始まりは束の間の休息
春、5月。出会いと別れのエピソードも落ち着いた頃、中学校2年生の私に、暖かな日差しと風が贈られる。ただ、小さな頃から何度も遊びに来ている、見慣れた公園でもらっても、「ああ春だなぁ」以外に何も言えない贈り物だ。そんな、今では何もかもが小さくなった公園は、私の居場所の1つ。
私―萩徒 彩芽―は、今年、中学2年生になった。中学2年生になって何が変わったかといえば、クラスメイトが変わった。それだけ。それ以外は何も変わらない。部活動をしていない事も、家族の状況も。・・・・何処と無い孤独感を覚えているのも。
あ、家族の状況というのは、平和すぎて変化が欲しいくらいだ、という事。適度な生活といつもどおりの慣れた生活の事を平和と呼ぶのであれば、その通り。
「本当、何も変わらないなぁ」
「そうだね。でも、変わらない事ってとても、とぉっても、幸せな事だと思うよ、僕は」
ふわふわした甘い香り。それに混ざる不自然な薬のつんとした臭い。一瞬大きく跳ねた心臓の音を無視して、外見に特徴のありすぎるその人を見ながら、私は不快そうな表情で口を開いた。
「貴方には関係ないと思いますよ、少なくとも他人の私に口出ししないでください」
「酷いなぁ。一応、2つも年上の人に対する口の利き方はどうでも良いとして、もうちょっとソフトな口調でもいいと思うのだけれども、ダメかい?」
私は今不快ではない。むしろ、少し愉快な気持ちの中にいる。けど奇妙な感覚の中にいるのは確か。
この人は、両親がクォーターの為か、外見が特殊だ。色々な国の言葉を知っていて、そして、見た目が、さっきも言ったけど、他の人とはかなり違う。
名前は―時貞 藤黄―さん。名前はザ・ジャパニーズだけれど、外見はその名前とはアンバランスに思える。でも、まぁ、名前に黄色を入れたくなるのは分かる。何と言っても、藤黄さんの家はあのパティスリー『ジョーヌ』(ジョーヌは黄色という意味)だから。
あ、パティスリーというのは、要するにケーキなどを売っているお店の事だ。パティシエの経営しているお菓子のお店、と考えれば、ある程度はイメージしやすいかも。
それにしても、何故藤黄さんが私の隣で座っているのだろうか。偶然ではなくて、意図的に仕組まれたと思われる位置関係だ。いつもどおりの黒い半袖パーカー、白い長袖のシャツ、深緑色のカーゴパンツ、そして私から見て右耳の上に付けられた黒の大きな髪留め。制服の私に比べて、藤黄さんは完全に私服だ。
太陽にキラキラ輝く髪。その一部をまとめるそれは、数年前藤黄さんがお母さんから借りたところ、周りの人から好評をもらったとかで、付けているらしい。
「あの、離れてくれませんか」
「相変わらず、僕に対してはそうやって冷たい態度だね・・・・寂しいよ。まぁ、良いケド。・・・・ハイ」
あはは、と笑いながら藤黄さんは立ち上がり、私にかわいらしいラッピングのされた袋を手渡す。小さい頃から遊びに来ている公園のベンチは、暖かな太陽の日差しで温かくなっていた。
手渡されたのは、袋に入ったクッキーだ。藤黄さんはこのクッキーを、毎月14日に私に渡す。私は兄妹がいるのだけれども、何故か、私に渡す。
どちらかと言えば、その兄妹との方が、仲は良いはずなのに。
「あの、何で藤黄さんは此処に? 私と違って、此処で遊んだ事なんて無さそうですけど」
「んっ? そうだなぁ、僕にもよく分からないよ?」
「・・・・はぁ?」
記憶の中で、藤黄さんは笑顔以外の顔をした時が無いように思う。いつも笑顔だから、掴み所が無くて、苦手。嫌いなわけじゃないけれども、どこか近付きたくないと思ってしまう。
たとえ右が蒼で左が翠の瞳でも、金髪でも、悪い人ではないと思うから、どちらかと言えば好きなタイプの人だ。なのに、苦手。不思議。どんなに苦しくてもずっと笑顔でいられる人は凄いって思うから、尊敬こそすれ、嫌悪感は抱かれないはずの藤黄さんが、苦手。
別段変わった性格、というわけではない気がする。ただ(若干ゆっくりとした)口調と容姿に特徴があるだけで、探せばどこかに同じような人間がいるかもしれない。そんな感じ。
この人は、会った時から苦手だった。見た目や口調じゃなくて、何処と無く不安感を煽る、瞳の輝きが。いつもキラキラしている目の奥は、底の知れない『何か』があるように思えた。思えば、私は昔から、藤黄さんを除くあらゆる生命体の心を読むのが上手かった。
下手に読んで、気味悪がられたほどに。
だから、藤黄さんが底の知れない『何か』を心に抱えているのは間違い無いのだ。私のいう事だから、というわけではないけれど、かなり信用しても大丈夫だと思う。
「―― ふざけないでください!」
だから、藤黄さんは底が知れなくて、何故か、あまり心が読めない。人の心が読めないなんて、藤黄さんに初めて出会った3年前まで無かった。この人の心だけが、未だに読めない。
「貴方は何で此処にいるんですか?!」
私は自分の心を読む事は出来ない。だから、何故今、自分がこんなにも『動揺している』のか、分からなかった。何故こんなにも、鼓動が速まっているのか、理解出来なかった。
「何でって言われてもね。どちらかと言えば、僕がそれを聞きたいくらいだよ、彩芽ちゃん」
「・・・・っ?」
私は私が分からない。何故藤黄さんが此処にいるのか分からない。何故私が此処にいるのかさえ、分からない。なのに、私は藤黄さんに逆上している。
要するに、私は何も分かっていないのだ。
― 何故藤黄さんが此処にいるのか?
何故私が此処にいるのか?
何故私は此処を『いつも遊びに来ている公園だ』と認識したのか?
そして・・・・ ―
― 何故 私が 《此処》 を知っているのか
元々ワードで書いたものを投稿しているので、修正の事を考えなければ投稿速度は早いです。