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美少女デウス・エクス・マキナ -金色夜叉の休日-

作者: 浜滋 渚

ソメイヨシノの花が街道を淡紅に染める時期、小林(こばやし)めぐむは人知れず山中に鎮座する稲荷神社で金色こんじきを携えた神様に出会った。




「クオンさーん。いなり寿司もってきましたよー。」

 愛はビニール袋をかざしながら、名もなき稲荷神社の境内で姿見えぬ誰かに向けて声をかける。

「うむ、遠慮なく頂戴するのじゃ。」

 さっきまでは確かに誰もいなかったはずの朽ちた賽銭箱の上方に、金色が現れる。その堂々たる風体と口調は遥か前からそこに存在していたかのような錯覚を与える。

 文字通りに天衣無縫な着物を纏い、膝まである金色の髪は太陽すら霞むほどの煌きを湛えている。世界の真理をも見透かすような灼眼は、目が合った者の時を止めるほどに怖ろしくも美しい。しかし何よりも目を引くのは、その頭部から伸びる獣耳と、背後に見える九本の金色の尻尾だろう。其々が意思を持った別の生き物のようにふさぁふさぁと動くその尻尾は見る者の目を釘付けにする。

「何を呆けておるのじゃ。一緒に食べぬのかの。」

 いつの間にかその手に収まっているビニール袋からいなり寿司を取り出しながら鞘貴宮さやのあてみや玖遠くおんが呼びかける。

「クオンさん。もうちょっと心臓にいい登場は出来ないんですか。お寿司もいつの間に取ったんですか。」

わらわに時間という概念なぞ意味をなさないのじゃよ。」

 的外れに感じる返答をしながら、クオンは溌溂な笑顔でいなり寿司を頬張る。

「妾の前には過去も未来も等しく同じものだからのう。いつ取ったかという質問自体が的外れなのじゃよ。」

 読心術を用いて愛の困惑に回答する。

「いつもながら訳わかんないですね…。というかクオンさんそんな宙に浮かんでないで降りてきてくださいよ。私もお寿司食べたいです。パンツ見えてますし。」

「別に見られて減るものでもないからの、気の済むまで見てかまわぬぞ。」

「いや、だからお寿司をですね…。」

 っと笑いながら、無視していた重力へと目を向け、愛の前にゆっくりと降下する。

「のう、愛よ。妾にとっては時間なぞ意味のない概念じゃが、おぬしらにとっては不可逆なものじゃろう。何故なにゆえ頻繁にこんな午の刻に講義にも出ずによわい四千しせんの老いぼれに供物を届けておるのじゃ?」

 唐突に投げかけられた玖遠からの鋭い問いに、愛は顔をしかめあらぬ方向をむく。

「………。その女子高生程度の見た目で老いぼれと言われると違和感が凄いですね。」

「誤魔化すでない。あれか、大学でびゅー失敗というやつかの?」

「意地悪いですよクオンさん。全知全能なクオンさんなら聞くまでもなく何でも分かってるんでしょ。」

「其れは過大評価というやつじゃの、流石さすがに妾は全知全能という訳ではないのじゃ。」

 全知全能に成ることは出来るがの。と、音にならない声で続ける。

「知ろうと思えば知ることは出来るが、妾はそれを望んではおらぬからの。お主が言いたくないのならば踏み込みはせぬのじゃ。」

 緋色の瞳で真っすぐと愛を射抜きながら、玖遠は再び愛の回答を待つ。

「何か具体的な理由があるわけでもないんですけどね、ちょっと教室の居心地が悪く感じてね…。」

 観念したのか、たどたどしく接ぎ木しながら感情を言の葉にする。

 よくある惚れた腫れたの問題があるわけでもない、いじめと感じるようなことがあるわけでもない、クラスメイトとの関係は特段良くも悪くもなく、普通という言葉が相応しいだろう。学業の面でもついていけなくなったり、受け付けない教授が居るわけでもない。ただ、学校に行きたくないという感覚が心を覆うときがある。

