6日目
Heisei 2112 - 8/20 (Sat) – 10:27 – fine
「――ん。紫音。どうしたの、さっきからぼぅっとして」
「え・・・・あぁ、いや。何でも無いよ」
卯の花。先日藤黄と一緒に来た、あの席に座っている。
8月20日土曜日。晴れ。10時13分。卯の花の壁に飾られた、黄色い縁の時計がその時間を示していた事までは、覚えていた。
・・・・紫音は、悪夢を思い出していた。
「ここのケーキ、美味しいですよね?」
「そうそう。なのに、無くなっちゃうなんて、つまらないよね」
2人の食べている真っ赤なケーキからは、辛い刺激臭が漂ってきている。空想にふける前は2人ともそのケーキをもって来ていなかったため、紫音はそのケーキを見た瞬間、久々に、凍ったように静止してしまった。あまりにも大き過ぎる精神的ショックによって。
商品名、チャレンジメニュー:激辛唐辛子パンプキンケーキ(小さいお子様からご老人の方まで、なるべくチャレンジをお控えください)という代物。
普通なら手を出さないであろうそのケーキに、触れるどころか既に完食しようとしている。1週間も見ていないと、めまいまで覚えてしまうほどショックである。
見た目からして『ヤバイ!』と思えるケーキ。しかも、作った張本人から忠告が出されているにも拘らず手を出したらしい。
「・・・・畏怖を通り越して感心するわ」
「え、何がですか? って、紫音? 急に黄昏て・・・・どうしました?!」
友達が出来たことは嬉しいが、おそらくこの2人が変な味覚の持ち主である事を、彼等の友人が知るのは一体いつになるのだろうか。そんな事を考えて、紫音は天井の向こうを見つめていた。
と、いう所で、1つの疑問を覚える。
「2人とも、友達とはどんな感じだ? 一昨日とか、昨日とか」
「僕は図書館に行ったよ。いやぁ、見事に好きな本のジャンルが重なってね。会話に花が咲いたよ」
白亜は本を捲る仕草をしてみせる。
「私は珍しく新しい方の商店街に。結構かわいい服がたくさんあって、見ているだけでも楽しかったです。一着だけですが、買っちゃいました」
「今度着てきます」と言いながら、茜はまた一口、ケーキを食べる。
「で、紫音は? 何かあった?」
「紫音が話す番ですよー」
「俺は・・・・藤黄に会った」
「「・・・・トウオウ?」」
紫音の目の前で並んで座っていた2人が、首を傾げる。当然の事だが、2人は藤黄の事を知らない。紫音はその事をすっかり忘れていたようで、慌てて言葉を考えた。
「・・・・俺の親友、かな。卯の花の後に出来る店の後継者、かな。お菓子作りが凄く上手くて、既に親父さんから一部のケーキ作りを任されているらしい」
「・・・・凄い人と親友なんだね、紫音って」
白亜の言葉に少し照れて見せると、ショートケーキの最後の一口を頬張る。呆然としていた所為で出だしが遅れてしまったが、紫音はいつの間にか、ショートケーキ、アップルパイ、ショコラムース、ストベリーシフォンケーキを完食していた。
チャレンジメニュー以外ではショートケーキしか頼んでいなかった2人は、急に焦り始めた。その様子を見て、紫音が「まだまだ俺離れ出来ていないな」と思った事は、秘密である。
ケーキを飲み込もうとしている2人を見ながら、何かを思いついたらしい紫音が怪しげな笑みを浮かべ、ECTを起動させて、とあるアイコンをタッチ。それから、2人に背を向けて、右手をピースの形にして、そして・・・・。
「ハイ、チーズ」
「「っ?!」」
カシャッ
「・・・・うん。イイ出来――」
「なわけないでしょ、紫音! 撮るなら撮るって言ってよ! 変な顔になったじゃないか!」
写真の中で、真っ赤なケーキの欠片が口の周りに付いている白亜が言った。
「そうです。イキナリはやめてください・・・・」
変な所にケーキが入ったのか、むせて涙目になっている茜が言った。
「もう1回! もう1回撮ってよ、紫音!」
わざわざ立ち上がって、紫音の肩を掴み、前後に激しく揺さぶる白亜。
「わ、ぅ、ゆら、揺らすな、分かったから・・・・っ」
・・・・もう一度撮った写真は、3人が笑って、3人とも楽しそうな写真だった。
ただ、紫音だけは、ほんの少し寂しそうな笑みだった。




