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繋いだ者

 それは、彩芽ちゃん達の騒動が起こる、10日前。

 とある日曜日の、静かな午後だった。


 手の平サイズの携帯端末、ECT。青緑色の本体は、同じ色で半透明の蓋が付けられている。外側に向けて丸みを帯びたそれを開くと、自動的に、真っ黒だった画面に白い数字が現れた。

「1時、かぁ」

 そう呟くと、僕―紫黒シコク 空音ソラネ―は、数秒前に鳴ったお腹の虫を睨みつけた。もっとも、そこに実在しない虫を睨みつけても何ら面白くも何とも無いのだが、朝早くに朝食を摂ってから既に8時間は経過している。

 食べ盛りの時期に、空腹とうのは一種の拷問ではあった。

「お腹、空いた」

 何かを言う度に体力が消耗されて行くのが分かる。何かを言うだけで消耗するのなら、歩くなんてできるだろうか。・・・・近くのコンビニやカフェにも行ける気がしない。

 まぁ、人間そんなに軟な造りをしているわけじゃないから、行く事は出来るだろう。問題は、どう行けば一番近い店に行けるのか、だ。

 此処、青桐町で採用され、実際に使われている地図は、正直言って頼りにならない。幼稚園児がクレヨンで描いた最高傑作とでも言えば良いのだろうか。この町のモットー『みんな仲良く』が実によく反映された地図だと思った事はある。が、実用には、非常に向いていない。

 一筆書きの地図を見て、一体何処をどうすれば「あ、此処が一番近い店か」と分かるのか、という話だ。インターネットで『青桐町 店の場所』で検索しても、出てくるのは何故か使えないマップだけ。今学校の近くに居るのだが、これではどうしようもない。

『――そんな時の為に、私がいるのではないでしょうか?』

 と、しまいかけたECTから少女の声が漏れる。これは蓋をすると自動的に電源が切れる仕組みなのだが、紛れも無く、少女の声はECTから聞こえてきていた。

 他人にとっては怪奇現象ともとれるだろうが、俺にしてみれば何の事は無い、いつもどおりのかわいらしい声が、いつもどおりのシチュエーションで聞こえてくるだけだった。

『ふふっ、こういう時の為に、よく使うであろうカフェやコンビニの位置は既に把握済みですよ! 勿論お金はありますよね?』

 その声に答えるために、俺はECTの蓋を開けた。

「あるよ。十分過ぎるほどに、ね」

『ふふっ。では行きましょう。えぇと、空音君から見て左に行ってください!』

「あぁ、分かった」

 三つ編みではないおさげの少女。髪は長く、僕の持つECTと同じ青緑の光が、彼女の茶色がかった髪を照らす。

 彼女の名前は『 Program AOI 』・・・・通称―アオイ―だ。自分はECTの中の住人だ、と聞かされた中学生の時は、しばらくECTが見られなかったなぁ。

『此処ですよ、此処。空音君が入りやすそうなお店!』

「此処って・・・・ご飯を食べられる場所ではないような気が・・・・」

 カーナビ代わりの葵が案内したのは、いかにも大人しか入らない雰囲気の店だった。焦げ茶色の屋根に、黒板を小さくしたような看板に、チョークで書かれた絵柄の無いメニュー。少しだけ開けられたガラスの窓の奥からは、香ばしいコーヒーの香りが漂ってくる。

「本当に、此処?」

『選んでいる場合か、場合ではないかの問題ですね』

 こういう時にニコニコ笑う葵は、ちょっとだけ後ろに陰がある気がする。でも、まぁ。

「OK。入ろう」

『あ、入っちゃうの・・・・?』

 予想外の返事だったのか、葵はキョトンとした表情で僕を見つめた。こんな、貫禄のあるマスターが出迎えそうなカフェなら、普段は入るなんて、お断りだっただろう。けど今はそんな事を言っている場合じゃない。自分でも分からない何かの期待と共に、木で出来た少し重めの扉を開ける。

 チリン。鈴が鳴った。甲高い、聞いていてすがすがしく思える音。見知らぬ店で緊張しているのだろう、いつもより感覚が研ぎ澄まされているらしい。

 そんな耳に聞こえてきたのは、かなり意外な人物の声だった。

「―― 空音君じゃないか」

「っ!」

「わわっ、どうしたの?! 急に涙ぐまれても僕は困るだけなのだけれども?!」

 僕が知る中で、最も外見に特徴のある人物。その名を、―時貞トキサダ 藤黄トウオウ―という。コーヒーの香りに混ざる甘い香り。そして、この薄暗い店内では不自然な、ツンとした薬の臭い。