「なるほどのう。俗世ぞくせいには区々(しがらみ)があるのじゃのう。」

 吐露を聞き終えた玖遠はあっけらかんと他人事な感想を述べる。

「しかしのう愛よ。おぬしの苦悩は分かるが、この現世うつしよはそのような障害を乗り越えられない者を無慈悲に淘汰してしまうのではないかの。出る杭は打たれるというやつじゃの、もっともお主は講義に出ておらぬ訳じゃが。」

 再び重力を無視し、空中で逆さまにあぐらをかきながら愛と目を合わせる。超常現象に慣れつつある愛は驚くことはないが、居心地が悪そうに少し目を逸らす。

「クオンさんは知らないかもしれませんが、耳に痛い正論を受け入れられる理性的人間は残念ながら少ないんですよ。」

「ふむ、お主は時たまやけに達観したように語るのう。妾個人としては気に入っておるのじゃが、そういうところが無意識下で他人との障壁になっておるという一面もあるのではないかの。」

「クオンさんにそう言われるとそんな気がしてきますね。」

「プラシーボ効果というやつじゃな。」

「それを言うならバーナム効果では。」

 真面目になりすぎた空気に耐え切れなくなった玖遠が茶化しながら再び地に足を延ばす。

「まあ、ここで論を尽くしたところで改善に向かうものでもないかの。事件は現場で起こっているというやつじゃ。」

 現場に行ってみるしかないの。と、言いながら最後のいなり寿司を咥え、天衣と尻尾をたなびかせながらその場で一回転する。するとそこには純白のキャミソールに薄い千早のようなものを羽織り、ダメージ加工の施された紅のジーンズを身につけて、金色の髪を頭頂部の少し後ろで結んだ玖遠の姿があった。一回転の間に身長も一回り大きくなっている。

「え、今なんて言いました?え、てかその恰好どうやって、え?背もちょっと大きく…。」

 玖遠の異次元の所業に慣れつつあっても理解が間に合わない情報と現象を前に、愛はたじろぎ質問すら出来ずに言葉を詰まらせる。見かねた玖遠が指折り説明をする。

「まず見た目と服装についてじゃが、この辺は妾の能力でどうとでもなるから説明を省くのじゃ。次に、現場に行ってみるというのについても言葉の通りじゃ。特に説明することはないかの。何か質問はあるかの?」

「説明になってないですよ…。」

「質問はないようじゃの。じゃあ早速れっつごーじゃ。」

 ある程度冷静さを取り戻した愛を尻目に、玖遠は鳥居をくぐり雑草が生い茂りほとんど山道になっている参道を下り始める。

「ちょっと待ってくださいよー。てかいなり寿司一人で全部食べちゃったんですかぁ。」

 既に見えなくなった玖遠の後ろ姿を追いかけながら、誰もいなくなった稲荷神社に愛の情けない声が木霊した。




「クオンさん。馴染みすぎて失念してましたけど、その尻尾と耳見られたら大騒ぎになりますよ。」

 かぐわしい小麦粉の匂いにつられて駅前のパン屋で買ったクリームパンを食べながら、隣の席に座る玖遠へと目をむける。

「妾がその程度の配慮出来てないと思うのかの。お主以外の者の認識は改竄しておるゆえみなからは普通の人間に見えておるのじゃ。それよりお主、電車の中で麵麭ぱんを食すのはまなー違反ではないのかの。」

「マナー違反と判断する観測者がいて初めてマナー違反は生まれるんですよ。」

っ。本に愉快なやつじゃのう。」

 心底楽しそうな笑い声が二人きりの車内に響く。

「田舎なんで結構ゆるいっていうのもあるんですけどね。そもそも昨今の何かにつけてマナーだのなんだのでローカルルール作りまくって、自ら生きづらくしてるように感じるのが気に食わないですし。」

