表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/45

3日目 2

「それで?」

 萩徒家の前。そこで、1人の、年下の少女から説教のような声が浴びせられた。空は赤みがかり、端の空が薄紫色になっている。

 デニムのショートパンツにピンク色のシャツ、その下にオレンジの、下腕の半分まで丈のあるシャツ。ピンクと白のしましま模様が入ったハイソックス。

 小学5年生の少女、彩芽。元気で活発な、男勝りの一歩手前の性格を持っている。適度な冷静さを持ち、小学生らしからぬ部分はあるが、心配性でお節介な面がある。後ろの髪、その一部をまとめた彩芽からは、澄んだ高い鈴の音が響いてきた。

「あ、その。さっきから何度も言っているけど、昼前に入った店の中で眠っちゃって・・・・」


「何でそうなる前に帰って来なかったのかを聞いてんのよこっちは!」


 寝ぼけ眼の紫音と、その後ろでフードを被った藤黄が「ぴゃっ」と小さな声を発して一歩後ろへ引いてしまった。紫音達よりも背丈が小さく、細い線の体を持つ彩芽から発せられた声が、空の向こうまで届いたかのような錯覚を起こす。

「もぉ、お兄ちゃんは休日だから一日中寝ているかと思っていたのに帰って見たらリビングにもお兄ちゃんのお部屋にもトイレにも私の部屋にも何処にもいないし外で何かしているのかと思って公園と学校まで行ってみたけど何処にもいないし本当にもう心配したんだからねお兄ちゃん!!!」

「ああぁ・・・・ごめん、ごめんなさい」

 自分より背の低い妹にぺこぺこと頭を下げる紫音の後ろで笑いを堪える藤黄へと、彩芽は視線を移した。両手を腰に当て、肩幅に開かれた足の片方を、藤黄へ向けて前進させる。

 その瞬間、笑いを堪えていた藤黄が、再びビクリと肩を揺らした。

「それで、お兄ちゃん。その人は? この町の人じゃないよね。誰」

 冷めた口調に恐怖を感じつつ、紫音はすかさず、隠れるように藤黄の後ろへ行く。無論、小さいのに妙に迫力のある妹から、1歩でも2歩でも、出来るなら地球の裏側まで逃げたかった為だ。

「えぇと、俺の親友の時貞 藤黄。黄波から父親の仕事の手伝いで来たらしい」

「・・・・ふぅん」

 彩芽はフードを被ったままの藤黄をまじまじと見つめる。空はもう暗くなりかけて、赤い光に薄紫が混ざったような色の光が3人を照らしていた。その所為か、藤黄の白いパーカーも、その色に染まって見える。藤黄は口だけを笑顔にした。

 フードの下では冷や汗がダラダラと流れ、少しずつ涼しくなっている気温とは裏腹に、白いパーカーの下に着込んだシャツはグショグショに濡れていた。

「・・・・お兄ちゃん。1つ、言いたい事があるの」

「・・・・何でしょうか」

「その人が食べる分の夕飯の材料なんて買ってきてる訳が無いじゃない!」

「そっち?! お前が怒る点そこかよ?!」

 普通は実の妹に何の連絡もせずに人を連れて来た理由を聞く、と思っていた。故に、的外れではないにしろ、自身が用意していた回答が使えなくなってしまい、小さなパニックを起こしてしまう。

 相変わらず、藤黄は笑いを堪えていた。その口にだけ変わらぬ笑みを貼り付けていた。彼には『道化師』になる才能がありそうだ。いつも笑顔で泣き顔を見せず、しかし観客を翻弄する為に涙を見せる事はある。本当に、不思議な人間である。

