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ラルフの父、カール・カーライルとラルフの母クラリス・カーライル。
父カールと母クラリスそしてロイドは十年ほどにに冒険者という職につき、他の数人と共にパーティーを組んでいたらしい。
冒険者とは迷宮や遺跡に潜って金目のものを掘り当てたり、冒険者組合からの依頼でモンスターを討伐したりして金を稼ぐ人たちのことだ。
ちなみにルキウスの記憶では、2000年前のあの時代にはモンスターは存在して無かったので、あの戦いの後に発生した可能性が高そうだ。
話を戻そう。
で、バランスの良いパーティー編成に息の合ったチームワーク、そして各人の優れたスペックによりパーティー結成から三年ほど、カール達三人が十代の中ごろになったときにはすでに冒険者の最高位のランクにまで上り詰めていたらしい。
パーティー名は『白銀の翼』
『絶断』のカール・カーライル。剣士。
『絶技』のロイド・アーネット。剣士。
『白』のクラリス。回復魔法使い。
『幸運』のフェリックス・ステルラ・ヴェリタス。魔法使い。
『死の風』レーラ。弓使い。
『鉄壁』ガーグ・ドーラ。戦士。
前衛2、後衛2、壁役1、回復役1の理想的な編成。
ある日、王都に巨大なキメラが襲来した。
ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つキメラだった。
すぐに王都の兵を緊急招集し討伐隊を編成するも、あっけなく全滅。絶望する王都の民。
そこにさっそうと現れたのは『白銀の翼』。彼らは装備を一新するために王都に来ていたのだ。
そして、『白銀の翼』は苦戦を強いられつつもキメラに勝利したのであった。その後、カール・カーライルはキメラ討伐の功績を買われて男爵位と領地を貰い、パーティーを脱退しクラリスと結婚した。
しばらくした後、ロイドがメリッサを連れ屋敷の訪れ、使用人として雇われることになった。
そして、六年ほど前に生まれた次男をラルフと名付け、今に至る。
以上がこの六年でラルフが知りえた両親の情報だ。
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ラルフの朝は早い。
手早く着替えなどを済ませ、庭に出ると空はようやく白み始めたころだった。
「おはようございます、ラルフ様」
「お、おはようロイド」
ラルフは顔が引きつるのを抑えられなかった。
いつもこうなのだ。どれだけラルフが早く起きて急いで庭に出ても、燕尾服を隙なく着こなしたロイドが眠気の一つも感じさせない顔で待ち構えているのだ。
おまけに今日は両手にバケツとタオルを持っていて、すでに一仕事終えている様子だった。
「ではそろそろ始めましょうか」
「はい、先生!」
ラルフは気を引き締めて、そう応じた。
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剣術はラルフはロイドに、ジュリアスはカールにそれぞれ習っている。
ラルフがロイドに習ってるのは「影武流」剣術。
「影武流」には一の型一番から九の型九番までの81通りの動作があり、それらを戦況に合わせて応用、変化、接続させることによって対応する剣術だ。
一応、剣術とついているがその実、戦略、戦術の類の要素も多く、また剣以外でも武器になるものならなんでも使う、というかなんでも武器にしてしまうという闘法だ。
一部の剣士にいわせれば剣術ではないとまで言われてしまう剣術なのである。
しかしこの剣術、歴史を遡ると約二千年前、かの悪魔との大戦の時代までさかのぼることができるらしい。
なんでも、開祖は『彼の王に召喚されし黒衣の英雄』の戦い方を参考にしたとか。
『彼の王に召喚されし黒衣の英雄』が誰かは言わずもがな、だ。
また、開祖の名はエーブ。
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「一の型七番! 四の型六番! 七の型六番から九番まで連続変化!」
「はい!」