「気に食わぬから、麵麭を食うということじゃの。」

「上手くないですよ。」

「麵麭がかの?」

「字が違います。」

「麪包がかの?」

 玖遠が宙に指で「麵麭 麪包」と書くときらきらとその軌跡が残った。

「パンの漢字はどっちでもいいです。」

 玖遠と雑談を始めると終わりがないことを、二ヶ月程度の短い付き合いの中でもいやというほど経験している愛は一呼吸置き話を改める。

「閑話は休題して、認識を改竄しているって言ってましたけど他の人にはどう見えてるんですか?」

「先の観測者の話に通ずるものがあるが、見る者個人でみな己の納得のいく容姿すがたに認識するはずじゃ。」

 玖遠の概念的な回答に戸惑い、自らの瞳に映る耳と尻尾を生やした女子大生の存在が揺らめく感覚に陥る。

「…みんな違うクオンさんを認識するってことですか?」

「うむ、そうじゃな。」

「それじゃあ認識の齟齬が生まれてしまう気がするんですが大丈夫なんですか?」

「妾の能力をあなどってもらっては困るのじゃ。其のあたりも含めて整合性が取れるように改竄されておるのじゃ。」

「万物超越の能力と因果律改竄の能力でしたっけ?無茶苦茶もいいところですね…。」

 理解しようとする行為に意味がないことを悟ると同時に、隣に座る玖遠という存在の異次元さを再認識し心の中で身震いをする。

「うむ、其々『金色夜叉』『流水、情アレド、落花、意ナシ』と名付けておるのじゃ。」

 愛の心中を知ってか知らずか、お気に入りのおもちゃを自慢するこどものように無邪気な笑顔で言う。

 二人の会話が停滞したそのとき、丁度目的地への到着が近いことを知らせる放送が流れ始めた。




「ここが花のきゃんぱすというやつかのう。」

 大学の敷地内に足を踏み入れた玖遠が小動物のように辺りをキョロキョロと見回わす。愛だけに見えているであろう尻尾も興奮したように縦横無尽にぱたぱたと動いている。

「クオンさん。目立ってるので落ち着いてください。」

 認識は改竄されて耳や尻尾は見えていないらしいが、それを差し引いても背筋が凍るほどの美形である玖遠がはしゃいでいる光景が目を引かないわけがない。ある者はスマートフォンをこちらに向け、またある者たちは誰が声を掛けるかと相談をしている。次第に人混みが生まれ、その人混みが新たな人を呼ぶ。いつしか玖遠たちの周りには有象無象による壁が建設されていた。