 紫音は刹那、藤黄との思い出を振り返った。あんな事、こんな事、辛かった、悲しかったなど。そして。

「・・・・あ、ちょっと待って!」

 という、彩芽の言葉で我に返った。

 彩芽は超次世代型携帯電話『ECT』を耳に付け、独り言を発し始める。もっとも、単に電話が掛かってきただけなのだが。

「・・・・うん、え。あー・・・・うん、分かった。・・・・ん、何? ・・・・え? あぁ、大丈夫・・・・うん。うん」

 話し相手は母親のようだ。父親はめったに電話しないし、人というのは身内に限って、他人には聞かせない、普段よりも低い声で話すためだ。

 さて、彩芽は今、2人に背を向けている。紫音は藤黄の服の裾を小さく引っ張った。

 なるべく静かに、彩芽に気付かれないように。見つかれば妙な迫力で、また金縛りに会ったような錯覚を起こす可能性が高い。

 後ろで彩芽が溜め息を吐く頃、2人は無事、萩徒家の中へと進入成功していた。


「え、父さんと母さんが帰ってこない?」

「うん」

 怒る気力を無くしたらしい彩芽は、冷蔵庫の中身を整頓しながら紫音、藤黄と話していた。ちなみに紫音と藤黄は2人はキッチンとダイニングを分ける窓付きの壁、その先にあるテーブルでくつろいでいる。

「錬夏は今日、養護学級のお泊り会だろ? て事は、夕飯はこの3人で、って事か」

「問題はあと1人だよ。今日買ってきたの、4人分だから。今日中に食べないといけない物ばかり買ってきちゃってさぁ」

 夕飯の材料を冷蔵庫から取り出し、キッチンに並べる。藤黄は窓から身を乗り出すと「わぁお」と言って驚く。まだ、フードは被ったままだ。

 その藤黄が、キッチンで並べられた食材を舐めるように見た。そしてその視線は、肉や野菜ではなく新鮮な魚のある場所で止まった。

「いかにも新鮮そうな魚があるねぇ。僕、ムニエルでも作ろうか?」

 藤黄は軽い足取りでキッチンへと向かった。

「お、美味そう。じゃ、俺はサラダ、スープ担当か。そう言えばパスタがあったような・・・・。肉もあるし、ミートソーススパゲティ、作ってみるか」

 そう言って、紫音も向かう。

 さて、問題は、最初からキッチンにいた彼女・・・・。

「じゃあ私は――」

「「何もしなくて良いよ」」

 当然ながら、料理に関する事から遠ざける。藤黄はフライパンを出しながら、紫音は野菜を洗いながらの否定だった。・・・・ここで問題となるのは、何故初めて彩芽と出会ったはずの藤黄が、彩芽の料理仕事介入を否定したのか、である。

「お兄ちゃんならまだしも、何で藤黄さんもダメって言うの?!」

「えぇ? あー、あれだよ。直感」

「ちょ、直感って何よぅっ」

 彩芽は戸惑った様子で、頬を膨らませ、鳥のように腕をパタパタ振った。いつも彼女が歩く度に聞こえてくる髪紐に付いている鈴の音が、何度も響いてくる。

 普段は強気の彩芽だが、どうしてか、大きな瞳に涙を浮かべた。藤黄はその彩芽を見てオロオロと周りをせわしなく見渡す。

「あ、あー、あれだよ。彩芽ちゃんは飲み物係、というのはどうかな? ほら、僕達って君よりも年上だしとりあえず君よりも背が高いから色々な場所に手が届くし・・・・ね、それでどうだろうか」

