2日目 1
此処でいう『ヘイセイ』と今この時代『平成』は違います。
Heisei 2112 - 8/16 (Thu) - 14:47 – cloud
「高校?」
「は~い。高校ですよ~」
6時限目。ホームルームの時間に、広い教室は静まり返り、そこにはかわいらしい声が響いていた。声の持ち主は、甲高く、落ち着いた調子で言葉を紡いでいた。
しかし、その教室に『教師』と呼べるような容姿の人間はいない。階段状に並べられた机は横3列、縦は7列に置かれ、1つにつき2人ずつ座る事が出来る。その中でも、最後列、中央の机に座っている紫音の、とても小さな呟きに対し、教師の声は応答していた。
最後列である上に、頂上になっている席から見ると、教師である『彼女』は、とてもじゃないが《1日だけ中学1年生の教師をやりに来ました》と言っている、小学3年生にしか、見えない。
身長130cmの目と耳に、少なからぬ凄さを感じる紫音。ニコニコ笑顔を全く崩さない27歳は、その目線をしっかりと紫音だけに向けている。
小さな教師―細蔵 美実―(通称ミミ先生)の目線というのは、どうにも下から目線の甘い視線とは程遠い。鋭く、そして力強い視線である。
威厳を通り越して尊敬さえ感じさせるその視線に耐えられる人間は、少ない。つまりは、紫音も例外ではないという事だ。
「あー・・・・俺達、まだ中学1年生ですよ?」
その紫音が視線に耐えられなくなった結果が、これだ。後頭部を掻きつつ、一番後ろ、一番上の席からは本当に小さく見えるミミ先生から目を逸らす。
目をそらされた事は無視して、ミミ先生は小首を傾げて口を開いた。
「だからこそ~、早め早めに進路を決定しようと考えたのですよ~。気が付いたら受験~。何て事になったら~、慌てふためいてしまうじゃないですか~」
語尾を延ばす点といい、かわいらしい見た目といい。ミミ先生はどうも、外見と中身にギャップがありすぎる。彼女の事を、自身が小さい頃から見ている人間であれば、このギャップに慣れる時間自体長かったため、相手をするのはお手の物だ。
一方、初めてミミ先生に会った人間は、普段ニギヤカ専門で喋ってばかりの人間でも、しばらく黙りこくってしまう。
まぁ、慣れてしまえば、ミミ先生の事を「ミミちゃん」などと気軽に呼んで、タメ口を利く、何て事まで出来てしまうのだが。
「では~、近くにいる人と話し合いをしてみましょうか~。議題は『将来何になりたいか』ですよ~。席を移動しても構いませんよ~」
ミミ先生が小さく2回手を叩くと、生徒達は各々席を立ち、移動し始めた。数人は座ったまま手を振りかざし、そこへ人が集まっていく。中にはその場を動かずとも既に人数が揃っている場所もある。
紫音達は、その、誰も立たずとも揃っているチームだった。
「隣の青桐高校、だよね。あそこなら余裕で行けるし」
「ですね。私も行ける所です。白亜君達と一緒のクラスになりたいですねー」
「紫音も、でしょ? 紫音だったら、むしろもっと上の高校に行けって言われそうだし」
緊張感のある空気から一変、メレンゲよりも柔らかな雰囲気。立って紫音の机へ前のめりになった白亜の顔は、にんまりとしたものだった。
「ていうか、お前等さぁ・・・・」
「んっ、友達の事?」
「っ・・・・、それもある、けど・・・・」
白亜に、言いたかった事を先に言われてしまい、紫音は脳内で別の理由を考える。考えてみれば、紫音は事あるごとに「お前等さぁ、俺以外に友達いないのか?」と聞いているのだから、先に言われてもしょうがない。小学生の頃からの口癖なのだから。
意図せずに言っている事ほど、反撃の糸口が掴めない会話は無い。今回もそれのようだったが、状況的に1つだけ、話題があった。
「余裕で行ける、とか言っているけどさ、あそこ、一応難関だぜ?」