「うむ?何かいべんとでもやっておるのかの?」

 真面目に質問しているようにも、とぼけているようにも取れる口調で愛に緋色の視線を流す。

「流水なんとやらで自分自身に対する認識も改竄されてるんじゃないんですか。その見た目が同性すらも一目でとりこにするほどのものだと自覚したほうがいいですよ。」

 玖遠の視線を受け流しながら無意識に少し棘のある言葉が発せられる。

「ふむ、それはお主からの愛の告白ということでいいのかのう。」

 愛は呆れたような表情と黙殺で玖遠の質問に回答する。玖遠はその反応を楽し気に見つめ、再び有象無象へと視線を戻す。

「のう、お主よ。『最初のペンギン』というのを知っておるかの?」

「もう一つのクオンさんの能力ですか?」

「最初に挑戦する勇気のある者を形容する表現らしいのじゃがな、この光景を見てふと思い出したのじゃ。」

「じゃあ、あの中の『最初のペンギン』はあの子というわけですね。」

 愛の指す指の先にはヘッドフォンを外しながらこちらに手を振る栗色のショートカットが近づいて来ていた。

「めぐちゃーん。おは…おそよー。その美人さんはだあれ?」

「そこはおはようでいいんじゃないかな。この人は私の「妾は愛の彼女じゃよ。」

 割り込んだ玖遠の発言に最初のペンギンが絶句し、愛と玖遠を小鳥みたいな挙動で交互に凝視する。

「冗談だからそのSNSに呟こうとしてる指を止めて、今すぐ。」

 愛に頭を鷲掴みにされて冷静さを取り戻した瀬川せがわ小町こまちがスマートフォンをしまいその手を愛の腕に伸ばす。

「わかったからめぐちゃん手を…。頭蓋骨とうがいこつ割れちゃう割れちゃう。」

「お主らよ、じゃれ合うのは結構じゃがそろそろ移動せぬかの。」

 玖遠の視線の先には栗色のペンギンに続けと息巻いている者たちの気迫が漂ってきていた。

「それもそうね。とりあえず食堂にでもいきましょうか。」




「のう。折角学校に来たというのに講義に出ぬのかの。」

 食堂の一角に陣取り、購買で物色したお菓子を一面に並べ喜色満面な玖遠が言葉だけを愛へと向ける。

「今は授業中なので次の英語の授業から出ようかと。」

「ふむ、なるほどのう。して、そこのぺんぎんむすめも講義ではないのかの。」

 いきなり不思議なあだ名で呼ばれた小町が、首をかしげながら人差し指で自分を指す。

「ふむ?何を戸惑っておるのじゃ?お主には妾たちの他にぺんぎんの魍魎もうりょうでも見えておるのかの?」

「なんでペンギン娘なのかは分からないけど、可愛くていいかも。わたしは今日は午前で授業終わったからサークルに顔を出そうと思って。てか、めぐちゃんまたさぼってるじゃん。だめだよー。」

 二人の視線に愛はスナック菓子を口に放り込み黙秘権を行使する。

「めぐちゃん見た目と口調に反して繊細だからね。クラスメイトと馴染めてなさそうだし。」

 あどけない見た目に反して歯に衣着せぬ言い方をする。と、愛はスナック菓子を咀嚼しながら思う。いや、あどけないからこそだろうか。

「学校で誰かと一緒にいるの初めて見た気がするよ。そういえば結局美人さんはめぐちゃんのなんなの?」

 『流水、情アレド、落花、意ナシ』で普通の人に見えているとはいえ、その背景まで都合よく構築してくれるわけではないので、玖遠は一瞬の思考の間をおいて質問に答える。

「妾は愛のくらすめいとじゃよ。最近仲良くなってのう。」

 この瞬間『流水、情アレド、落花、意ナシ』が辻褄を合わせるように働き、小町が違和感を覚えることはない。また、容姿の認識も移動中に玖遠が調整をしたので、再び先ほどのように人だかりができることもないだろう。

「確かに愛はくらすに馴染めていないように思うのう。のう、ぺんぎん娘よ。お主はどうすればいいと思うかのう。」

「うーん。そうだなー。クラスメイトが入ってるサークルにでも入ってみるのはどうかな。」

「ふむ、其れは妙案かもしれんのう。」

「私の話を私抜きで進めないでほしいんだけど…。」

 気の進まない流れになりかけたのを察して愛が黙秘権を破棄して声をあげる。

「妾もさーくるとやらには興味があるからの、一緒に見に行くのじゃ。」

「選択の余地なしですか…。」

 異議申し立てが意にも留められずに話は進められ、愛はこれからの厄介ごとを想像し頭を抱える。

「ぺんぎん娘よ。何か御薦めのさーくるはあるかのう?」

「それならわたしがマネージャをやってる剣道部とかどうですか?めぐちゃんのクラスメイトもいたはずだし。」

「運動部なんて絶た「剣道かのう。是非久方にやってみたいのう。」

「経験者なんですか?授業が終わったら是非!」

 机から身を乗り出して玖遠を勧誘する。

「もうそろそろ時間なんで行きますよ。」

 なんとか剣道部に行くのを阻止するため話を切り上げようとするが、無駄なあがきも虚しく玖遠の「勿論」の一言で放課後のスケジュールは確定した。




「クオンさん英語喋れたんですね。」

 剣道部を見に行くために武道場への道すがら、講義をそっちのけでネイティブスピーカー教員と玖遠が出身地の話で盛り上がっていた光景を思い出しながら、そのときに思ったことを口にする。教員の出身地の話だけでなく、愛が前に訊ねたときははぐらかされてしまった玖遠のそれについても話をしていたようだったが、教員の出身地の訛りに合わせていたため多くは聞き取れなかった。

