消えない過去・消したい未来
それは電車の中だったように思える。先程まで、黒い背景を白く、細い線で区切っただけの空間にいたのに。夕暮れの真っ赤な空と、その光で濃い紫に染まった海が、目に焼き付く。
俺は車体の端に設置されている横長のイス、その右端に座っていた。扉のすぐ横。窓からの光はダイレクトに当たらない、日陰の場所。
少し考えれば、それはありえない光景だと分かる。何故なら、俺の住む島、虹尾島―ニジオジマ―は他の島同様、海の上に架けられた橋を走る汽車か、海の中のトンネルを行き来して島を繋げている海底列車のどちらかしか、通行手段は無いのだ。
こんな夕焼け色に染まる電車という物は、虹尾島の各町を繋げる電車しか見た事が無い。
案の定、俺以外には誰も乗っていない。これはおそらく、夢の中だから。ありもしない風景を作れるなんて、自分の夢はどうもおかしいらしい。
(・・・・あれ?)
ふと、窓の外を見ると、風景は見た事のある、しかし見慣れない風景に変わった。それは先程までいた黒い背景を白く、細い線で区切っただけの、平面のような立体の世界。
そして急にそんな風景に変わった途端、感じ始めた人の気配。
(・・・・誰だろ)
気が付くと、俺の向かいの席に、少女が座っていた。ただ少女だと思っていたのは最初だけで、よくよく見ると、俺よりも年上のある人物と、体格がかなり似ている事に気が付く。
「・・・・あ」
俺はあまり揺れない電車で立ち上がり、再びその人を見つめる。その人は熟睡していて、俺がいる事には全く気付いていないようだった。彼女は見れば見るほど、知り合いにそっくりに思える。ただ一点、後ろで髪の一部をまとめる蝶のバレッタ以外は。
俺が知っている人は、確かいつも、何も付けないか、もしくは白かピンクのリボンでまとめているのだ。それ以外は使いたくないとさえ言っていた事を、思い出す。
というか、この人、誰だろう。俺の夢に出てくるなら、俺が知っている人物だという事だろうか。いやいや、だったら見覚えがあると思う。でも、あの人かも、なんて思っても、何故か脳内で否定されるし。
俺がうんうん唸っていると、不意に、頭上から声が聞こえた。
『次は虹尾島、青桐町駅~。どなた様もお忘れ物の無いようにお願いしまぁす。片付けるのはこっちだし、迷惑かけないでよ、ホント』
ムカつくアナウンスだ。俺と大して年が変わらないと思うくらいには若い男声。雑音混じりのその声は、ひどく面倒臭そうに、台詞を淡々と述べる。
そのアナウンスの僅か10秒後、黒と白だけになった、青桐町の駅に着いた。まるで風船から空気を抜くような音が聞こえて、ドアが開く。
あの女の子の事は気になるけれども、とりあえず、俺は電車を降りる。彼女の横を通り過ぎて、黒い駅の黒いホームに、一歩、踏み出す。
「・・・・っ?!」
そして踏んだ途端に、背筋に寒気が走った。静電気が起きた時みたいに、俺の身体はビクリ、と跳ねる。心臓はもう、音が聞こえるぐらいに脈打ち、全身から汗が吹き出た。
瞬間、しなければならない事を思い出す。
同時に、何故忘れていたのかと、自分に問う。
だがその答えを知っていれば問うはずも無く、俺の心は依然として黙ったままだった。
それはある意味当然の事。
だから、もう、一瞬で諦めて、走る。
自分の役目は分かっていて、今はただ、走るしか無い。
俺に出来る事は、それしか、無い。
あの場所へ行かなければならない。
あの、俺の全てが終わってしまう場所まで。
何かを考える前に、一歩でも前に進まなければならない。
俺が考えるべき事は、それだけ。
俺がやるべき事は、それだけだ。
今はただ、前へ進む。
今はただ、前へ進んで、ただ『掴み取る』だけなのだ。
―― 今にも消えてしまいそうな、小さな「可能性」を。
本当にもうちょっと続きます、那由他君。