「難関、ですか? 学年トップの紫音でも?」
「う・・・・」
墓穴を掘ってしまった。
「いいよ、茜。僕達が紫音以外に友達がいない事はもう昔からの事だし」
「まぁ、それも、そうですね」
と、その茜の一言で、数秒前までの気恥ずかしさと後悔の念が振り払われる。
―― 当然の事みたいに言ったな
「2人とも」
「「?」」
音を立てて席を立つ紫音。他の生徒とは違うタイミングで席を立ったためか、クラスメイトの数人が振り返った。
「あのさ、ちょっと提案があるのだけれども」
「え、あの、紫音? ちょぉっと、いつもより声が怖い気がするよ?」
「俺達さ、もう進路が決まっていて暇だよね?」
白亜の質問が聞こえていないかのように、紫音は言葉を続ける。
「あの、明日とかの予定でも話しませんか? 明日って、ほら、夏休み明け早々にある学校の誕生日で休日じゃないですか」
「俺達は隣にある青桐高校に行く。うん、決まった、決まった。ノルマは達成しているよな」
茜の声も聞いていないかのように、階段を下り、茜達のいる、自分の机より一段下の机に手をかける。目の前には白亜、その後ろから茜が顔を覗かせた。
紫音の口調は明るかった。目を瞑っていれば、声が怖い、などと感じなかっただろう。白亜の聞き取った声は優しい人間のものだったが、問題は・・・・顔だ。
無表情。それ以外に表現のしようが無い、そんな顔。
「白亜」
「え、はいっ?」
白亜はいつもより若干上ずった声を出す。その声に、クラスメイトの数人が振り返った。そのクラスメイトを、紫音は横目で眺め見て、その中に1つの塊を発見した。
「あそこ、廊下側の男子クラスメイト5人」
ギロリ、と紫音が睨みつけたのは、廊下側の机で話し合っていた運動神経の良い男子生徒5人。その5人は紫音に睨まれた瞬間に片をビクリと震わせた。
「聞いた限り、スポーツでの推薦について分からない事があるらしい。教えてやれよ」
「え、あの、その手の話は先生に聞いた方がはや」
白亜が言い切る前に、紫音はやや強めに机を叩いた。白亜は「ひっ?」と声というよりも音に近い声を、ほんの少し怯えながら出した。
「行って来い」
「・・・・・・・・はい・・・・・・・・」
状況を理解したらしい男子グループ5人は、互いに顔を見合わせ、1人がニッと笑って手を振ってきた。おそらく、来ても良いという合図だろう。
白亜は多くの視線を感じつつ、2段下にいる5人の元へ、オドオドしながら歩いて行く。途中、紫音の方へ振り返るが、紫音は既に茜へ話しかけていた。
「茜」
「は、はい!」
「茜はあっち。窓側の女子3人グループ」
再び、紫音は睨む。窓側で一番下の机に集まった3人。茜は、白亜よりもオドオドとした様子だったが、先程の白亜を見ていたためか、自分から立つ事にした。
茜は、元々勇気のある人間なのである。こう言っては悪いが、白亜はあまり勇気のある人間とは言えないため、紫音はあえて、勇気のいる行動をとらせた。そして、元々勇気はあるものの、その使い方を知らない茜には、勇気のいる場面を見せ、そして、同じような事をさせる。
2人が紫音から離れる為の、第一歩だ。
「はぁ・・・・」
少しだけ騒がしくなった教室で、紫音は下の座席に戻る。
そして、そのまま机に突っ伏した。
いつの間にか横に来ていたミミ先生が、紫音以外には聞こえない音量で話し始める。
「授業中、こんなに起きていたのは初めてではないですか~?」
「・・・・そうですね。そうかもしれません」
「ふふっ。ご苦労様です、紫音君~。・・・・おやすみなさい」
「・・・・」
魔法がかかったかのように、とは、このような事を言うのだろう。
紫音は、静かに寝息をたて始めた。
あえて文字を当てると『平静』です。




