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紫色の空の色

 屋上。上が屋根を模した形になっているフェンスに身を預けて、5分の間、ただ、色の変わらない空を、じぃっと見上げていた。

 紫音のあの言葉。休憩なんて、僕のために用意されたようなものだ。いや、意図してそういう風にしたのだろうけれども。

 ・・・・恨みを語る人のような声色で、何を言っているのだろうか、僕は。

「まぁ、人にも色々あるからね。色々」

「そうかな・・・・って、ぅおあ?!」

「やっと気付いてくれたー。いやぁ、全然気付いてくれないから、自殺のワンシーンでもやって驚かそうかな、とか考えちゃったじゃないか」

 それは僕の所為なのだろうか。などと、漆黒の髪を揺らす彼を前に考えた。

「や、どちらかと言うと、自業自得だね」

 何で僕の考えている事が分かるの?! 顔色? それとも声に出しちゃっているとか? まさか彼はエスパーなのか?!

「ただ単に、空音君の考えが読みやすいだけだよ」

「・・・・あ、そう」

 いつもは自分で作ったお弁当を食べる場所。屋上入口の扉の、裏手にある隙間。意外に見晴らしが良くて誰も来ないから、1人で食べたい時は重宝する場所だ。

 駅の向こうに見える海は、いつも静かだ。車や人、小鳥に至るまで、僕達以外の生き物が見受けられないこの世界は、海も、海以外も、とても静かだ。静か過ぎて、気味が悪いくらいに。いつもと、違いすぎる。この景色は、それを証明していた。

 いつもと違う。それが、これだけ不安になる事だとは思えなかった。いや、思いもしなかった。

 隣には、紫音がいる。

 寂しくは無い。

 怖い。

 肝試しとか、お化け屋敷とは違った怖さ。

 そもそも肝試しやお化け屋敷で怖がった事が無いから、何とも言えないけれど。

 けど、絶対的に、こちらの方が怖いと思える。

「空音君」

「・・・・」

 そもそも、この世界に来たのって葵の所為だよな。

 今、僕のECTにはいないし、何処にいるのだろうか。

「空音君ってば」

「・・・・あ、何」

「だから、休憩終わりだって」

 無邪気な笑みを浮かべて、既に立っていた彼が、僕に手を差し伸べた。僕はその手を取って、何気無く立ち上がった。

 それに、違和感を覚えた。

「・・・・あの、さ」

「ん?」

 立った時のまま、僕の手を握ったまま歩き始めていた紫音。僕はそれを振りほどこうとせず、紫音と同じ速さで歩こうとしていた。

 しかしその前に、彼の歩みが止まる。

 そして止まった後の僕の問は、藤黄にも似た、あまり変わらない笑みを崩す。

「あのさ、教室に戻る、ん、だよね?」

 聞いた途端に変わる顔。笑み、というものは失われていないけれども、笑っていた目が途端に鋭く尖り、そう、まるで・・・・、

「・・・・っ」


 ―― 『あいつ』 と 同じ

「・・・・空音君」

 彼の冷たい声に、ビクリ、と肩が震えた。

「な、何」

「空音君は『道化師』を知っているかい?」

「・・・・道化師?」

 彼は、綺麗な笑顔を浮かべた。こ

「道化師は、この世界を『守る』意志と、使命を持った特殊な一族の名前だよ」

 そして、聞き覚えのある声色で、語り始めた。こ

「この世界の『歪』を正し、1つの存在を追い求める者達とも言う」

 身に覚えのある恐怖が、僕の体を支配した。こ

「その『歪』の根源たる存在を、俺達は探している」

 こいつは。こ

「それこそ、空音君が心の底から追い求めるかの――」

「空音! ちょっとしゃがんでくれるかい?!」

 後ろから聞こえた声。

 僕は反射的に足の力を抜き、勢い良くしゃがみ込んだ。

 と、同時に、低くなった頭の上を、何か光沢のある銀色の何かが掠める。

「おっと」

 それまで目の前にいた彼が、僕がしゃがむのと同じくらい素早く後ろへと下がった。

 銀色のそれは、彼の着ていたフードの、これも銀色の留め金を、真っ二つに切り落とした。

「危ないなぁ。一歩間違えたら、彼の首が無くなっていたよ?」

「その時は寸止めで、ただ単に君を逃がすだけの結末になっていたよ」

 同じ声が2つ、交互に話している。しゃがむのとほぼ同時に目を瞑ってしまった僕は、銀色の何かが銀色の留め金を切った威光の視界が、黒一色だった。目に入った力をといてみると、目の辺りがフワッと軽くなる。・・・・相当力を入れていたらしい。

