第1日目
Heisei 2115 - 5/18(Sun) - 19:43 - rain
それは奇跡の物語だった。
故に少年は、奇跡を淡々と語る『彼』に耳を傾け、ただ静かに、その事の重大さを噛み締めた。
『彼』が話した、奇跡。
それは後の世で『失われた一週間』と呼ばれる事となった、奇跡の一端である。
『彼』は呆けている少年を余所に、塀の上で座り、黒い空を眺めたのだった・・・・。
Heisei 2112 - 8/15 (Mon) - 16:04 – fine
「―― という、悪夢を見ました」
夏休み明け初日。彼は、その日見た悪夢の内容を、友人2人に話していた。2人の内1人は口に手を当てて顔を青ざめさせ、もう1人は何事も無いといった、冷静な表情だ。
「僕達が事故に遭う夢ね・・・・。で、誰かが死んだ、と。不吉だねー」
「冗談半分で聞かれても、俺が困るのだけれど」
冷静に物事を見、状況を判断するのが得意な友人。名を―草舘 白亜―といって、白亜というのは『灰色がかった白』という意味だ。
白亜は彼の話を冗談半分に受け止め、彼が話した悪夢を、ただの悪夢だと認識している。故に冷静なのであって、その隣にいるもう1人の友人である少女とは態度が全く違う。
少女は周りの女子よりも、少し低い背丈の持ち主。白亜は逆に他の男子より少し高い背の持ち主である。その姿は、例えるなら、悠然と構えるライオンの隣で、ビクビクと震える子兎のようなもの。彼女は彼の話をただの悪夢とは捉えていなかった。
「は、白亜君。不吉なだけで済ましちゃダメだと思いますよ。お祓いとかした方が良いのでは?」
「それはやりすぎだと思うね。僕は反対だ。君は本当、心配性だよね」
白亜は縮こまった少女に、優しい微笑みとは打って変わって、厳しい言葉を投げかけた。ただ、所詮はライオンと兎。少女の表情は、彼が悪夢の話をし終えた時と変わらず、青ざめていた。
少女の名は―春瀬 茜―という。親、自分よりも年下の人、親しい友人に至るまで、誰に対しても敬語を使う少女だ。セミロングの髪は先の方がフワフワしていて、後頭部で髪の一部が、赤くて大きなリボンでまとめられていた。
女の子らしい女の子。それが、彼女に向けられるおおまかな第一印象だ。
第二印象は、第一印象が生まれてすぐに出来る。そちらは、第一印象に『お嬢様』という印象が加えられるだけだ。小さな子供から立派な大人の頭の中で、見た目や口調により、茜は高嶺の花として、まるで崖の上に立つ純真の乙女そのもののイメージとなっているだろう。
横に、純真の乙女しか近寄らせないというユニコーンの幻覚のおまけつきで。
「・・・・? どうか、しましたか?」
「いや別に」
彼は茜の、不審者を見るような目線に気付き、目を背けた。茜は小首をかしげて、後頭部の赤いリボンと少しだけ茶色がかった髪を揺らしながら、目線を白亜に向ける。
「それにしても、心配性は置いておくとして、ですよ? やり過ぎは、やらなさ過ぎよりも大分マシな行動だと思います」
「いやいや。確かに、世の中はちょっと危険な所に踏み出す程度がちょうど良いと思う。やらないよりやった方が良いという考えにも頷ける。けど、やり過ぎでこちらの損失が多い場合は? こちらが疲れただけで得が無いというのは、どうも、ね」
前文とこの会話を聞いただけでは、茜はお淑やかなお嬢様。白亜は冷静沈着、クール・イズ・ベスト(言い過ぎかも知れないが)だと思うだろう。しかし、本来はどちらも明るく、気さくな性格だ。
確かに、白亜はテストの点数が小学校の頃から平均点90というのを落とした事が無い、というのは凄い事だが普段はもう少々、口調が柔らかく、温和な性格だ。
茜も怯えているから分からないが、本来はもう少し、ほんの僅かに、敬語が外れる事がある。・・・・いや、茜は多少の違いすら分からないぐらいに丁寧な態度なので、これはこの際無視しておこう。
・・・・さて。これは決して、今の2人が主人公となる物語ではない。この話の中心となるのは『彼』・・・・。―萩徒 紫音―である。この紫音という少年は、とある悩みを抱えていた。それは自分自身に対する悩みではなく、今、目の前で話している2人、白亜と茜についてだ。
白亜と茜。この2人には共通点が多い。
例えば、友達と呼べる人間の数が2人であるという事。
例えば、健康体なのに部活には入っていない事。
例えば・・・・。
「昨日で夏休みは終わったわけだけどさ」
「何、紫音。まさか、君に限って宿題が終わっていないというミスは無いと思うけど」
「あー、そっちじゃないって、白亜。あのさぁ、昨日、2人は何味のアイスを食べたかな」
紫音は茜と白亜に訊ねた。その顔は、決して楽しい一日を思い出したいと言うような表情ではない。それは険しく、多少の諦めが含まれていた。
