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甘い香りにご注意を

 日はもう沈みかけて、空の端で小さく星が瞬いている気がした。

 カランコロン、と、かわいらしい鈴の音が響いている。綺麗に磨かれていつも綺麗なガラスのドア。木製の取っ手は金属で取り付けられており、温かみと清潔感がある。

 この店は大抵、俺が来た時に響く声が非常に若い。

「いらっしゃいませー、って、あ、那由他!」

 白いバンダナと店の制服に身を包んだ彼から向けられる視線は、俺がこの店に何回も来ているので、既に『客』に対するものではなく、親しい『友人』に対するものになっていた。

 髪は栗色の地毛。多分父親譲り。名前は―時貞トキサダ 雄黄ユウオウ―で、正真正銘、藤黄さんの実の弟であり、同時に、俺のクラスメイトでもある。

「今日は何を買うつもり? ショートケーキ? それともショコラモンブラン? あ、季節限定シュガープリンズとか?」

 確かプリンと、苦めに作ったカラメルの上から甘い粉砂糖を振りかけ、その上にビターチョコレートと、コーヒーチョコレートを乗せた一品。それがシュガープリンズだ。

 ちなみに、考案者は藤黄さん。

「あ、もしかしてザ・パンプキンが目当て? あれはもう売り切れちゃってさ」

 その名の通り、カボチャの形に焼いたクッキーで出来ている皿に、カボチャのムース、ケーキスポンジ、アクセントにカシスのジュレ、そしてクリームで飾り付けをした一品。気分はハロウィン、最も売れる時期もハロウィンのケーキ。これも考案者は藤黄さん。

「で、何をお求め?」

 雄黄はガラスのショーケース、その向こうから体を乗り出す。本来中学生は働いちゃダメだけど、本人の意思でお手伝いをする分には良いだろう、しかも「家業だから」というある種屁理屈じみた理由で、雄黄はこの店で働いている。

 背丈は藤黄さんと同じく、他の人より一回りか二回り、小さい。

「や、今日は買い物じゃなくて、届け物」

「届け物? あ、幽霊砂糖! もう、兄さんたら。自分で運べばいいのに」

 雄黄は頬を膨らませる。大きな瞳をほんの少し細くして。

「いや、俺が道でぶつかっちゃって、砂糖を半分くらいぶちまけちゃったから、買ってきた。悪いけど藤黄さんが帰って来たら渡しておいてくれないか」

「それは良いケド、何かいつもより焦っていますな。彩芽ちゃん関係?」

「・・・・」

「あ、当たっちゃったみたいだね・・・・?」

 まったく、この兄弟は揃いも揃って勘が鋭い。父親の方は周りを全く気にしない、周りの事を考えない人だというのに。・・・・あ、だからこんな人を見る性格になったという可能性は高いな。

 俺は一瞬、持ち前の鋭い目つきで睨む。雄黄がその瞬間肩を下げるのを見送ってから、本来の目的に戻る事にし、すかさず雄黄を強気の眼差しで見つめた。

「な、何かな」

「彩芽、来なかった?」

「え、彩芽ちゃん? いいや、来なかったよ。来ていたら多分、那由他がこの店に来た時に『彩芽ちゃんに続いて那由他の登場かぁ』なんて言うはずだもん」

 確かに、こいつなら言う。

「え、何、まさかのケンカ? や、ケンカしても小1時間で仲直りするのが君達だからね。という事は、まさかまさかの色恋沙汰?」

「・・・・」

「あ・・・・また、当たっちゃった・・・・?」

 雄黄は申し訳無さそうに、制服の俺から見て右肩に付いているボタン近くにある、黄色い縁取りの部分をせわしなくなぞる。髪留め代わりの白いバンダナの上から頭をかき、目線を俺からずらす。こんな重い空気になったのは今日で何度目だろう。

 そんな事を考えている内に、店の外は既に赤みが抜け、頼りない電灯がちらほらと光を帯びていた。店内も明るくなり、フローリング風のタイルが敷き詰められた暖かな雰囲気の店内には、思いっ切り重い空気が漂い、店の中にあるフードコートにいた人達は、俺達から目を逸らし続けていた。


 ハエトリソウって、甘い蜜で餌をおびき寄せるそうですね。

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