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明後日の方向に努力をしたい

作者: odayaka




 目が覚めると、異世界だった。


 二度寝してみた。


 やっぱり、どう見ても、異世界だった。



 ――――――




 きゅー。


 何故、そう思ったのか、と問われれば簡単だ。

 私の目の前に、今まで見たことが無い様な、巨大なまりもがいたからである。

 緑色の繊維の塊は、我が子をいつくしむように私を見ている。

 ――そう、見ている。まりもの中心には巨大な目があり、それが瞬きをしながら私を見ているのである。


 転生前の私であれば、恐怖のあまり失神するところだろう。

 しかし、転生後の私は、不思議と、そのまりもに忌避感を覚えることは無かった。

 恐らくそれは、私自身がまりもだからなのだろう。

 そう、私は、目の前にいるこの巨大なまりもの娘のようなのだった。




 ―――――――


 きゅー。


 私がまりもに転生して、少々の時間が流れた。

 そこでようやくに気付く。私がいまいる場所は地上だった。

 まりもは藻である。本来は、阿寒湖の底に眠っているやつらである。

 しかし、母まりもも私も、洞窟の中のじめじめとした空間の中で過ごしていた。


 私は母まりもに聞いてみた。


 「ねえ、お母さん。私たちはどうして、こんな洞窟の中にいるの?」

 「それはね、お前を…、食べてしまう為さー!」


 母まりもは大きな口を開いて、私を驚かせようとする。

 しかし、彼女と過ごした少々の時間の間に、私は、彼女がどのような人格――ならぬまりも格の持ち主なのかは良く分かっている。普通、赤ずきんちゃんと狼のやりとりと言うのは、三ターンくらいはやりとりがある筈なのだが、そのやりとりをすっ飛ばすことが面白さ、と言う的外れな勘違いをしている彼女とキャッチボールを行うのは至極困難である。


 「いや、そうではなくて」

 「SOではなくて?」


 ぶっ殺すぞ、と喉を鳴らしながら言うと、彼女はふるふると震えながら、反抗期かしら? とか、言いながら、きゅー、と可愛らしく鳴いた。基本的に、まりもはきゅーと鳴くものらしい。これは母からの情報である。こいつからの情報は全く当てにならないことは分かっているが、それでも、聞かざるを得ない悲しい母子関係である。

 これ以後も死ぬほどしょうもないやり取りを無限に続けたわけだが、ようやくに、彼女は洞窟にいる理由を教えてくれた。


 それは私たちが棲んでいた湖があかんことになったかららしい。


 「阿寒湖だけに…」


 ぷくくく、と声潜め笑う母を無視して、私は具体的にどうあかんことになったのかを聞いた。

 そして、また死ぬほどしょうもないやり取りを無限に続けていたわけだが、彼女は教えてくれた。


 「私たちの故郷の湖に人間の手が入ったのよ」 

 「人間の?」

 「ええ。この大陸を席巻する新興勢力。他の生き物たちを駆逐したファッキンデス野郎どもがやって来たの」

 「そうなんだ…」


 私は複雑な気分になった。転生する前の世界で、私は人間だった。

 環境破壊は常に叫ばれていたし、人の手によって滅んだ生物は無数にいると聞いた。そんなことなんて正直、興味も無かったし、関係ないとも思っていたのだけれど、その犠牲者側に立っていると、こんな理不尽な話は無い。

 勿論、転生してからこんなことを考えるのは不誠実なことなのかもしれないし、所詮、感傷に過ぎないんだろう。


 「で、そんなファッキンデス野郎たちが調子くれてんな、ってことで、キングまりも様が立ちあがったのよ」

 「そうなんだ…」

 「まぁ、足は無いんだけど」

 「そう…」


 母はそれから三日間ずっと転げ回って笑っていた。比喩ではない。実際に転がっていた。洞窟の中でゴロゴロと転がり回り、埒が明かない、と思った私は寝ることにした――


 「で、続きがあるんだけど」


 ようやく満足したのだろう母に揺り起こされ、私は彼女の話に耳を傾けた。


 「キングまりも様が幾ら強者と言えども、人間族は数が多くてね。どれだけの数をまりもメテオで減らしても、減らした分だけ増えるのよ」


 聞き捨てならない単語が出た。


 「へぇ…。ん、まりもメテオって何?」

 「多分、あれには減った分だけ子供を為すことが出来るって法則があるじゃないか、ってゴッドまりもさまは仰っていたわ」


 また出た。


 「へぇ…。ん、ゴッドまりも?」

 「とは言え、人間なんて数くらいしか種族としての強みはないし。だから、人間が支配していた地域をほぼ全て分捕って、クイーンまりも様が統治することになったのよ。だから、私たちは今、こうして洞窟の中に住んでいるの」


