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ジャラジャラと鎖の音がする。
いひひひっひひひっひひっっひひっひっひひひひひ。
どこからともなく聞こえる笑い声は悪魔のものか。
「……ちくしょう……す……まな……い」
ルキウスは手足を金の鎖で拘束され空中に吊るされていた。
鎖の先は虚空に繋がっている。
そんな王のその姿は、何よりも敗北を明確に示していた。
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英霊召喚は失敗した。それもルキウスの魔力の大半を奪って。
それでもルキウスは諦めなかった。本当は絶望に浸ってすべてを放り出したかったが、諦めなかった。
酷い戦いだった。
大量の悪魔たちと共にこちらの世界に渡ってきた魔王は一見すると小柄な少年だったが、その力は桁違いだった。
まさに桁違い――――魔王の操る金鎖によって、英雄級とも称される力量をもつルキウスの部下たちが次々となぎ倒され、ついにはルキウスも拘束されたのだった。
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天才だの王だのと持て囃されてきたルキウスだが、今はただ自分の無力さが憎かった。
「……すま……な……い」
(俺はたくさんの人たちに託されてきた願いを叶えることもできずに、こんなところで死ぬのか……)
拘束されている手足を動かすと鎖がジャラジャラと音を立て、だらだらと血が滴る。
(……ここまでか。俺はよくやったよ。ここまで一生懸命やってきたじゃないか。だからもう……)
「――――ふざけるな! ……諦めて……たまるかぁぁ!!!」
ルキウスが叫んだそのときだった。
ルキウスが魔力の流れを感じて下を見ると、ルキウスが流した血が勝手に動いて魔法陣を形作っていた。
(これは……英雄召喚の陣!? どうして今になって……俺の血を触媒にしているのか?)
ルキウスの頭を疑問が埋め尽くされる。
そして陣が一際強く輝いた。
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『あなたこそが、あなただけが我々の王です。どうか我々を導いてください』
『ああ、わかったよ。お前たちが望むのなら、俺が王となろう』
(本当は嫌なんだ! もうこれ以上俺に人の命を背負わせないでくれ!!)
それは彼が外に漏らすことのできなかった嗚咽《泣き言》。
『……はぁ、はぁ……俺の……俺たちの死は無駄では……無かったのですよね』
『ああ、勿論だ。 俺が証明して見せる! お前たちの死は無駄では無かったということを!!』
『そう……ですか。よかっ……た……………」
(やめてくれ! 俺の前で死なないでくれ! 俺は誰一人として死なせたくないんだ!!)
それは彼が必死に演じてきた王の姿。
『嗚呼、王よ! 我らが王よ! 陛下についていけば世界が取り返せるぞ!!』
『陛下! あなたのおかげで俺の村が救われました。 本当にありがとうございます!』
『俺をあなたの部下にしてください。あなたのために死ねるのなら本望です!!』
『全員俺について来い! 俺が世界を変えるのを一番近くで見せてやる!!』
(やっぱり、俺なんかじゃ駄目だったんだ。誰でもいいから助けてくれ!)
それは彼自身でも気づかないふりをしてきた真実《本音》
『おそらくこの戦いが天王山だ。 怖れるな! 戦え! さあ行くぞ、正義は我らにあり!!!』
『『『『『オオオオオオオオォォッ、正義は我らにあり!!!!!!!!!』』』』』
(すまない。すまない。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい)
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大輝が光に包まれた瞬間、体の感覚が消え去り、大量の情報が流れ込んできた。
それは、力をもって生まれてしまっただけのただの少年の記憶と感情だった。
小さなことで悲しむことができ、小さなことで喜ぶことができる少年の。
世界から悲劇が消えることを願っただけの王の記憶と感情。
それを見た大輝は――――彼の強さも弱さも、建前も本音も、その全てを見て唯一の理解者になった大輝は、彼に憧れ嫉妬し、同情し同調した。
――――そして、彼を助けたいと思った。
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大輝が、想いのままに足を前に出すとザクッと地面を踏んだ。
周りを見渡すと、人間の死体と異形の怪物の屍が見える。
前を見ると少し遠くに小柄な少年が見えた。
上から下まで白で統一された服を着た金髪の紅い目の少年。背景に似つかわしくない外見をしていながら、薄く笑うその表情は破滅的でまさしく悪魔的だった。――――「金鎖の悪魔」だ。
後ろを振り返ると、空中に金の鎖で吊るされている少年が見えた。
見た者に畏怖を感じさせるような服装に身を包んでいる銀髪銀眼の少年。その瞳は大きく見開かれていて、驚きが隠せないようだ。
大輝が手を伸ばすと虚空から一振りの剣が現れた。眩く輝く白銀の大剣だ。
柄を握るとおそろしく体になじんだ。まるで体の一部のように。
重心。呼吸。剣。構え。足さばき。
戦いにおいて全ての正解がわかる。
力が漲る。
――――これが「英雄召喚」の魔法の力。
腕を一振りすると、ルキウスを拘束していた鎖が簡単に断ち切られる。
本来その鎖は本来断ち切ることなんてできないということを、大輝はルキウスの記憶から知っている。
大輝が戦場を一瞥すると、この世界の住民たちと悪魔が戦っているのが見える。
大輝はにとっては初めて見た人たちだが、ルキウスの記憶を通じて彼らのことを知っている。
ある人は、悪魔に滅ぼされた国の復讐をするために戦っている。
ある人は、先祖や子孫に誇れる人間であるために戦っている。
ある人は、ルキウスに命を救われたことに恩義を感じて戦っている。
一人一人が理由をもって戦っているのだ。
命を燃やして、命を懸けて戦っているのだ。
その在り方が、これまで無意味に生きてきた大輝にとって、とても眩しい。
ここで散らしてしまっていい命なんて一つもないと確信できる。
だからこそ大輝はルキウスに宣言する。
「やあルキウス、初めまして。ここから先は僕に任せてくれ。僕を召喚したことを後悔はさせない」
英雄にふさわしい力を手に入れて気付いたことがある。
それは英雄は力の所持ではなく、その使い方によって決まるということだ。
――――だから、大輝は英雄になるべく足を踏み出した。