「お主、先に妾のことを全知全能と評価しておらんかったかの。」

 玖遠の眉は心外そうに少し動いたようにもみえた。

「古めかしい言葉遣いだし、横文字の発音もひどいものだからイメージができなくて。」

「うむ?別に最近の言葉遣いも出来るのじゃよ。いつもの言葉遣いも最初の頃はきゃら付けみたいな側面もあったのじゃ。」

「それはちょっと知りたくなかった事実ですね…。」

「じゃが誰しも言葉遣いというものは、己を表現するための装飾品のようなものではないのかの。妾は其れをより意識的に行った故、きゃら付けという訳じゃ。」

「言葉遣いは装飾品ですか、自分の言葉遣いなんて考えたことがなかったです。無意識下のことを意識し始めると普段どうしてたか分からなくなりますよね。」

「顕在意識と潜在意識の問題じゃの。」

「でも、なんでクオンさんは意識的にその言葉遣いにしたんですか?」

「うむ?それはのう、妾にも若い頃があったという訳じゃよ。」

 珍しく歯切れ悪くはぐらかす玖遠に愛はすかさず追撃をはじめる。

「ははん、あれですか中二病とかいうやつですかぁ?」

「ふむ、あの時は400歳くらいのひよっ子じゃったからのう。若気の至りという意味ではそうかもしれんのう。」

 話のスケールが大きくなってしまいさらなる追撃に二の足を踏んでしまう。そうしているうちに目的の武道場へと到着し、玖遠が興奮した様子で扉を勢いよく開いた。

「たのもーーーーーのじゃ。」

「いやクオンさん、その語尾はおかしいでしょ。」

 突如響いた声に多くの者が手を止め少しいぶかしし気に玖遠たちの方を見る。沢山の目を向けられた愛は反射的に玖遠の後ろへと隠れる。

 唯一事情を知っている小町が手に持っていたクリップボードを脇に抱えながらこちらへ駆け寄る。

「くおんさん来てくれたんですねー。」

「うむ、早速じゃが誰か手合わせを願おうかの。この中で一番腕が立つのは誰じゃ?」

 部員を見定めるように順に視線を動かす。

「一番強い人ならあそこの神崎さんだけど…。いくら経験者とはいえ勝負にならないんじゃないかな。」

 小町の指す先には面下から伸びた腰まであるポニーテールを揺らしながら素振りをしている姿があった。その凛とした稽古姿はそれ自体が一振りの刀のようで、素人であるの愛ですらも周りとは一線を画す何かを感じるほどだった。

「ふむ、確かにあの女子おなごもなかなかのものじゃが、腕はあちらの者の方が立つのではないかの?」

「井原さんですか!?無茶だよ、剣道部の男の中でも別格なんですよ!!」

 玖遠の予想外の発言ににわかにざわめきが生まれる。剣道で成熟した年齢において女が男に勝つのは不可能に近いだろう。そんな当たり前ともいえる前提をまるで知らないような口振りに小町は困惑を隠せない。

