甘いのはキャラメル
かなり暗くなっていた。腕のアナログ時計は7時をとっくの昔に過ぎていて、街灯と自分の中に刻み込まれた地図、普段気にしていないような道の障害を上手くかわしながら、町中を探し回る。
さすがに明日まで見つからなかったら、商店街にいる暇人警察官に届けを出しているところだ。さてと、この考えが笑い話になるように願うぞ、彩芽。さすがにお前と同じくらいの体力を持つ俺でも、全速力でこれだけ駆け回って、お前を見つけられない。
まさかとは思うが、町の外まで行っていたりはしないよな。汽車はあらかじめ手続きが必要だが、海底を通る列車なら手続きではなく、お金さえあれば――
―― そういえばあいつ「今日は買出し当番じゃないからお金は持ってきていない」とか、昼休みあたりに言っていた気がする。
手詰まり。もう町の全部を見て回った気がする。
どうしよう、このままじゃ、もしかするともしかするかもしれない。
俺の所為で、行方不明騒ぎまで行くかも? いや、この町や島から出る事は絶対に無いだろうから、探せば偶然見つけられるかも知れない。
そうだ、あいつ、腹が減ったからとか、そんな理由で、気まずそうにしながらも案外フラッと自分の家に帰っているかもしれない。
そうだ、藤黄さん。あの人が探し出して、俺と入れ違いに『ジョーヌ』に来たかも。だとすれば、どちらにせよ、錬夏の方に連絡は行くはずだ。
そうだよ、今萩徒家に行けば、案外簡単に見つかるかもしれない。それに俺から逃げている内に疲れて、あの公園の、お気に入りだとか言っていたあのベンチに腰掛けているかも。意外にも、綺麗な夜空を見上げているかもしれない・・・・――
――・・・・公園の、ベンチ?
あれ。俺、公園の前、行ったよな。あれ? 俺、その時、公園の中まで見たっけ? もしかして俺、そこだけ見落としていた?
・・・・。
「――・・・・っ」
一番基本的部分を見過ごしていたらしいな、俺は。
口角が自然と頬を持ち上げる。そして俺は、知らず知らずの内に、周りの風景画流れている事に気が付いた。いつの間にか、公園へ向けて走り出したみたいだ。
コンクリートで固められた地面を蹴る。前へと進む。街灯に照らされて、あの他よりも紅く見えるポストは、本物の血で塗られたのでは、と思うほどに黒ずんでいるように見えた。
そして公園の前。公園は四角く、一辺の端から端まで30mはある。ちなみに、これは横幅。縦幅は50mもある。そしてその縁に沿って桜が植えられていて、小さい頃は桜が咲く度に、意味も無く桜の花びらを集めたものだ。本当に小さい頃の事だから、彩芽は覚えていないようだけど。
俺が意地を張って100枚集めたと言ったら、あいつは127枚と言って来た。霧の割り数の上、グシャグシャに丸められた桜じゃ、数えようとする気が失せて、その場で笑いあった。
―― あの頃は、間違い無く、あいつは、本当の意味で、笑っていた。
ここ最近はずっと、あいつの『本当の笑顔』とやらを目にしていない。俺が生きている間に、また見られるだろうか、なんて考えた事もあるほどに。
あいつは小さい頃、感情を表に出すのが得意過ぎる奴だった。だが大きくなるにつれて、あいつは周りに自分を合わせるようになって行った。周りに自分を合わせるというのは、確かに、社会的には必要な事かもしれない。けどそれは、あいつにとって、自分を偽る、というのと同意だった。
あいつの身体能力に付いて行ける人間は少ない。俺がその内の1人だ。俺がわざと、時にはムリをして、あいつの行動に合わせてきたから。
彩芽はいつも孤独だった。俺自身にはそんな特殊な部分は無いと思うが、目に見える形で『普通じゃない部分』を持っている奴が、あいつの周りにはいすぎた。
彩芽には、良く言えば素晴らしい。悪く言えば気味の悪い力がある。少し前にも話したと思うが、彩芽には人の心を読む力がある。普通の人も、長年付き添った伴侶的な関係であれば可能かもしれないが、その時偶然初めて出会った人間を目にしただけで、心の内が分かってしまうというのはどうだろう。
少なくとも―― 殺人容疑が掛かった愉快犯が捕まったという内容のニュースで、普段お化け屋敷や肝試しで何かに驚いたためしが無い人間が、顔を青ざめさせ、テレビの前にあるソファで耳と目を塞ぎ、ただただ小さくうずくまるという現象は、普通ならば、起こらないはずだ。
最初こそ『異常だ』だとか『化け物だ』だとか思ってしまった俺だが、まぁ、もう、慣れと無心でどうにでもなると5歳で気付いてからは、苦労していない。
問題は、この『普通じゃない部分』が目に見えない力だという事。あいつが孤独なのは、偶然にその力に気付いてしまった俺や錬夏、藤黄さん達以外には知られていないから。
極端な例だが、藤黄さんは見た目からしてこの辺りの一般人とは違う、つまりは『普通じゃない部分』が目に見える形で現れている。そして錬夏も、1日(今は5日)でほぼ全ての記憶を無くしてしまうという、目立つ病気を持っている。つまり、目に見える形の『普通じゃない部分』だ。
・・・・要するに、だ。彩芽の周りには、少なくとも、自分と同じような人間がいない。
だから彩芽は、自分を少しずつ変えていく事にした。中身を変える事は出来ずとも、外側だけ変えて行った。まるで、気に入らない色の上からどんどん違う色の絵の具を重ね、最初の色を全く別の色で塗りつぶすかのように。
―― 嫌われない自分の方が良い
たとえ中身を変える事は出来なくても
せめて外側だけでも『独り』じゃないなら・・・・
ある種の自己暗示。自分を騙し、周りも騙す。昔の彩芽を知っている人は、親兄弟を含めなければ俺ぐらいのものだ。あいつは小さい頃、俺の前でだけ、他の人とは違う態度をとっていたから。
大人や他の友達に見せる『良い子ちゃん』の態度とは裏腹に、俺へはいつもケンカ腰だった。それが本当の彩芽の心なのだと気付いたのは、俺達がほんの7歳の頃。彩芽は本当の笑顔とやらを見せる機会が無く、そもそも見せる相手がいない。
だから、俺は彩芽に合わせられる人間になろうと思った。せめて、あいつが本当の感情で動ける時間を、少しでも長く、作りたかったから。
「・・・・」
そんな、生まれて初めて病院の中で彩芽と出会ってから、14年。
・・・・あいつの心が分かる奴はいるのだろうか。あいつが心を読めない奴はいるのだろうか。そんな事を、絵空事として脳裏に浮かべたことがあった。
3年前、その絵空事が事実になった時、俺は嬉しかった。その時、初めて、俺以外の人間に対して、彩芽が本当の心を打ち明けられる人間が増えるのかもしれない、と、嬉しかったのだ。
「・・・・っ」
なのに、何故今『あの2人』を見ただけで、こんなにも胸が苦しいのだろう。
何故、こんなにも悲しいのだろう。
何故、こんなにも胸が痛いのだろう。
何故、何故、何故・・・・。
・・・・何で。
「何で、あそこにいるのが、俺じゃないんだ・・・・っ!」




