さようならはスカイブルー
桜が咲き始めて、新しい生活を迎えるまでの短い春休みに、Kは引っ越した。
両親が車でもって行ってくれるから、と荷物はトランク一つだけだ。
一時間に一本で、一両しかない電車で彼女は行く。
時間を間違えたみたいで、出発まではあと二十分ほどあった。
雲一つない空。
満開の桜。
気持ちの好い風が吹いて、ほのかに桜の花が香る。
赤いレンガの敷かれた駅前で。
あまりにもよく出来たシチュエーションだった。
春は別れの季節と誰かが言った様に、今、Kは旅立とうとしている。
見送りに来たのは僕とYだけだった。両親は事前に荷物を積んで車で出発している。彼女だけが、電車で出発することを選んだ。
「絶対また遊ぼうね。こっち帰って来たら連絡するから」
「うん。私もそっちに遊びに行く」
別れのあいさつを交わす彼女らに、寂しさは感じられない。それが当然の約束だから、悲しくなんかないのだろうか。
「きみも。今度遊ぼう」
「ああ。連絡する」
でも僕はきっと、連絡しないだろうと思っていた。
彼女の新しい生活の中に、入りこむ自信と覚悟が無かった。
YとKが話しているのを一歩離れて見ている。
姉妹の様な気安さと、
男友達みたいな明け透けさが、湿り気の感じない空気みたいで、心地よかった。
電車がホームに入ってくる。
僕たちも駅舎に入る。
この駅は無人駅だから、プラットホームまでは見送りに行ける。
でも僕は、駅員のいない改札で待っていた。
こちらとあちら。
壁があるような、気がして。
KとYが振り返る。「どうしたの、早くおいで」
耐え切れなかった。
「じゃあ、また」と言って、僕は駅舎を出た。
発車のベルが鳴り、一両の電車が走り出す。
少ししてYが降りてきた。
「どうしたの?」
「見送りなんて出来ないよ」
なんで、とは訊かなかった。そっか、と言って駐車場の方を見る。
「親、待たせてるんだ。またね。少しだったけど、話せて楽しかったよ」
バイバイ、と手を振って、彼女は歩き出した。
バイバイ、と僕も手を振った。僕も。僕も楽しかったよ。
「さて」
振った手をポケットに突っこんで、僕は駐輪場へ向かう。自転車は新しいものを買った。高くもないし格好良くもないけど、色が気に入った。
途中の自販機でコーヒーを買い自転車のサドルにまたがる。スタンドを立てたままコーヒーのプルタブを開けると、携帯が鳴った。
折りたたまれた携帯の小さな窓が、メールが来たことを報せていた。
差出人は。
『君のことが好きだよ。どうすれば伝わった?』
泣くかと思ったけど、僕は泣かなかった。
多分、この青空に似合わないからだろう。
苦くて不味いコーヒーを一気に飲み干して、返信する。
『ありがとう。さようなら』
自転車のスタンドを倒し、一気にペダルを踏む。
この駅は坂に囲まれていて、周りは急な上り坂だ。
ぐんぐん速度を上げて、夢中で上る。
途中ゆるやかなカーブでビルに隠れていた太陽が光り、真新しい自転車のフレームに反射した。
フレームの色。
Kの好きな淡い色。
この空に似た、パステルカラーのスカイブルー。