 玖遠を諫めようとする小町の間に、発言を近くで聞いていた真面目そうな青年が割って入る。

「さっきから聞いていたらあなた何なんですか?口ぶりからして経験者なんだろうけど何段?井原さんは大学生で四段持ってるんですよ。勝てるわけないじゃないですか。」

「うむ?段位なぞ持っておらぬのじゃ。妾より弱いものに妾を評価出来ないじゃろう?」

「はあ?妄言も大概にしてくださいよ。段位も取れない人が相手になるわけないでしょ。剣道三倍段って知ってます?」

 剣道三倍段という言葉を用いるには適切な状況ではないが、その口調から青年の苛立ちに似た感情が読み取れる。

「ふむ、埒が明かんのう。じゃあお主に勝てばあの井原とかいう小僧とも戦わせてくれるかのう。」

「それであなたの気が済むなら受けて立ちますよ。」

---------------

 防具に着替えた玖遠と青年が対峙する。青年も井原ほどではないが団体戦では中堅を担う腕前の持ち主である。

 突然現れたビッグマウスこの上ない謎の女学生に、剣道部は皆興味津々であり練習を中断し玖遠と青年の試合を観戦している。

 玖遠の構えは五行の構えのどれにも当てはまらない脱力しきった構えだが、対面する青年はえも言われぬ威圧感をその身に浴びていた。

 両者が構えあい静寂が武道場という世界を支配する。

 審判役の学生の合図とともに試合が開始する。と同時に鋭い炸裂音が武道場に響き渡り、気が付くと青年の後方で残心を取る玖遠の姿があった。

 一瞬の静寂ののち、青年が膝から崩れ落ち、それをきっかけに観覧者達が一斉にざわめき始める。

「審判よ、判定はまだかの?」

「え?いや…。」

 目に見えなかったのだ、判定のしようがないのだろう。

「おい!こいつ白目向いてるぞ!」

 青年に近づいた学生が声をあげ、ざわめきは判定どころではない騒ぎへと広がっていった。




「全く興醒めも甚だしかったのじゃ。」

 口を真一文字に結びながら大股で帰路を進んでいた玖遠が不満そうな声を漏らす。夕陽によって瞳の様なあかみを帯びた金色こんじきの髪が歩を進めるたびに、玖遠の怒りを代弁するように揺らめく。

「武道においてクオンさんを楽しませれる人間なんてこの世にいないんじゃないですか?」

 玖遠の異次元さを目の当たりにした井原は戦意を喪失し、対戦が行われることはなかった。

「真剣勝負を放棄して、その上妾を勧誘するなど、あやつには武道家としての誇りはないのかの。」

 いつもならば、「真剣勝負とはいえ使うのは竹刀じゃがの。」とでも洒落を付け足すであろう玖遠が、それをしないあたりからも不機嫌な様が見て取れる。

「そりゃあんなのを見せつけられたら仕方ないですよ。」

「むうう、其れはそうじゃがの。矢張りのう。」

 玖遠も論理的には井原の心情や行動を理解は出来る。しかし気持ちの面では不完全燃焼になった高ぶりが燻っている。

「あの!すみません!!」

 突然の声に背後を向くと、走って追いかけてきたのか少し息が上がっている神崎が立っていた。

「ふむ?何の用じゃ?勧誘ならば御断りじゃぞ。」

 既に剣道部への興味が失せたのか冷たくあしらう。

「いえ、違います。その…私と勝負してください!」

っ。面妖な奴じゃのう。先の一閃の一戦であり一戦の一閃を見て、何故なにゆえお主は妾と剣を交えようと思惟する?」

 緋色の双眸で神崎を見つめながら玖遠は問いかける。

「貴方と対峙することでしか見えない世界があると思うから。」

 何かをなし得ようとする確かな光の灯った瞳がそこにはあった。

「ふむ。其の心意気やよし。妾の全身全霊をって相手になるのじゃ。」

 絶世の笑みを携えた金色であかき夜叉が其処に降臨していた。

「まあ、しかし今日はもう疲れたのじゃ。遠くない内にお主の前に現れるのじゃ。其れまで腕を磨いておるのじゃな。」

 一瞬の覇気はどこへやら、いつもの玖遠に戻り神崎へと手を振りひとまずの別れを告げる。その頬が紅く色付いていたのは夕陽のせいではないだろう。




「よかったですね。理由をこじつけてまで大学に来た甲斐はありましたか?」

「ふむ?気付いておったのかの。」

「あ、やっぱりそうだったんですか。確信はなかったんで鎌かけてみたんですけど。」

「読心術を使える妾に鎌をかけるなど常人のすることではないの。」

「あは。いつもやられてるからお返しです。」

 二人は普段通りの雑談を展開しながら紅く染まった帰路を進んでいく。

   ------------金色の神様と女子大生の日常は続いていく



Q.この物語を書いているときの作者の考えを200字以内で述べよ。(15点)

A.晩御飯何にしようかな。


前作が異能バトル物だったので今回は日常系を書こうと思ったわけですが、苦戦を強いられました。起承転結の「転」が思いつかない…。結果このようなかたちになったのですが、筆者は一体何を伝えたかったのでしょうか?国語に自信がある方がいらっしゃったら教えてください。

そもそも鞘貴宮玖遠というキャラクターは異能世界の住民としてデザインしたものなので日常系に落とし込むには力不足だったと思います。それと美「少女」と銘打っておきながら年齢が4000歳超というのが突っ込まれそうですね、見た目は少女なので…。

ということで多分次回はまた異能物を書くと思います。

拙筆を最後まで読んでいただけた方に最大限の感謝を申し上げて、筆を置かせて(投稿ボタンを押させて)いただきます。


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