毛の女ドワーフだった。
「アタシのシマで毎度毎度騒ぎやがって、そんなに干上がりたいのかい! さっさと道を空けな!」
腹に響く声で女ドワーフが一喝すると、烏合の衆がまるで統率された軍隊のように瞬く間に荷車が通る道を作る。
彼らが唯々諾々と従うのも無理はない。
なぜなら、彼女こそがこの地区における酒を管理する組合の代表、すなわちドワーフにとっての絶対者だからだ。
齢弱冠82にして組合の地区代表を任せられるだけの辣腕と、グダグダ管をまく輩を物理的に黙らせてきた剛腕の持ち主。
この地区に住まう者、誰もが敬意を払い、逆らおうとは考えない女傑である。
「すまんのう、助かったわい」
頭を下げて礼を言うガルドに、彼女はひらひらと手を振って苦笑する。
「なぁに、アタシはアタシの仕事をしただけさ。欲を言えばアンタも今度から同じ事をしないで欲しいけどね。さ、とっとと積荷を―――――ん?」
荷台を覗き込んだ彼女の目に留まったのは、エールの詰まった樽の隣に横になっている只人。
ガルドはバツが悪そうに目を泳がせながら呻き、やがて観念したように息を吐いた。
「あ~ ……力を、貸してもらえるかのう?」
用語解説:山岳大甲虫
鉄王国近辺の山岳地帯に生息する荷車を牽引できるほど巨大な甲虫。
体の大きさに似合わず気性は穏やかで、鉄王国近辺では貴重な使役動物として飼われている。
幼虫は他の生物の排泄物の消化残滓を食べて成長し、成虫になるとコケなどの植物性の物を食べるようになるが、幼・成虫通して壺蜜虫を最も好む。
蛹の時の液状化した身体は滋養強壮の食材として珍重される。