「七の型七番から八番の動きが遅いです。同じ型の連続した番号は一つの動作だと考えて、流れるように動いてください」
「はい!」
「もう一度です。一の型七番! 四の型六番! 七の型六番から九番まで連続変化!」
「はい!」
「そうです! 今の感覚を覚えてください。……そろそろ限界ですか?」
「……まだまだ……大丈夫!」
「では最後に一の型一番から九の型九番まで流してください」
「……ハァ……ハァハァ。……はい!」
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ロイドから受け取ったよく冷えた水を勢いよく飲み干す。
「……くぅ。 生き返ったぁ!!」
「ラルフ様、こちらもどうぞ」
そう言って渡してきたのはレモンの蜂蜜漬け。
流石はロイド、欲しい時に欲しいものを出してくれる。如才ないというのはこういうことを言うのだろう。
そのまま運動の後の心地よい疲労感に浸っていると、
「うわー!」
ドスン。
目の前にジュリアスが落ちてきた。
「だ、大丈夫ジュリアス兄さん!?」
「……いてて、やあラルフそんなに慌てなくても大丈夫だよ。いつものことだから」
二メートル近く飛ばされた直後に、この爽やかな笑顔できる兄のことを素直にすごいと思う。
「本当に大丈夫? 怪我してない?」
「うん、いつものこと、うおっ」
ジュリアスが素早く身を躱すと一瞬前までジュリアスがいた地面が爆ぜた。
「やったか?」
そうつぶやくのは燃えるような赤い髪の男。巨大な肉食獣を連想させるような雰囲気をまとっている。
手には木刀。木刀には緩衝材として布が何枚も巻いてある。
「やったか? ではありませんよ旦那様。いくら止めの合図がかかる前とはいえ、後ろからあれだけの速さで打ち込んでジュリアス様が怪我でもしたらどうするんですか? それにあまり庭を荒らさないで下さいと何度も言っているでしょう。それなのに毎回地面を掘り返したり、木を折ったり、花壇の花をつぶしたり……」
「悪かった。悪かったって。まったく、お前どんどん口やかましくなってくのな。昔のお前だったら口より先に手が出てただろうに」
ロイドがたしなめるのをさえぎってカールが肩をすくめて両手をあげて降参する。
「今はあくまでカーライル家に仕える、一使用人でしかありませんよ」
「だったら雇用主を敬え! 仕事が増えることを嫌がるなよ!」
プツンという音が聞こえた。
堪忍袋の緒が切れる音だ。
――――やばい。
危険を悟ったラルフとジュリアスがじりじりと後ずさる。
「別に」
特に感情的でもないロイドの一言で空気が一変する。
「別に私は仕事をしたくないと言っているわけではありません。時間がないのですよ。余計なことをしている暇がないのです。旦那様が王都たちへの返信を書いてくださらないせいで、仕事が等比的に増えているのです。ただでさえカーライル男爵家の立場は特殊であるというのに。私が一日にどれだけの手紙を書いているか知っていますか? 毎日毎日、根回し、根回し、根回し。旦那様が一日に一時間ほど机に向かってくださればすぐに片付くというのに。さらに、ウィリアーズ伯爵家にホランド子爵家のクズ共のせいでどんどん仕事が増えていく! あいつら、自分たちが肥えることしか考えていない。貴族以外は虫けらだと思ってやがる。いっそ、ジェンキンス侯爵と共謀して潰してしまおうか……」
しまいにはフフフと肩を震わせ始めるロイド。背中からは黒いオーラが幻視できるほどだ。
「あ、あの俺が悪かったから一回落ち着いてくれ。言葉遣いとかいろいろ崩れてるぞ。これからは俺ももう少し仕事するから、な?」
「……言質はとりました。」
「え?」
「いえ、失礼しました。カーライル男爵家の使用人としてあるまじき振舞い、謝罪します。では、旦那様行きましょうか」
「え、行くって?」
「執務室ですよ。今言ったばかりではないですか。仕事です仕事」
「ちょ、待っ、やめろ――――」
カールがずるずるとロイドに引きずられていく。
「ねえ、兄さんさっきのロイドどれくらいが演技だったのかな?」
「さあ? けど後半は絶対本心だったと思うよ」
「だよね。やっぱりロイドってさ」
「うん」
「「超怖いなぁ」」
兄弟の意見が一致した瞬間だった。