 母はもうそこらへんを説明してくれるつもりはないらしい。


 「クイーン…。…あの、それで、何で、洞窟の中に?」


 諦めつつ、私は駄目元で尋ねてみた。


 「いや、陸上って住みにくいし。だって、まりもってちょっとした環境変化ですぐに死んでしまうじゃない」

 「いや、そんな当たり前のような話のように言われても。って言うか、そこは普通のまりもと同じなんですか」

 「陸上って気温35℃以上になるのよ? 死ぬわ。そんなの」

 「それならどうして陸上に…」

 「そうしないといつの間にか人間が増えていくでしょ? コボルトやゴブリン程度じゃ太刀打ち出来ないし、アークデーモンや魔王でも、負けることもあるから、一応、私たちがこうして洞窟に駐在しているのよ」

 「…あの、まりもって、魔王よりも強いの?」

 「逆に聞くけど、何でまりもが魔王如きに負けると思うの?」


 ちょっとした環境の変化ですぐに死んでしまうところとか? と、尋ねようと思ったのだけど、母の目力につい目線を逸らしてしまった。


 「そんなわけで、キングまりもさまが天を、ゴッドまりもさまが湖を、クイーンまりもさまが陸上を統治することになったのよ」

 「そうなんだ。海は…?」

 「海水では生きていけないのよ。私たちは…」


 視線を逸らして、遠くを見つめる母まりも――てか、天ってどうやって統治してるの? と思ったけれど、聞くのを辞めた。何か凄く、めんどくさそうだからだ。


 「でも、そうよね。あなたも、もう15歳。そろそろ旅に出る年頃です」

 「え、もう15年経ってたっけ…?」

 「ええ。私があなたを産んで15年。経った気がします」


 肌感覚かよ。




 ―――――


 そんなこんなで私は洞窟の外へ出た。


 「今は秋みたいね。夏になる前にどこから涼しい場所へ行くのよ」


 見送る彼女はそう言った。私は頷き返しつつ(それは至極困難な動作だった)彼女に応えた。

 そして、旅に出た。


 空は青くどこまでも果てしなく、時折、翼の生えたまりもを見ることもあった。戦闘機らしきものを目から出たビームが撃ち落としている。ミサイルやらなにやらも降り注いでいたようだが、それらも簡単に吹き飛ばしていた。

 行く先々に廃屋があった。亜人種とファンタジーの世界で定義づけられた人々の姿も見た。醜悪な姿をしている、とされる生き物のほぼ全ては可愛らしく見え、プライドばかりが高く、縄張り意識の高い、とされるエルフは、私には何故か低姿勢だった。

 人間も見た。彼らはほぼ全てが忌避の目を向けていた。或いは嫌悪か。不意打ちを喰らった時には本当に焦った。黒色の光の剣の刃が私の身体にぶつかる瞬間に弾けて消えた。茫然とする人間に体当たりをすると、彼らはあっさりと吹き飛び、もう立ち上がることは出来なくなった。前世を含めて、初めて人を殺めた瞬間である。


 その時には流石に罪悪感でどうにかなりそうだったけれど、一時間くらい経つとどうでも良くなった。これは、まりもの特性なのかもしれない。しばらく旅をしていく内に、たっぷりと人間のろくでもなさを見せられたので、寧ろ、攻撃的な奴は潰しておくべきなのかもしれない、とすら思えて来た。勿論、中には良い奴もいる。けれど、そういう奴は人間社会から爪はじきにされてしまうのが常だった。


 母はクイーンまりもが統治をしている、と言っていたけれど、実際にはそんなことはしていない。人間が奪われた土地を(と言うか、彼らが奪った土地なんだが)奪い返そうと行動を起こした時に叩き潰すだけである。それで別に人間の世界に逆侵攻をするような真似もしない。人間の世界、と線を引いた場所からの逸脱を阻止する、と言うのがクイーンまりもの方針で、それ以上のことは何もしない。本当に、何もしていなかった。彼女は人間に建てさせた小さな宮殿の中で眠っているのが常だった。私が出向いて面会を要望すると快く会ってくれたが、母と同じように会話のキャッチボールは上手く行かなかった。どうやら、まりもとはこういう種族なのだな、と私が気づいたのは、私たちが何も食べなくても生きていくことが出来、そして、無限の時間を生きることが出来ることを知った時だった。


