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紅蜜桃  作者: 紫藤市
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 霧が晴れた山の麓を歩き回った桃花が崔栖を見つけたのは、太陽が中天を過ぎた頃のことだった。

「崔栖……食べてしまったのか」

 崔栖の形をした岩を見つめ、桃花は憐れむような目で地面に落ちた紅蜜桃を眺める。

 数日のうちに風雨にさらされた岩は人の姿を失い、人の丈と同じ高さの岩になるだけだ。獅崙山の岩の幾つかは、そうやって増えた。

 崔栖なら成功するかもしれない、という淡い期待を抱いていたが、彼の黄金に対する執着は食欲には勝らなかったらしい。貧しければ貧しいほど、桃の誘惑に耐えて黄金を手に入れようとするに違いないと当て込んでいたのだが。

「なんだ。また失敗したのか」

 嘲笑うような声が背後から聞こえたが、桃花は振り返らなかった。

「お前のおかげで、この辺りは岩だらけになってしまったぞ」

「お(ぬし)が紅蜜桃に妙なまじないをかけたりするからだ」

 忌々しげに桃花は吐き捨てたが、獅崙山の主である龍は楽しげに笑うだけだ。

「紅蜜桃を食べた人間が岩に変わるのは、儂のせいではない。紅蜜桃の毒が、この実を食べた者の血肉を岩に変化させて、死に至らしめているだけだ。儂とて、この実を食べれば岩になるぞ。そなたはならぬようだがな」

「血反吐をはいて五十日近く悶え苦しんだ」

 美しい顔を歪め、桃花は憎々しげに紅蜜桃を睨んだ。

 地面に転がる紅蜜桃はどれも黒ずみ、土くれと化している。

 天界から堕とされ、紅蜜桃の木がそう容易く枯れないことを知った桃花は、一度だけ紅蜜桃の実を食べたことがある。このまま獅崙山に何百年も幽閉されるくらいなら死んでしまおうと考えたのだ。当時、すでに彼女は両手の数以上の人間が紅蜜桃を食べて岩と化すのを見ていた。

 紅蜜桃の甘く上品な果肉は、ひとくち食べても、ふたくち食べても、桃花を岩にすることはなかった。その代り激しい腹痛に襲われ、前の獅崙山の主に醜態を晒す結果となった。

 どういうわけか、獅崙山の主たちは桃花のすることを傍観している。この龍も、かつては天界で栄華を極めていたが、天帝の不興を買い、地界に堕とされた。獅崙山の前の主は死の直前にこの龍を後継者として指名したが、彼は前の主同様、桃花には親身になって世話を焼いてくれている。

 龍の姿では身動きが取りづらい、と壮年の男の姿で山の中を歩き回っているため、彼はよく仙人と間違えられるらしい。こんな胡散臭い仙人がいるものか、と桃花が毒づくたび、彼は上機嫌で笑う。

「なかなか紅蜜桃を枯らす者は現れないものだな。しかし、このまま木を生かしておいても良いではないか。奴の悔しがる顔を思い浮かべるだけで、酒が美味くなる」

 主の言う『奴』とは天帝のことだ。ここでは、不遜な発言を咎める者はいない。

「奴は儂が紅蜜桃の木を持っていることが気に入らないのだ。紅蜜桃はいまやこの獅崙山にしかないのだからな。儂は、奴が大切にしていた天界の庭の紅蜜桃の木を枯らしてくれたそなたに、とても感謝しているぞ」

「別に、お主のためにしたわけじゃない」

 天帝を嫌う獅崙山の主は、天帝の紅蜜桃の木を桃花が枯らしたという理由で、彼女が獅崙山の中ですることをなんでも許している。彼は紅蜜桃の木を先代の遺産として大切にしていたが、桃花が人間を使って枯らそうとしていることには目を瞑っていた。

「紅蜜桃が黄金に化ける話を信じた者がやってくるまで、また待つしかないのか」

 近隣諸国では飢饉が続いているというから、紅蜜桃を求める者はすぐ現れるだろう。

 崔栖だった岩に手を伸ばして触れてみると、岩肌がぼろぼろと崩れた。

 桃花を嘲笑うかのように、遠くから紅蜜桃の甘い薫りが漂ってきた。

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