その表情が何故あるのか、それを理解できない2人は、頭の上に「?」を浮かべつつ、それぞれ口を開いた。・・・・紫音の表情からある程度予想は出来ていると思うが、今から聞く答えというのは、彼等に友人のいない理由の1つである。何故なら・・・・。
「確か、僕はストロベリー・ウェルシュオニオン、だったかな」
「私はチョコチップバニラ・キューカンバーですね」
ウェルシュオニオン(Welsh onion)とは『葱』の事であり、キューカンバー(Cucumber)とは『胡瓜』の事である。つまり、白亜は苺&葱のアイス。茜はチョコレート&バニラ&胡瓜のアイスを、それぞれ注文したのである。
あえて言わせてもらおう。
どう考えても美味しいとは思えない。
「「?」」
「いや、何でも無い。・・・・お前等さぁ、俺以外に友達いないのか? その味覚は直しておいたほうが良いと思うぜ」
最早回答の分かりきった質問と、耳にタコが出来るほど出し続けている言葉を、紫音は諦めを含ませた、明らかに困ったような表情で白亜と茜に言った。
この時紫音が考えていたのは、白亜達の味覚や友人関係についても心の中にはあったが、第一につい先日立ち寄った、アイス屋台の事である。そもそもあのような組み合わせのフレーバーを置いている屋台の売れ行きは勿論の事、その店に来る客の様子である。
品数は豊富だった。ソフトクリームからアイスクリーム、シュガーコーンとワッフルコーンを選べる上に普通にオレンジやメロンソーダなどのフレーバーが置かれていた。変り種として野菜のフレーバーも。どれにしようかと紫音は考える。
考えている内に、屋台の店員はあまり変な人ではない事に気が付いた。何故ならば、白亜達は先程の組み合わせを、店員に注文していたのを思い出したのだ。
つまり、フレーバー自体は普通だったが、白亜達がアイスクリームを、ワッフルコーンにダブルで乗せてもらう事を決め、その組み合わせが先程の2つだったのだ。
白亜はバニラアイスにチョコチップが混ざったアイスと、その上に胡瓜のアイスを。
茜はストロベリーアイスの上に、葱のアイスを乗せてもらったのだ。
甘いおやつとしてのアイスと、ヘルシーなベジタブルアイスの組み合わせで食べる人は珍しい・・・・いや、あまりいなかったのだろう。紫音は店員の、茜達の後ろ姿を見ながら呆然としている姿を思い出していた。想像の中でも、実際にも、目を背けてしまう。
「はぁ・・・・」
「紫音? 溜め息なんかついたら、幸せが逃げちゃいますよ? 幸せが逃げてしまったら、その・・・・さっき話していた、夢のような不幸が訪れてしまいますよ」
茜の言葉に、白亜が耳をピクつかせ、アカネと同じくらいに心配そうな表情に変わる。紫音は目をしばたたかせ、さっきは冗談半分で聞いていた白亜の心配性ぶりに、ほんの少しだけ、驚く。
しかしその驚きはすぐ、直感の下、その疑問に対する回答を導き出した事により、心に平静さを取り戻した。白亜は、茜の『夢のような不幸』の部分に反応したのだ。
白亜は小学校1、2年生の時に、原因不明の熱病にかかかり、入院していた。白亜に友人がいない大きな理由はそこにあり、唯一、紫音だけが見舞いに来た事もあって、その紫音の紹介で茜を知った、と。こうして、今のような状況にあるのだ。
茜は一般家庭で育ったが、その一般家庭の両親が茜というかわいい娘に対して少々気を遣いすぎたのが茜の友達の数が少ない理由だ。母親が仕事を一旦辞めてまで専業主婦を始め、外に行く時は決まって家族3人一緒の行動。男の子の友達ならともかく、女の子の友達まで作る事が出来なかったのだ。
「苦労してんなぁ」
「「え?」」
「何でも無い。あー、俺、こっちだから。また明日」
「あ、はい。では、私もこれで」
「何か微妙な空気で終わっちゃったけど・・・・まぁ、良いか。じゃあね」
学校からの帰り道。この3人は生まれも育ちも虹尾島の青桐町なので、寮で暮らしているわけでもなく、当然、家のある方向も違う。公園の前を通った後、十字路で離れなければそれぞれの家に着かないのだ。故にいつも、公園の入口で待ち合わせをして登校している。
帰りは、公園のすぐ近く。その十字路で、別れる。
それは、紫音達3人にとっての日常だった。
変わらないでいて欲しいと願うよりも、それが当然だと思える日々の一端だった。
白亜も、茜も、そんな『非日常』の事など、考えもしないし、心の片隅にさえ、置いていないだろう。
しかし、紫音は。
紫音だけは、違った。
2人に背中を向けた後、紫音の瞳は遠くの空を眺め、そして惹かれていた。
―― あと何回 『また明日』が言えるのだろうか
紫音君。かなり重要なキャラクターです。