「ぅ~・・・・」

 ちらっ、と、彩芽は紫音へと目線を向ける。紫音は野菜を洗う手を止めずに、小さく頷いた。その横顔には笑みが浮かべられ、それを見て、彩芽は鼻をすする。

「・・・・分かった。出来そうになったら言ってね」

「はいはい~」

 藤黄は安堵の溜め息をついた。そして、紫音に小さく「ありがとう」と呟く。

「お礼、何が良い?」

「そもそもお礼をもらうほどの事じゃないし。・・・・とりあえず」

「とりあえず?」

「フード、取ったらどうだ?」

「あ・・・・」



『次のニュースです』

 食後に兄特製プレーンヨーグルトを食べながら、すっかり機嫌を直した彩芽がテレビを眺めていた。黄色いソファの上で、体育座りをしながら。

『最近増え始めた交通事故ですが、原因の多くが居眠り運転のようですね』

 ニュースキャスターのお姉さんが淡々と台詞を語る。

『飲酒運転の方が多そうだけどねぇ。不思議だねぇ』

 熟練層のおじさんが、口調は気楽に、しかし表情は真剣に語る。

『クーラーの効いた車の中、仕事が忙しすぎる、というのが多いみたいやなぁ。いやぁ、怖いですわ』

 どこかのお笑い芸人らしいゲストが、悲しそうな表情で語る。

「・・・・彩芽、そろそろ煎餅の入っていた袋を捨てろ」

「ほぉーい」

 気の無い返事。彩芽は口を動かしながら、キッチンの近くにあるゴミ箱へ向かう。その足取りはフラフラしており、見ているだけで危なっかしいのが分かる。

 夜7時。良い子は寝る時間・・・・よりも早かったが、夕飯の後、特にする事も無く暇だったから、眠くなってしまったのだろう。抑えようともしていない欠伸が、それまで彩芽の後ろでECTを眺めていた紫音の耳まで届いた。

「今日は早めに寝た方が良いぞ。木曜日は疲れやすい、って言うし、明日のために体力温存しとけ」

「んぅ・・・・分かった。おやすみ」

「紫音、トイレって何処?」

「ん? あぁ、廊下に出て左」

「ちょっと借りるね」

 紫音は、7時になっても帰らない藤黄を見て一瞬『家出か?』と考えたが、それなら、わざわざ親のいる店まで行く事は無いと思い直し、再びECTへと集中する。

 画面はメールを映し出していた。2つ年下の弟であり、彩芽にとっては双子の兄、錬夏からのメールだ。彼はたった1日しか記憶がもたないという生まれつきの障害を持っている。それに通ずるメールで、なんでも『地図を持ってくるのを忘れてしまった』のだそうだ。

 彼の通う養護学級は、赤ん坊から老人までいる。ただ大部分が学生の年であり、小、中、高、大学が共同で設立、運営をしている。そして学校という枠組みから外れている故に、実は、正式名称が無い。それでは不便という事で、誰からとも無く、養護学級と呼ばれる事になった。今では養護学級という名前が正式名称だと思われているぐらいに有名だ。

 その養護学級は周りの学校とは夏休みなどの期間や時間などがずれている。今回、夏休み明けに参加可能な生徒にのみ実施される勉強会(2泊3日)に、錬夏は参加しているのだ。

 つまり、地図が無ければ、1日しか記憶のもたない錬夏は『家に帰れない』のである。メールの内容は、明日迎えに来て欲しいというものだった。

 職員に頼めば良いとも思ったが、家族の中で最初に彼と再会する役は、手放すのが惜しい。

「ふぅ」

 了承のメールを送ると、紫音は溜め息を吐き、先程まで彩芽の座っていた、まだ温かさの残るソファに腰を下ろした。

 と同時に、ECTからかわいらしいメロディーが流れ始める。

「・・・・あ、ミミ先生?」

 そういえば前にメールアドレスを交換したな、と春先を思い出し、メールを開く。


『件名:大変です~』

   大変ですよ~。なんと、明日もお休みです~。

   休日に出勤していた先生方が、学校という学校の水道から水が出ない事に気が付きまして~。

   養護学級さんの方は別回路だったので良かったのですが~・・・・。

   とにかく、学校の水が大変な事になっているので~、明日はお休みです~。

   ではでは有意義な休日を~。


「・・・・」

「あ、ねぇねぇ紫音~。ちょっと良いかな?」

 トイレから帰って来た藤黄は、手に黄色いECTを持ちながら戻ってきた。変わらない笑みがそこにあるが、眉が困り気味になっている。

「今ね、父さんから連絡があって、僕の弟が夏風邪を引いたから、帰ってくるな、だってさ。酷いよね~、僕、体はそんな弱くないのに。・・・・差し支えなければ、泊めてもらえるとありがたいなぁ、なんて」

「・・・・」

「え、あれ、何? どうかした? 何かあったの?」

 紫音は、心底呆れたような表情になっていた。その表情で、藤黄を見つめていた。


 結果として、その日、藤黄は紫音の部屋で寝る事になる。ちなみに、紫音のベッドに藤黄が。部屋の床に敷いたふとんに紫音が寝る事になった。

 どちらに寝るのも同じくらいにメリットとデメリットがあったが、とりあえず、身体的に弱い部分のある藤黄は柔らかいベッドで寝る、という事で、小1時間ほど続いた議論は終了した・・・・。


 水道管破裂による休校。結構珍しくない話だと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