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 雪神様の言葉が気になってしまうが、気持ちを切り替えて仕事を続けた。あっという間に時間は過ぎて、明日で働き始めて一ヶ月になる。


 お昼になると、いつもなら一人仕事をするために引きこもっている店長に呼ばれた。早く来るように言われても、今は無理だ。


「うぐっ、待って。たんま」


 和栗とこし餡、それから白玉。その上に甘く煮られた小豆のトッピングがされた新作の和スイーツをまだ食べている途中である。まだ動きたくない。味わうべきのスイーツを急いで食べたくない。


 むぐむぐ食事を続け、立つ気のない私に周りから呆れた溜息が吐かれる。


「後で同じの作ってやるぞ」


 コックーニさんの気遣いに首を横に振った。


「食べ過ぎはよくないんですよ!」


 気遣いは嬉しい。嬉しいのだが、自分でセーブしなければ彼らは嬉々として食べたいものを作ってくれる。それはなんという誘惑だろうか。太る、確実に太ってしまう。


 食べようと思えば、無限に食べ続けられそうな神様が羨ましい。普通の人間には、限界という名の壁があるのだ。


「ごちそうさま」


 美味しかったと手を合わせ、感謝の念を伝えた。するとなぜか偉いなあ、いい子だなあ、といった眼差しを向けられる。


 店長の作業部屋をノックして入室すれば、眼鏡をかけた珍しい姿を見れた。ホールに立つ時などでは見ることがない眼鏡をかけたミリオさん。


 視力の悪い神様もいるようだが、店長の場合は関係ない。神様もおしゃれ眼鏡をするのだろうか。新発見である。それにしても、誰がそのおしゃれ眼鏡姿を見るというのだろう。まあ、見せるためではなく、ただ好きでしている可能もある。


「明日で一ヶ月ですね」


「そうですね。雪神様から聞いたことについて教えて欲しいんですけど」


 霊力が適応したこと。お客様が自分のことを気に入ったこと。神様には善もいれば悪もあるということ。それから、送迎も途中でなくなるということについて教えられたと伝える。


 すると、ミリオさんは「そのままの意味ですよ」と笑みを浮かべた。ぴっと人差し指を立て、説明をしてくれる。


「適応というのは試用期間中に、神様が見えなくなったり、仕事先に辿り着けなくなったりしないかということです。いくら見る力があろうと、チャンネルといえばいいのか……この空間に合わないともう仕事自体ができなくなりますから」


「へえ、そうなんだ」


 そういえば、神様の姿がはっきり見えない時がある、と零していた子がいた。神様の気まぐれで、わざと姿を隠してふざける時があるから、深く考えていなかった。


「お客様に関しては、面接が終わってから渡した水晶があったでしょう? 毎日、職場に持ってくるように伝えていたものです」


 首にかけている布袋を襟元から取り出した。透き通るような美しい水晶を布袋と一緒に手渡されている。でも、それが一体どう関係するというのだろうか。


「きちんと忘れずに身につけているんですね。では、水晶を取り出してください」


 ころり、と袋から水晶を取り出して私は瞳を丸くした。


「色が……」


 水晶の色が変わっている。透明の結晶だったはずなのに、水晶の中にさまざまな色が弾けている。明るく綺麗な輝きが灯っていた。


「素晴らしい色ですね。好意を持たれたら明るく、悪意を持たれたら暗く――それがあなたの御守りとなります」


「御守り?」


「そうですよ。善もあれば悪もある――邪神、堕神おちがみと呼ばれる者がいるんです。その者たちから身を守る力などないでしょう?」


「ないですね」


 きっぱりと言い切った。


 人外から身を守る力なんて私は持っていない。ファンタジーな世界の人物みたいに、何か魔法や術が使えるわけがない。普通の一般人には太刀打ちできない相手である。


「人を雇うなら、その安全を守るのが雇用主の義務でしょう。その水晶は、何かあった際に安全な場所に持ち主を転送して助けてくれます。危険度によっては、持ち主の霊力を使って救ってくれますよ。まあ、その際には記憶が消失し、仕事を辞めた状況になりますが」


「え……記憶を消す必要はないんじゃ?」


 それは困る。記憶が消失して、仕事を辞めることになるなんて、非常に困る。


「危険過ぎたら、です。よくない記憶は消さなければ……普通なら、経験せずにすんだ記憶は、ない方がいいんですよ。いやなトラウマになってしまう可能性もありますし」


 危険手当てまでついてくる仕事。必ず人外の方が側にいてくれる。それだけではフォローしきれない何かがあるのだろうか。


「ああ、それから言い忘れていましたね。水晶が持ち主の霊力を使いきった場合、この世界には足を踏み入れることはできなくなります」


「……力が何もない、チャンネルが合わない人間になるから?」


「そうです。さすがはユーリ。きちんと理解してくれているようでよかったです。理解せず、受け入れず、辞めた方もいますからね」


「あー、今さらですけどユーリっていう呼び方にも意味があったりとか?」


「ありますよ。名は短い呪になると聞いたことはありませんか?」


 聞いたことはある。まあ、フィクションの中で使われることがある言葉だ。


 名前は呪となる。気軽に他者にバレたらいけないのだ。別に私は誰かと敵対しているわけでもなければ、狙われるような地位にいるわけでもないけれど、そんな説明をされるといやな予感が湧いてくる。


「なら、なんでもっと早く教えてくれないんですか!」


「一ヶ月を過ぎたら、ここにいるのを周りが許容するから危険ですが、定着する前なら平気ですよ。それにユーリの名を雇用主である私が隠さないとでも?」


 隠す? 一体、どういうことなのかわからない私にミリオさんは苦笑する。


「ユーリが自分の名前を口にしても、聞き取れないようにしてるんですよ。あなたはここでは、ユーリです」


 はっきりと何度も耳にしていた名前を与えられ、私は瞳を何度か瞬かせた。


「ようこそ、ユーリ。我が店に……心から歓迎します」


 水晶の輝く色が神様の加護を示し、お店にいることを認められた証であるかのように、結晶は淡く光を放った。

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