 亜人種たちの寿命は割と短い。例外はエルフだろうか。見目麗しい彼らは数千年を生きることが出来る。が、まりもは無限である。ゴッドまりもは一億年を生きている、とか抜かしている。それは流石にブラフだろうが、案外、本当かもしれない。

 ゴブリンやコボルとと一緒に畑を作ったりしたこともあった。硬い地面をまりもメテオで破壊し、土砂にまりも肥料を撒くと、農作物の良く育つ良質の畑になるのだ。調子に乗っている内に、ゴブリンやコボルトがドンドンと増え始めた。やがて、無数の高層マンションが立ち並ぶようになった。科学文明がゴブリンやコボルトの土地を豊かにした。私は奉られる対象となったが、何だか退屈になってしまって、彼らの土地から離れることにした。

 世界を巡る内に、時が流れて、夏の暑さに死にそうになったり、海水の塩分にやられそうになったりしながら、私が再びその土地を訪れると、かつての文明は廃墟と化していた。ゴブリンとコボルトはまた昔のように不器用に畑を作ったりしている。私はまた畑を作ってやったりしたが、それ以上見てやることも疲れてしまって、また旅に出ることにした。




 ―――――


 旅の間に、恋もした。

 それはそれは男前なまりもだった。

 けれども、実は、男前なまりもは女性だった。


 君を騙してしまったようですまない。実は私は女なんだ。

 と、申し訳なさそうな顔をするまりもに、私は恐縮するやら何やらだった。

 長い時を生きていると、外見よりも、高潔な中身に惹かれることもある。

 私の感情はアブノーマルかもしれませんが、私はあなたのことをお慕いしています、と伝えた。


 彼女は凄く微妙な顔をしていたが。

 気持ちは嬉しいから、友達になろう、と言ってくれた。

 友達か――私は思いながら、そう言えば、まりもに性別なんてあったろうか? と、ふっと考えた。


 が、そんなことを彼女に聞き返すのも何だか怖かった。


 それも、もう、ずっと昔の話である。


 ―――――




 キングまりもさまにも会った。翼を生やし、髭が生えていた。カールしている立派な髭である。男らしい。

 人間との戦は厳しく、まりも軍の中に幾度も戦死者を出しそうになったが、結局は出なかったよ、と彼は語っていた。

 …どこが厳しかったんだろう? と、マジレスしそうになったが、キングを冠する方にそんなツッコミを入れるのも野暮かと思って、やめた。戦死者が出なかったことは何よりである。

 そんなことよりも、どうやって翼を生やしたんですか? と、尋ねると、彼は「飛びたくなったから」と簡単に応えた。まりもは飛びたくなったら翼が生えてくる。多分、髭も生やしたかったから生やしたんだろう。海に入りたくなったら入れるのではないか。夏の暑さもやろうと思えば快適に過ごせるようになるのではないか。てか、まりもって何なんだ、とゲシュタルト崩壊を起こしそうになるが、私も空を飛びたい、と願ってみた。


 ――翼は生えなかった。が、飛べた。

 考えてみたら、別に、キングまりもさまも、他の方も、空を飛ぶときに翼をぶん回してる様子もないし、何かものすごく不自然にぴょーんと飛んで、そのまま浮いたり、風に乗って滑空したり、風に逆行したりしている。これ、翼関係ないんじゃないだろうか、と思っていると、宙に浮かぶ私を撃墜しようと人間が飛ばしたミサイルが飛んできた。

 私は、ミサイル、戻れ! と、願った。ミサイルは戻った。どっかが爆発した。



 ―――――――







 何だか色々とどうでも良くなってしまって、私は母の元へ帰ることにした。

 どれくらいの時が流れたのだろう? 最初に知り合ったエルフたちさえ、既に亡くなってしまう位の年月である。知り合いのまりもたちは皆、のほほんと生きている。洞窟はこの辺りだったか、と周囲を散策している内に、また時を無駄に流しつつ、私はようやっと、母のいる洞窟に辿り着いた。

 当然と言えば当然だったが、母は元気だった。全然、変わらない様子だった。ハイタッチを求める母に、手、無いんだけど、とツッコむと、彼女は、からの~? と言う謎のリアクションを取ったので、無視することにした。


 何だかんだで、洞窟が一番落ち着く。母の傍が一番落ち着く。


 私はしばらく、ここに滞在することにした。と言うか、もう、一生、ここで過ごすかもしれない。母にそう言うと、彼女は少しだけ嬉しそうに瞬きをした。


 「お帰りなさい」

 「ただいま」


 母の声は優しかった。私は、この世界が終わる時は何時だろう、とそんなことを考えて、少しだけ、怖くなった。



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