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始まる予感のグレイ

土日を挟んで登校した月曜日、親友は髪を切って丸坊主にしていた。

寝不足気味で欠伸をかみ殺し登校した僕よりも早く、席に着いていた彼は僕を見つけるなり、「ちょっと」と言って僕をトイレに連れて行った。

「フラれちったよお」

「うん」

 あの後なんて返せばよいか分らず、結局メールの返信はしていなかった。慰めたってどうにもならないことを分かっていた。

「『中学では彼氏作る気ない』んだって、あいつ」

 そうなんだ、と相槌して、違和感を覚える。今まで話してきた中でYを「あいつ」なんて言うことはなかったのに。

「なんで坊主にした?」

「ああ、けじめけじめ。吹っ切る為にさ。これから大会もあるし、丁度いいし」

 そう言ったバスケ部主将は明るく言った。手のひらをひらひらさせて、なかったことの様に振る舞っている。

 この男にとって、恋愛も告白も失恋も、イベントでゲームみたいなものだったのではないか。僕がそう感じていたのと同じように。あれだけ悩んでいる様子を見せていたのに、終わったらコロッと忘れてしまう。自分が好きだった相手を「あいつ」なんて呼び、何でもない様にしてしまう。短く刈り込んだ彼の坊主頭に、自己陶酔を感じずにはいられなかった。

「だから、とりあえず俺はもうYを諦めるわ。相談乗ってくれてサンキューな」

 握手を求められたので、それに応える。

 ふと思った。

 彼にとって僕との友情も、一つのイベントなのではないだろうか。自分を主人公だと認識するための儀式。漫画みたいに特別な自分を演じる為の役者。

 そんなことを、思ってしまった。


 それからの僕は、開き直った様に元通りに生活した。

休み時間も昼休みも、自分の机で本を読んで過ごした。Yが恐る恐ると言った感じで僕に話しかけてきたのは初めのうちだけで、すぐに元通り談笑した。

 親友のことについては、お互い話さなかった。知っていることで何が変わるわけでもなく、また彼女も振った相手についてあれこれ言及する性格ではなかったから。


 Kとはあの放課後以来、毎日メールしている。

 他愛のない内容を延々と続けて、つい眠るのが遅くなってしまっていた。それを楽しいと感じている自分も確かにいた。


――僕だってそうだ。

 僕だって、今自分が楽しいと感じてるから、親友がどんな心境なのかも考えずにこうしている。

 僕だって、自分が主人公でありたいのだ。

 僕だって。

 僕だって。

 自分の事しか考えていなかった。自分の楽しさにかまけて、視野狭窄を起こしていた。僕が感じた親友への違和感も手伝っていたのかもしれない。彼に気を使う必要なんて無い。  

そう言い訳していた。



昇降口を入って自分の下駄箱に前に立つと、僕の上履きが散らばっていた。

何かのはずみで落ちてしまったのだろうか。蓋つきの下駄箱でそんな事もありそうにないと思えたが、特に気にしなかった。

 廊下の隅に固まった埃。

 罅割れて修繕された壁。

 剥がれかけた写真。

 何故かそんなものばかり目に留まる。

 普段と変わらない静けさが、不吉な空気を演出しているように感じる。

 中央の螺旋階段を一階分昇り、端にある自分の教室へ歩く。ざわざわと感じる人の気配。

 ガラリ、と前の扉を開け、途端。

 カチリ、とスイッチが切れた様に静かになる。

 教室の中にいた男子の視線が、無遠慮なくらいはっきりと僕に向く。ニヤニヤと笑っている者もいた。目だけでこちらを見て、隣の誰かと話す者もいた。

 見て取れるような悪意が、僕に向けられている。それらを無理矢理無視して席に着いて、鞄から教科書を出し、机の中にしまう。その動作を、監視されている気配がある。

 気付いた。

 教科書を持った手の甲に濡れた感触。取り出してみると、掃除用の雑巾が入っていた。

 確信する。ここまで来たら上履きも偶然ではない。

 僕は嫌がらせを受けている。

 心当たりは、あった。

 でもそんな、と思う。

 でもそうだ、とも思う。

 彼は頭も顔も運動神経もよくクラスの人気者で、プライドが高くて、そして嫉妬深い。

 振り返るのが怖かった。

 でも振り替えずにはいられない。

 意を決して彼の座る席を見ると、無表情で、僕なんかいない様に、教科書とノートを広げて予習していた。男子のほとんどが僕に注目している中で、それはあまりにも異様で、そして決定的だった。

 僕は彼の嫉妬を買ったんだ。

 彼はその激情に任せ、クラスメイトに僕の悪いところを吹聴し、嫌がらせを始めさせた。 

自分は何もせずに。

僕との友情はイベントなのでは、と思いついたことが頭を過ぎる。

でも、だって。

フラれて、終わったんじゃないの?

そう言いたかった。

そう言いたかったけど、もう何の弁解も受け付けないことも分かっていた。クラス中に走り出した僕の噂は、きっと瞬く間に伝染して、学校中に広がるはずだ。

 一体どんな噂なのか。それすらも定かではない。誰かに訊いてみたいけど、そいつがその噂を知りながら僕に話してきかすのは耐え難かった。噂を流されている本人が、その正体を知らないなんて滑稽だ。


 授業中は苦痛だった。

 教師が黒板に板書している最中、僕の後頭部や背中には消しゴムのカスやシャーペンの芯が飛んできた。たまに的を外れて、机の上に落ちてくるそれらで気付いた。

 水面下の悪意。

 教師が感づくほど派手にはならず、適度な嫌がらせはどの程度までか。

 ニヤニヤと嗤う声が聞こえ、たまに吹き出す者もいた。

 休み時間はたまらず、机に突っ伏して寝たふりをしていた。それでも、誰かが机の脚を蹴って僕を茶化した。隣のYは知ってか知らずか、素知らぬ顔で読書している。さすがに僕の机が蹴られた時は怪訝そうな顔で僕を見た。見ないでくれ。

 放課後になって、逃げるように教室を出て、部活に参加するためグラウンドに向かうと、そこでも僕はいない人の様に扱われた。キャッチボールをする相手がおらず、仕方なく一年に交じった。

 情けなかった。そして腹立たしかった。

 たった一人の人間の言葉を、一方的に信じるのか。

 事態の全容を理解せずに、流されるように悪意を向けるのか。

 疑問と同時に、諦観する。

 こいつらみんな、そういう馬鹿なんだ。

 そう思えば幾分楽だった。

 そう思わなければ、どうしようもなかった。


 次の日からは吹っ切れて、いっそ清々しいくらいに開き直った。

 直接ちょっかいを出してくる奴は殴ってやろうと思った。

 実際そうして、僕がこれまで与えられてきた印象は一変された。

 それでもやっぱり、誰がやったか特定できないような嫌がらせは無くならなかった。むしろ表沙汰になったら反撃される分、奥に奥に潜って行った。

 嘲笑や軽蔑の対象が口を利くのが気に入らないから、手出しできない様にしてやろう。そんな風に言われた気がした。


 来週には合唱祭が待っている。

 親友だった奴と同じパートで、それだけでもう苦痛で仕方がない。


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