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苦いのがカラメル

 高校一年生になって一ヶ月。あ、いや、まだ一ヶ月も経ってはいないのだろうけれど。僕は自分にとって適度な速さで走りながら、彩芽ちゃんを探していた。

 時貞 藤黄、十五歳。誕生日は12月25日。趣味はお菓子作り。両親がそれぞれ4ヵ国の血を引いているものだから、僕は安易に~人の血を引いている、とか言えなくて困る。フランスとか、みんなが知っている国もあれば、殆ど誰も耳にしないような国もあるのだから。

「・・・・はぁっ。ちょ、限界・・・・」

 自分の体に忠告。体自体は弱くないけれど、僕は生まれ付き心臓が弱い。おまけに、最近ムリをしている事が多いからか、ちょっとした薬を使わないと、すぐ疲れて動けなくなってしまう。今だってもう、鼓動がバクバク聞こえて、その音が響く度に手やら足やら、特に胸の辺りが痛くなる。

「・・・・げ、あと一個かぁ」

 白と黄色のカプセルを見て、溜め息を零した。近々精密検査に来いと先生に言われているけれども、それほど深刻には思えないのが現状で、つまりは、病院には行きたくない。

 院内の薬の臭いがダメとか、そういう子供じみた理由じゃない。昔は病院に行かない週なんて無かった。少しはマシになった今は迷惑をかけたくない。だから、自分で出来る事は自分でしようと考えているだけ。まぁ、自分の力だけではどうにもならない事だから、来いと言われてしまったのだろうけれど。

 とりあえず、手持ちがあと一個しか無いカプセルを飲み込む。何か即効性がどうのこうの言われたけれども、カプセルで即効性って、あまりイメージがわかない。

 実際、かなり短時間で胸の痛みは引いていくのだけれど。

「はぁ~・・・・。彩芽ちゃん、何処にいるのかなぁ」

 まだ汗は引いていないけど、早く探さなければ。もう空は暗くなっている。あの子に限って悪漢に襲われてケガをする、という類の危険は無いだろうが、心配だ。非常に。

「・・・・そうだ、公園ならいるかも」

 普段何気無く通る公園ならば、見落としてしまいがちだろう。那由他君からの連絡はまだ無いし、きっとそこら中を探し回っているはず。彼、自分では気付いていないようだけど、彩芽ちゃんが絡むと途端に我を忘れるからね。見慣れた所なら、見落としてしまう確率が高い。

 そう思って、疲れて重くなった足を持ち上げる。アスファルトを蹴る。あの公園は案外近くにあるから、すぐに着くだろう。せめて、それまではムリさせてもらいたいね。


 ―― あの子は、僕にムリをさせないように気を遣いすぎているから。


 この《僕》という人間は実に酷い人間で、彩芽ちゃんに『僕にムリをさせる役』を押し付けている。気を遣ってくれるのはありがたい。けど、僕としては、この身体にほんの少しの刺激でも無いと、すぐバラバラに壊れてしまいそうな気がしてならないのだ。

 どうしてなのか? それは自分でも分からないから、いくらあの彩芽ちゃんでも気付かれる事は無いだろう。それに、気付いたからといってどうにかなるわけじゃないと思うし。

 そう、彩芽ちゃんは気付いていない。僕が、底の知れない人間というわけじゃない事を。

 僕が、底の知れないように見せかけているだけの人間であるという事を。

「・・・・暗いねぇ」

 完全に藍色になった空を指してか、ブルーになった自身の心を指してか、僕は小さく呟いた。そしていつの間にか止まっていた足を、再び動かす。

 どれだけの間止まっていたのだろう、上がっていた息は既に平静を取り戻し、額に滲んでいた汗もいつの間にか引いていた。まだ重くはあるが、足取りも先程より随分軽いように思える。今なら全速力で走っても何分かは持ちそうだ。

 ・・・・なんて、それはさすがにありえないか。僕は小さく自虐的な笑みを顔に浮かべると、徐々に走る速さを遅くしながら、目前に迫った公園、その中を覗く。

「―― あっ」

 完全に足が停止した時、僕は公園の、2mほどある入口の中央に立っていた。黄色い塗料のはげた、四角い柵の先。街灯がまるでスポットライトの白い光のように、ベンチの上でうなだれた1人の少女を、ただ、ただ静かに照らしていた。

「・・・・」

 何も知らない人なら、いつの間にか寝てしまったのだろう、と、そんな風に考えなくも無い姿勢だ。彩芽ちゃんはただ、薄い黄色のベンチの上で地面を睨み、しかしその本当の表情を知る者はいないだろう、事情を知る人にしか分からない、寂しそうな雰囲気を漂わせていた。

 僕はほんの刹那、自分がそれまでどのような表情だったのかを忘れてしまった。その代わりに、彩芽ちゃん曰く底の知れないはずの心に、今まで感じた事の無い、とてつもなく奇妙で難解極まりない感情が満ち、溢れ、そして、ノドの辺りで止まった。止まった所為で、どんな感情なのかも分からない。