 それは紛れも無く、マイ・クラスメイト藤黄の姿だった。

「いやぁ、この店に入ってこられる人はめったにいないよ? まぁ、この時間に入ってきたという事は余程お腹が空いていたみたいだね~」

 と言いつつ、藤黄は人のいないカウンターから厨房の方へ「スパゲティ大盛り1つ入りましたぁ」と叫んだ。まるで店員みたいに、どう見てもアルバイトの人とは思えない仕草で。

「ここのスパゲティとコーヒーとサンドイッチと・・・・や、このお店の出す食事は全部絶品だよ。何たって、この僕が味を評価しているからね。まぁ、客入りが芳しくないけど」

 藤黄はカウンター席のイスでクルクルとその場を回転しながら、無邪気に言葉を紡ぐ。言葉の調子は大人っぽいのに、態度は子供だから、少し混乱しそうだ。

 藤黄は初めて出会った時から、こんな不思議な調子で色々な人を引っ張っていた。僕はこの島の住人ではないけれども、藤黄のおかげで、随分と短期間で町中の色々な場所を覚える事が出来た。藤黄の父親が経営しているパティスリー『ジョーヌ』では、いまや常連客になるほど通っている。

 太陽や様々な光に反射する綺麗な金髪は、見る者の目を引く。彼の家族に金髪の人間はいなかったはずだが、まぁ両親共にクォーターだからそこは気にしたら負けかな。そう言えば、藤黄というのは『ほのかに赤みのある、冴えた黄色』という意味の名前らしい。

「お待たせ、藤黄君。ん、この子の注文かな。このお店は初めてだね。はい、どうぞごゆっくり」

 線の細い長身の男性が、僕の座ったカウンターに特別多く盛られたスパゲティを置く。何のスパゲティが出てくるのかと思ったが・・・・これはミートソーススパゲティらしい。

 空腹の為か、それとも本当に美味しいのか、鼻を撫でてきたその香りはとてつもなく甘美な誘惑だった。横に置かれた銀色のフォークを手にし、麺をクルクルと絡め、口に運ぶ。

(う、ま・・・・っ!)

 空腹が最高の調味料とはよく言ったものだ。本当に美味しい物は更に魔法の調味料をプラスされて、僕の口の中を幸福で満たした。


 ちゃんと一口20回ずつ噛みながら、高速で食べ終えてしまった。ただ、美味いと思いながら食べたにしては、味を覚えていないのだが。

「また食べたいなー・・・・」

 小さく呟いたその声は、音楽のかかっていない、僕達しかお客のいない店内で、カウンターの向こうにいる、変に貫禄のある青年の耳をピクつかせた。

「良いよ、いつでも。あ、平日は夕方からしかいないけどね」

 そうニッコリと笑う青年に、藤黄はちょっとからかっているような調子の、小さな笑い声を出す。

「そもそも、平日は僕達も学校ですよ。若マスター」

「その呼び方はやめてくれよ、藤黄君。俺はしがないアルバイトだ」

「でも、マスターよりコーヒーを淹れるのが得意じゃないですか。・・・・あ、空音君、紹介が遅れたね。この人は、僕達が通う高校の先輩であり、今はこの町の大学に通う―細蔵ホソクラ カイ―さんです。かなり物知りだよ」

 つい先程まで特盛のミートソーススパゲティが乗せられていた皿を片付けようとしていた恢さんが、店の奥に行こうとしていた足をこちらへと戻してきた。

「ちょっと藤黄君? 何で俺の自己紹介を君がやるかなぁ」

「良いじゃないですか。どうせ僕が言ったとおりの事しか言わないくせにー」

「う、ぐ・・・・」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる藤黄の顔を見ながら、恢さん(先輩の方が良いのだろうか)は悔しそうな表情を浮かべると、まるで何事も無かったかのように振舞って店の奥へ消えた。

 なるほど、日常茶飯事なのか、と、微笑ましい光景を始終見ていた自分が、途端に恥ずかしくなる。何か自分が老人思考になっている気がしてたまらなくなってしまった。

 こういう時、周りに比べられる人間がいない転入生ってこんな不便な思いをしているのか、と寂しくなってしまう。高校生で寮暮らしになって、元の島にも高校はあったけどこっちに来て・・・・見た事の無い世界に憧れて出てきたけど、寂しい感覚が、後悔させる。

 まぁ、藤黄が引っ張ってくれたおかげで友達はたくさんいるけど。その友達が偏食だったり、料理の腕が著しく下手だったりすると、比べられるものも比べられないというか・・・・。