「え・・・・?」

 そこには、紫音が、2人いた。

 この人より大きな目に見えた、信じられない光景。

 いや、実際『もう一つの例』があるから、それほど驚かなかった。

 紫音と、紫苑。この2人のおかげで、その時の驚きは薄れた。

 けどそれは、あくまで『他人の空似』という事象に対する驚きが薄れただけであって、その時起こった、別に事象に対する驚きは薄れていない。

 まず、紫音が握っている物。銀色に輝く、普通なら一介の高校生が・・・・そもそも一般市民が手に入れられるような代物ではない物。


 ―― 剣


 刀身が90cmほどもある、ロングソード。

 銀色に輝いているのは、刃。

 その厚さは、見た限りでは1cmも無い。

 柄は、材質は分からないけど、灰色で、細かい何かの彫刻が施されている。

 知識の中では、こんな包丁(よりは厚いが)みたいに薄い剣は存在しない。

 それを、右手に握り、振り回す紫音が、そこにいた。

 頭の中が混乱していたから、それ以上の事は何も分からない。

 ただ、それまで対峙していた彼が、紫音ではなかった事を理解する。

 そして、僕の心が僅かな違和感を覚えていた事を知った。

 僕は、決して、彼の事を『紫音』とは呼んでいない。

「もうちょっとだったのに。邪魔はしないでくれるとありがたいね」

 彼は、留め具が外れて落ちてしまった黒いローブを拾った。

「邪魔しないと、何をするか分からないだろう?」

 剣を構えたまま、彼を睨みつける紫音。

「良いの? これは君が・・・・紫音がやりたい事に近づく為の行動だけど」

 クスクスと余裕の表情を浮かべる彼は、袖の無いローブを纏い、留め具のあった場所を手で押さえた。

「ムリヤリやっても意味が無い。空音が自分の意思で行動しなきゃ」

 彼は両手に、1本ずつの剣を携え、交差させるようにして構えていた。

「けど、結局最後はムリヤリ行使する事になる。紫音も分かっているだろう」

 彼は、今度は含み笑いを浮かべ、言葉は紫音に向けているのに、視線を僕に合わせた。

 紫音は黙り込んで、それでも姿勢を崩さず、彼を睨み続ける。

 その顔は、困惑と、その困惑とは無関係の決意の色に染まっている。

「・・・・はぁ。こうやって睨み合い続けても、埒が明かないね。君が紫音である限り、君が俺に傷を負わせられる事は、無い。さっきみたいな不意打ちなら違うけど」

 含み笑いは、楽しげな笑みに変わった。

 そして彼が、止め具代わりの手を離すと、そこにはまた留め具があった。

 それまで留め具代わりにしていた左手には、紫色のECTが握られている。

「一体、何処でそんな物騒な物を見つけたのかな。君のECTは君の家に・・・・っと。君は合い鍵の在り処を知っていたね」

 彼は小さく「クリエイト」と呟く。

 すると、彼の手に、唐突に、紫音の持っている剣と同じ物が現れた。

 ただ、そこに驚愕に震える声は無い。

 僕はそれ以前に、その現象を目の当たりにした、というか、実際に行使していたから。

 紫音も、今現在、行使している。

「・・・・戦う気?」

 そう、緊張した声色で聞いたのは、紫音。

「まさか! 戦っても意味が無い事は、君が一番よく知っているはずさ」

 そう、いかにも楽しげに答えたのは、彼。

「たださぁ・・・・」

 出した剣を構えず、彼は、ECTを剣と共に、ボク達に突きつけた。

「言ったよね。睨み合っているだけじゃ、埒が明かない、って」

 1mの間隔を空けて、剣の切っ先が。

 約2mの間隔を空けて、彼のECT、その画面が向けられている。

 その画面には、紅い剣と蒼い盾が交わったマークが浮かび、英語で何か書かれていた。

「――《クリエイト》――」

 彼がそう呟くと、キン・・・・、という、金属をこすり合わせたような、けどどこか違う甲高い音が響いた。

 と同時に、彼の持つECTの画面が白く光る。

 その輝きは一瞬ごとに増し、紫音がその光を止めようと一歩踏み出した時には、もう、遅かった。


 破裂音が聞こえた。

 けど、熱いとかは感じず、そもそも何かが割れたわけじゃない。

 とりあえず、変化は視界に現れた。

 6枚の2m×2mの透明のプラスチックみたいな面が、サイコロのような箱となり、ボク達を閉じ込める。

 紫音の出した剣も、サイコロの中にすっぽりと納まった。

 閉じ込められる時、しゃがんだままだった僕の体は一瞬だけ浮き上がり、サイコロの中に入った。

 紫音も、思いがけない衝撃に剣の方向が横に傾き、サイコロの中に納まってしまったみたいだ。

 透明の青い壁の向こうで、彼がニッコリと微笑み、手を振った。

「じゃあ、がんばってねー」

 何をがんばれと言うのだろう、という問は、何故か喉で止まり、僕は最後まで座り込んだままだった。

 何故、という自問自答にすら、ならなかった。

 何故か、彼の「がんばってね」という言葉に、とある人物が脳裏によぎったからだ。

 ただ、思い出しかけたその人の輪郭は崩れ、曖昧になっている。

 所々色味が分かるだけで、そもそも人だと分かった事が奇跡だと思えるぐらいに、ぼやけている。

 けど、とある人物、というのは、知る限り、1人しかいなかった。


 そして・・・・。


「・・・・君は間違っているよ・・・・―インシクラム―」



 その小さな呟きが聞こえた後、激しい轟音と真っ白な光で、僕の意識は遠退いた。

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