「――彩芽ちゃん」

 そして、そのノドで止まった感情は、僕の中で処理しきれずに、結局、形にならないまま、ただ、彼女のかわいらしい名前を紡いだ。・・・・いつの間にか、彼女と僕の距離は2m程になっている。

「――・・・・っ?!」

 彩芽ちゃんは勢い良く頭を上げた。結構歩いている音とか、していたと思うのだけれども。その顔はひどく驚いたようで、僕は何処とない罪悪感にさいなまれてしまった。彩芽ちゃんは、一瞬だけ僕に目を合わせただけですぐ、右の方を向いてしまう。

「もう、夜だね」

「・・・・」

 返事は無い。女の子の顔をまじまじと見るのはマナー違反。けど、一応見ないようにしていても、それを隠そうと右を向いているのに見てしまう。彼女の目の辺りには、薄く、涙の跡が残っていた。それがばれないように、横を向き、そして声が変になっているかもしれないから、何も言わないのか。

「帰らなくて良いのかな? 錬夏君、かなり心配していると思うよ」

「・・・・」

 それでも僕は、話し続ける。腰を曲げて、座っている彩芽ちゃんと目線の高さを合わせながら。

 たとえ、彩芽ちゃんが僕と話してくれないと分かっていても。

「そう言えば、今日は彩芽ちゃんの好きな番組が放送される日だよね。急がなきゃ、ね?」

「・・・・」

 どんなジャンルでも話してくれなさそうだ。僕は変わらぬ笑顔を見せているつもりだけど、鏡が無ければどういう風になっているか分からないな。上手く笑えているだろうか。

「そうだ、今度新作のスイーツを作ろうと思っているのだけれども、彩芽ちゃんの意見も聞きたいな」

「・・・・」

 こんな話を1人で続けていたら、もしかすると、ウザイ人だと思われているかも知れない。まぁ、それでも良いケド。・・・・僕は、彼女の前では、僕が考えうる最高の『変な人』でありたいから。

 彼女は様々な悩み事を、決して、自分以外には相談しない、自問自答だけでやりきろうとしてしまうタイプの人間だ。だからこそ僕は、彼女の前では『変な人』でなければならない。だって『変な人』なら、自分が振り回されて、ついつい口が滑るからね。

 彩芽ちゃんには、そういう人が必要なのだ。昔から、彼女だけは本当、何も変わらない。そこに僕は感謝している。それ相応のお礼、なんて、出来そうもないぐらいに。だから、僕は――


 ―― 彼女と、その周りの人間に『僕であり僕ではない人間』を見せる事にしている。

「ね、彩芽ちゃん」

「・・・・」

 彩芽ちゃんの目が、僕を見る。ほんのちょっと困った顔をするだけで、彩芽ちゃんはこちらを心配し始めた。本当、良い子だよね。

「・・・・っ!」

 と、考えていると、彩芽ちゃんの顔がみるみる青ざめていく。あれ、僕、何かしたかな。

「・・・・って」

「え、何か言った?」

「・・・・走って、来たんですか。私を、探して」

「え、あれ。もしかして、汗、引いていなかったりします?」

 彩芽ちゃんは再び僕から目を逸らし、また地面を睨み、そして、僅かに、頭を上、下に動かした。

 言うまでも無く、僕は、動揺する。

 内心、疲れている感覚はなかった。なのに、知らされた真実はちょっと、残酷だった。

「・・・・えぇっと、隣良いかな」

 僕から見て左に空いたベンチのスペースを、僕は指差した。そして彩芽ちゃんは、もう一度、僅かに頭を動かして、了承してくれる。

 本当、きまずいよ、この空気。

「えぇと、何だっけ。そう、彩芽ちゃんが僕のスイーツの試食をしてくれるかどうかだっけ」

「それぐらいなら、良いですよ」

 あ、答えてくれた。

「え、良いの? やった。じゃ、ついでにもう1つ聞いてもいいかな」

「どうせ、私と那由他に何があったか、ですよね」

「・・・・」

 やはり、この子は勘が鋭い。いつか、僕の心の全てを知り尽くしてしまいそうだ。僕は彩芽ちゃんの返答に、ただ、貼り付けたような笑顔で「うん」と呟いた。

「別に、藤黄さんが気にする事じゃないです。年も違うし、性別も違うし、立場だって、考える事だって・・・・全部、違うのに、言えないです」

 確かに、僕と彩芽ちゃんではかなり立ち位置が違う。僕は高校生で、彩芽ちゃんは中学生。僕は男子で、彩芽ちゃんは女の子。僕は病気で彩芽ちゃんは健康そのもの。同じところを見つけろと言われても無理難題で、見つからないかも知れないね。