「何を悩んでいるのかな。嫌な事でもあった?」

「え、いや、無いけど」

「そう? でも、君は感情を顔に表しやすいタイプの人間だからねー。嘘は良くないよ」

「や、嘘なんか吐いていないけれども。そう言う藤黄こそ、いつも笑顔で分かりにくいけど、今までの人生で嫌な事とか、なかったの?」

「え・・・・」

 知る限り笑顔ではない藤黄を見た事が無い記憶の海に、その時に見た藤黄の表情がハッキリと刻まれた。驚いて、口が開いたままになっているその顔を。

 数秒経つと、その目線は僕から見て右斜め下の方へと落ちて行った。まさか、この人生楽はしていないけれども嫌な事があったとしても前向きに生きます、とか言いそうな藤黄がこんな表情になるなんて。

「・・・・あー、今の間じゃ、無かった、なんて言えないかぁ」

 へにゃ、と、いつもどおりの笑顔を作る藤黄。いつもの藤黄を見ているこちらとしては、実に印象的な、意外な一面だ。

 こんな、みるからに作った笑顔を浮かべるなんて。

「まぁ、知ってのとおり、僕、生まれながらに心臓が弱いし、最近はちょっと、病気だし。もうそろそろ、《あの子》には隠せないかなー、なんて悠長なことを考えているのだけれども・・・・」

 バツが悪そうに、頭を掻きながら話し始める。別に話してくれ、と言った覚えは無いけど、多分、ここで言っても「えっ、最後まで聞いてくれないと泣くよー」などと言われるだろうから、言わない。言っても碌な事にならないのなら、言わない。

 というか、藤黄が《あの子》って呼ぶ人といったら・・・・あの子しかいないかな。女の子という言葉を体現するのがかなり苦手な、あの子。華奢な体躯の割に力持ちで、高校3年生の男子陸上部インハイ常勝の選手でも勝てない足腰の持ち主であるあの、中学2年生の女の子。

「まぁ、こうなっちゃったキッカケが、ね。薬、正式名称は忘れたけど、これが無きゃ生きて行けないなんて言われた時はショックだったけどさ、それ、後から考えたら、別のショックと重なっていて、昔から苦しい事なんてしょっちゅうあったから、別段ショックでもなかったというか・・・・」

 藤黄は白い、固形の薬が入った箱を取り出した。便利な物で、一個ずつ取り出せる仕組みらしい。見た所薬の補充はしやすそうだし、高いのではないだろうか。

 藤黄はその箱から一個、薬を出して飲み込んだ。何処にでもある、白くて、凸レンズの形をした、小指の先程も無い小さな薬だ。

「でね、こうなったキッカケが、僕が青桐町に来た3年前に遡るのだけれども・・・・」

「3年前?」

「うん。あ、でも、正確には2年前かな? 冬休みの後に引っ越してきたから。でも、話はその年の冬休みじゃなくて夏休みの方。引っ越す前に、旅行気分で来たの、この町に」

 カウンター席に頬を付けて、右に座る僕に顔を向ける。手の先端はダラリと床に向いていて、背中は猫みたいに曲がっている。

 どんな姿でも、目が離せない。美しいとか、かわいいとか、そういうのじゃなくて、ただ「あぁ、これが魅力的な人か」と、納得せざるを得ない、それが藤黄。その行動1つ1つに意味があるのではないか、と、目線を外せない。

「えぇとね、あー、簡単に言うと・・・・」

 そんな目が離せない状態で、藤黄の言葉を聞いていた。



「―― 人が死んだ」



 そして、その笑顔で紡がれた言葉に、耳と目を疑ってしまった。

「・・・・え」

「だから、人が死んだの。僕の、親友。・・・・僕には、どうする事も出来なかった。まぁ、違う町で起こった事なんて・・・・ね」

 以前話してくれた事がある。虹尾島にある7つの町の内、青桐町は3番目に大きな町だと。藤黄は2番目に大きな町、黄波町キナミチョウから来た、と。

 この2つの町は、間に森と、2つの町を通らなければ着かない位置関係にある。確かに、事件があって、親友が死んでしまったと知っても、すぐには行けない距離だ。車で1日以上かかってしまうだろう。

「・・・・はぁ。うん、らしくないね。僕が笑顔じゃないなんて」

「え」

 藤黄は急に、いつもの調子で自分の頬をペチペチと叩き始めた。

「うん、やめた。笑顔の僕に早変わり! OK!」

「え、えぇ~・・・・」

「何さ。しんみりするよりも、明るく楽しく軽快に! この方が断然良いじゃないのさ」

「ま、まぁそうだけど」

「じゃあ終わり。この話は終わり!」

 やや(?)強制的に会話を中断すると、藤黄はせわしなく財布を取り出し、おそらく僕が繰るよりも前に注文していたのだろう品物の代金をカウンターに置いた。

 チリン。その甲高い音が聞こえるまでは、藤黄は、絶対、間違い無く、本気で帰る気だっただろう。

「あー、藤黄だぁー。おひさー」

「わ、わ、空音君までいるなんて。驚きました」


 華のある女子の登場だ。


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