8日目
Heisei 2112 - 8/22 (Mon) – 10:13 – fine
白亜が学校を休んでまで来たのは、紫音の部屋だった。カーテンを閉め切ったその部屋は、薄暗くてどことなく蒸し暑かった。けれども、白亜は出ようとせず、ただその部屋の中に座っていた。
青と白のベッドの上には、一週間前のままにしてあるのか、薄手のキルトはしわくちゃのまま放置され、充電が既に切れているECTと、白亜の持ってきた紫色のウォークマンと白いイヤホンが、紫音のベッドの上に放置されていた。
白亜はただ何と無く、そのECTを充電していた。何か、残っていないのかと、ただ、何かを望んでいたのだ。
ニュースを聞いた時、正直信じられなかった。何故なら、数十分前まで彼と共にいたのだから。そして、その証拠とでも言うように、自分の緑色の携帯電話を取り出して、すぐさま写真フォルダの中を色々と探したが、結果は、残念だった。
カフェの中で撮って紫音に送ってもらったはずの写真には、紫音が写っていなかった。何度見ても、何度目をこすっても、あの3人が写っている写真は無かった。
少なくとも、先週の日曜日以降の写真に、紫音の姿は何処にも無かったのである。
―― だから
何かが残っていないかと
淡い期待をそこに寄せていた
充電をし始めて2分。充電しながらであれば、何をしても限り無く問題無いくらいには充電されている時間。写真を見るためだけであれば、充電器を外しても構わないぐらいだろう。
恐る恐る、タッチパネルがひび割れたECTを起動させる。
後に確認したところ、白亜や茜の両親、教師、そして紫音の両親でさえも、あの事故が起こった日曜日から今日までの、紫音の記憶を全て忘れているようだった。・・・・いや、忘れているのではなく、白亜達の持っている記憶とは明らかに矛盾するような記憶があったのだ。
白亜達しか、覚えていなかった。聞くと、ミミ先生や錬夏の友人も、記憶があったらしい。
「・・・・っは」
―― ばかばかしい
何故こうも期待しているのだろう
全部が夢 幻に思えるような そんな世界で
何故こうも期待できるのだろうか
何故こうも こんな小さい物にすがっているのだろうか
本当にばかばかしいよ――
「・・・・あ・・・・?」
―――
―― 皆さんは 奇跡を信じますか?
彼等の奇跡は 特殊と言っても良い『奇跡』でした
白亜がすがるように覗いたディスプレイの先に 『それ』は確かに存在していたのです
日付は8月 23日 土曜日
時間は17時 38分
彼等があのカフェ店内でショートケーキを食べ終えた頃だった
視界がぼやける
白亜は急いで目をこするが 一向に視界が良くならない
鼻の奥が水っぽくなり始めた頃に 机に置かれた何枚かの封筒と 放り出されたボールペンが目に入る
残念ながら 書いていたらしい手紙は既に送られた後だったらしい
最後に会った公園の近くの あの 他よりも赤いように思えるポストに 飲み込まれたのだろう
あれは届いているのだろうか と 白亜は気になった
宛先を知らないので それらを知ることは出来ない
「はぁ・・・・」
やっと落ち着いた鼻と目の水っぽさ
白亜は主を失った部屋の真ん中に寝転がる
思えば彼は 何故一週間もこの町にいたのだろうか?
何故一週間経った後 消えてしまったのだろうか?
『お前等さぁ 俺以外に友達いないのか?』
「あ・・・・」
浮かんできたのは 彼の口癖
気付いてみればひどく単純だ
だから余計に 鼻やら目やら 色んなところが水っぽく感じてしまう
ふと 目に入った 未送信メール
『白亜&茜へ』
多分言えないだろうから ここに書いておく
多分消えてしまうだろうから 忘れたくないから ここに書いておく
きっと2人とも忘れているだろうから
そして 俺も忘れてしまっているだろうから
俺はお前に 白亜に恩を返したかっただけだぜ?
だから ありがとう。
「・・・・意味分かんないし・・・・っ」
心に僅かに残る痛みが何なのか 白亜には分かっていたが 分かりたくなかった
『思い出したら』 アッサリと すぐ消えてしまいそうな そんな気がしてしまった
消したくないから
彼の事を・・・・ 《失われた一週間》を 自分まで失いたくなかったから
胸に そして 体に残るこの痛みを 消したくなかった
―― 少なくとも 自分だけは 忘れたくなかったんです