「じゃあ、聞かない」

 言いたくない事は聞かない。それが普通だろう。そう思った何気無い発言。

「えっ?」

 それに驚いた表情を返されるとは思わなかった。

「えっ、あれ。だって、言いたくないんでしょ?」

「・・・・あ、いえ、その・・・・予想外の、返答だったので」

 予想外? 何だろう、僕が形作っている自分と、彩芽ちゃんの中の僕という人物像、何処かが違うみたいだ。えぇと、じゃあ。

「聞いた方が、良かった?」

 違うだろう。いやいや、疑問系じゃなくて「じゃあ聞く」とかの方が僕らしいのかもしれない。あぁもう後悔しちゃう方向に行っちゃったよ。

「聞かれたら、答えるつもりでいました、けど」

「えっ!」

「な、何で驚くんですか。そりゃ、私だって人間ですし、話を聞いてもらいたい時はありますよ。・・・・ま、たまに、ですけど」

 確かに、彼女の場合、自分で解決の出来ない悩み事は片手で事足りるだろう。

「じゃあ、聞いてあげようか。何があったの?」

「そ、それは・・・・」

 というか、那由他君との一件で色恋沙汰だとは知っているわけで。どうせ那由他君が「好きだ」とか何とか叫んで、彩芽ちゃんは脳内でその事実を処理しきれずに飛び出して、今がある、というのが、まぁド定番でお約束の展開。それを見破る僕というのも、まぁ、同じくド定番で――

「実は、放課後、那由他に『好きだ』って告白されて、で、頭グルグルしちゃって・・・・。で、飛び出して、真っ直ぐ此処に来ちゃいました・・・・」

 ―― 僕は結局、そんなド定番な展開にしかありつけないのだ。

「ふぅん」

「ふぅん、じゃあないですよ! 異性で、しかも年上の人に言うの、かなり恥ずかしいんですよ、本当は!どれだけ勇気を振り絞っていると思ってンですかあぁ!」

 そう言って立ち上がり、僕に怒鳴りつける。まぁ、もっとも、それまでにどれだけ泣きじゃくっていたのか、彼女の声はちょっと枯れていて、いつもよりは迫力が抑えられていた。

「ゴメンゴメン。でも、結構お似合いだと思うなぁ、僕は」

「え・・・・」

 それまで、枯れた声に反してかなり怖い顔だった彩芽ちゃんは、途端に寂しそうな表情に戻った。おそらく、僕は期待外れの台詞を紡いでしまったに違いない。

 でも、今日は多分後悔デーだから、僕が思いつく限りの言葉の中から何を言っても、後悔する言葉にしかならないのだろう。

「・・・・はぁ」

 とか考えている内に、彩芽ちゃんは大きく溜め息を吐いた。彩芽ちゃんの顔は、寂しさどころか、怒り、悲しみ、恥じらいのどれとも違う・・・・呆れた表情に塗り変わっていた。

「え、あれ。何で溜め息なのかな」

「いえ。何か、藤黄さんって、変なところで鈍感ですよね」

「え、えぇ~・・・・」

 何か思わぬところで精神的ダメージ。まるで、10kgぐらいの石を落とされて、何故か痛くはないのに疲れが身体に残っていると言うような感覚。僕、勘は鋭い方だけどなぁ・・・・。

 彩芽ちゃんは小さく含み笑いをその顔に浮かべると、さっきとは反対に、座っている僕に目線を合わせながら、顔全体に笑みを広げていく。

「藤黄さんって、本当、おかしな人ですね」

「え? あ、うん、そうだね・・・・って、僕、そんなにおかしいかい?」

「はい、おかしいです。とっても」

 今度はその場で一回転。怒っている表情だが、どうやら、機嫌と調子が戻ったみたいだ。何故かは分からないけど、僕の台詞がキッカケになったみたいで、良かった。・・・・というか、やっぱり・・・・。

「――やっぱり、笑顔の彩芽ちゃんの方が、好きだなぁ」

「えっ、あっ、はいっ?!」

「?」

 彩芽ちゃんは本当、先程とは反対に、今度は顔を紅潮させる。めまぐるしい変化だね。今日の彩芽ちゃんはよく眠る事が出来そうだ。

「・・・・藤黄さん」

「ん、何?」

「その、あの。一緒に、帰りませんか?」

「良いよ。送るね」

 僕はこれまた定番の台詞を述べる。一男子として、女子を送るのは当然。

「いえ。私が藤黄さんの家まで、藤黄さんを送ります」

「え、えぇ~・・・・」

 まぁ、彼女の方が僕より男らしい身体を持っているのは事実。此処で僕が「いやいや、僕が君を送るよ」なんて言っても、気の強い彼女には、どうせ「嫌です」と即答されてしまうだろう。・・・・どうせそうなるのなら、言わない。

「・・・・ふふっ」

 途端に、彩芽ちゃんが笑い出した。優しげで、輝くような笑み。

「あ、笑った」

「だって、藤黄さん、分からないのに分かりやす過ぎて・・・・」

 僕は目やら心の中を「?」で埋める。分からないのに、分かりやすい? どういう事だろう。謎だ。

「ふふふっ」

「・・・・」

 苦笑いを浮かべながら、僕は立ち上がる。彼女と一緒に、帰る為に。

 僕はその時、何処と無く嬉しい気持ちで一杯だった。



 ―― この目に映る、キラキラと輝いていた景色が、グニャリと歪み始めるまでは。


 プリンにかけられているソース、カラメル。一般的に市販されているキャラメルとは違うものです。・・・・多分。

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