クエスト発令
葵はずっと笑顔だった。嬉しそうでもあるし、何故か、悔しそうでもある。そんな曖昧な、複雑な表情を見せ付けられながらの解説は、耳から耳を通り抜けて、内容が全く頭の中に入ってこない。
葵は、この世界が『冗談遊戯』の探索モードと呼ばれる、特殊なモードの時に画面で見られる世界だ、と言った。世界の名は裏京―リケイ―。裏の京。京というのは、都の意を持つ漢字。真意は定かではないが、この世界の裏で繰り広げるゲームだったから、そういう名前なのだろう。
とはいえ、僕が見ているのはあくまでゲームの世界。このメガネを外してしまえば、見えるものはいつもと同じ、色鮮やかな世界。
そんな自分の考え、その甘さを、僕は思い知る事になる。
機械の細工が施された、いかにも近未来風、といった主張を消さないメガネを、外した。
そこに広がっていたのは、紛れも無く、いつもはECTの画面を通して見ている、冗談遊戯の風景そのものだった。
ただ真っ黒に塗りつぶされたキャンバスに、白くて細い線だけでテーブルやベッドを形作っている、そんな世界。そこに、白と黒以外の色は一切存在しない。純粋な黒、純粋な白。それだけ。白と黒の混ざった、灰色の部分も無い。
「まぁ、これで完璧、つまりは完了だね」
それまで機械を通して聞こえていた少女の声は、今までよりもクリアに、今までよりもかわいらしく思えた。透明なガラス、それを通して見るよりも、綺麗に思えた。
画面を通して見ていた時と同じく、葵の髪はフワフワと浮いている。まるで彼女の周りだけ、水の中なのではないかと錯覚してしまうぐらいに不自然な揺れ方だ。青い光を反射しているのか、髪の所々が青く見える茶色がかった髪を、僕はしばらく見つめる。
「む、何ですか、その目は。・・・・あ、もしかして、この髪が気になります?」
僕は静かに頷いた。現状がまだ把握しきれずに、身体の大半の力が抜けてしまっているのだ。口も例外ではなく、回らない。その上、声も出ない。
「ふふ、これが私の『能力』ですから。まぁもっとも、このぐらいなら空音君も出来るよ~。あ、ほら、コレがあれば、ね」
そう言って彼女は、全体的に青い印象の強いECTを取り出す。
「実は、私も《クリエイト》能力は使えます。私の周りを半無重力空間にしているだけで・・・・って、言っても分かりませんよね」
・・・・いや、何と無く分かる。つまり、今僕が握っているECTの剣。これを作り出したのが、彼女の言う《クリエイト》という能力なのだろう。具体的なイメージをある程度具現化させる事が出来る能力、という解釈で、おおよそ合っているはず。
彼女がイメージしたのは、半無重力。つまり、ある程度まで重力を無くし、自分とその周りの空間を極力無重力に近付けて、ちょっとした風が吹くだけで飛んでいってしまうほどに自分を軽くした、ということ。自分は動き続けるのだから、ただでさえ軽い髪は、常に空中を漂っている、と。
結果的に、彼女はまるで、海の中で漂っているかのような姿になっているのだ。ECTのパネルをタッチし、スライドさせ、もう一度タッチ。
「デリート」
彼女がECTに向けてそう言った瞬間、浮いていた髪が静かに下へと沈んで行く。僅か3秒後には、髪の長いおさげの女の子が、僕の目の前で佇んでいた。その姿は、僕のクラスメイト・・・・紺青 翠という名の少女に酷似している。
ただ一点、彼女の青い瞳を緑色に変えるだけで、その翠という少女になるぐらいに。
「ふふ、驚きました? 驚きましたね。良かった、一晩かけて作戦を練った甲斐がありました」
僕を驚かすだけで一晩かけたの?!
葵はホッと胸を撫で下ろすと、再びECTのパネルを操作し始めた。そしてにぃっと、あの、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ねぇ、クエスト、って分かる?」
「クエスト?」
冗談遊戯の管理者曰く、裏京に住む住人からの依頼、だっただろうか。裏京と僕達プレイヤーの住む世界である東現―トウゲン―で違う点、空に浮かぶ白から送られるものだ。依頼者や依頼の種類が何万通りもあるらしく、内容は同じでも、同じ人から同じ依頼をされた、という記憶が無い。
そのクエストの事を聞き返してしまったために、葵は僅かに頬を膨らませ、じっとりとした視線で、僕を見つめる。
「裏京に住む人がプレイヤーに出す依頼の事だよ。で、今ちょっと、空音君にクエストを発令したので見てもらいたいの。で、達成してもらうの」
「・・・・はぁ?」
「達成してもらうの」って、受ける事すら決めていませんけど?
「まず《クリエイト》を解かないとね。剣とメガネのままじゃ、操作しづらいだろうし」
「え・・・・」
「えぇっとね、さっき見せたとおり《クリエイト》を解除するには《デリート》の言葉をECTにインプットさせなきゃならないの。あ、一度インプットさせたら次から必要無いからね。はい、やってみて」
急すぎる。
「はいはい。さっきの《クリエイト》と同じ要領で」
葵は、親指を立てた小さな拳をこちらへ向けた。大きく見開かれた目は爛々と輝き、その目は最早「やってくれるよね?」とか「やれ」とか、願望や命令ではなかった。
それは明らかに、「やるしかない」と、僕の中で出て来た言葉と一字一句間違いの無い『確定』だ。
拒否権は無いと見た。断りを入れたところで、言葉の力が彼女に通用するとは思えない。むしろ、彼女の言葉の力に、こちらが押し切られてしまうだろう。
「あー・・・・《デリート》だっけ」
呟くように言った台詞が、ECTの《クリエイト》で作られた剣、そしてメガネの方へと吸い込まれて、それそれが光りだす。2つの光は宙に浮き、僕の握り拳にムリヤリ入ってきて、やがてそれは、とても薄い一枚の板。否、ECTへと変わった。
ECTは、何故か冗談遊戯のマイページになっていた。自分の容姿を模したアバターが、先程までは僕が持っていた剣を握ってそれを構えている。
画面の上にはカタカナで『ソラネ』と書かれ、そしてその下には、このゲームの特徴の1つ、コードネームが記載されている。
『音鳴鐘海』・・・・それが、僕のコードネームだ。創作四字熟語であるこのコードネームの持つ意味は、初めてこれを目にした6年前からの謎だ。
・・・・アバターの下には『お知らせ』の項目がある。そこに、一件の以来がきている事を知らせる文章があった。僕は一度、目の前にいる葵を見てから、依頼のページを開く。
『緊急依頼 ☆ 紫音の話を聞いて!』
件名で分かると思うけど、紫音の話を聞いてくれませんか?
と言っても、私からじゃなくて、本人から。
色々と疑問があると思うから、何も考えずに振り返ってみましょう。
ハイ、3、2、1・・・・。
僕は、読んでいる時のスピードで、0のタイミングでパッと後ろを向く。
そこには、10mほど離れた地点に佇む、ローブとフードで顔も身体も隠した人がいた。
・・・・あれ?
ちょっと待てよ?
この依頼のタイミングで後ろを振り返ったらあれがいて・・・・。
・・・・。
ECTの《クリエイト》で作った、幻覚かもしれないと思った。
いや、思っていれば、少しは冷静でいられる時間が多くなっていたかもしれない。
遅かれ早かれ、混乱はしていたと思う。
この依頼は、間違い無く、葵が出した物だ。
葵は、依頼の中で『本人から聞け』と言っている。
自然と分かった事だ。
全身を隠していても、その容姿は気持ち悪いぐらいに、脳裏で鮮明に思い描かれる。
声を出せたなら、混乱した頭を、もう少しマシに回転させることが出来ただろうか。
―― 目の前にいるのは そこにいてはならない人間である事を 僕はよくよく知っていた
「 ―― 話そう 『失われた一週間』の事を ―― 」
他に比べてこの章は短い・・・・です。はい。




