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 和風のお店は、どこか懐かしくてほっとする。コックーニさんの眷属である方々が準備してくれた抹茶とわらび餅を味わいながら、休憩時間を満喫する。


「縁側でお茶をゆったり飲んでた祖母の気持ちがわかるなあ」


 着物が似合う素敵な雰囲気の祖母はとても上品な人だった。つい両親ではなく、祖母の姿が浮かんでしまうのは私がすごく尊敬していたからだろう。それに、共働きの両親が面倒を見れない時、いつも私は祖父母の家にお邪魔していた。


「ユーリさんの祖母?」


「ユーリさんはおばあちゃんっ子ですか?」


「うん、憧れてたの。こんなふうに歳をとれたら素敵だなって思える女性だった」


 休憩時間には、せっかく会えたんだから仲良くなりたいという意思が先行して口調が砕ける。


 彼らがいやがれば、すぐに丁寧な口調を心がけるつもりである。普通の人間だし、弱い私は相手が不快に思うことを無視して続けていれば死亡フラグが立つのだ。いやがられたことはないから、砕けた口調で会話を楽しむ。


「眷属さんたちには憧れる人いない?」


「憧れはやっぱりコックーニ様ですよー」


「僕らのコックーニ様は最強です。あの料理の腕はさすがですっ! 他の料理系神様より素晴らしい」


「そっか、眷属さんたちの一番はコックーニさんかあ。納得」


 名前を教えてもらえないから、眷属さんと呼んでいるが、失礼ではないのだろうか。本人たちは一切気にしていないようだけど、気になってしまう。


「眷属さんたちの名前を聞いたことないけど、内緒にするもの?」


「内緒って響きいいね! これがときめき」


「眷属さんでオッケー。レストラの従業員で他に同業いないし」


「ユーリさん以外のホールスタッフは、ミリオ様と妖精系とかだしなあ。眷属さんでいいよ」


 妖精、精霊がお店で働くことはよくある。彼らは気が乗った時と、お店の内装が気に入った時にだけ臨時で働く方々だ。無理矢理お店に縛る気がないから、評判はかなりいいらしい。


 それにしても、同じ種族がいない寂しさを実感する。いい子が今度職場に来てくれないだろうか。人間って本当に珍しいようだ。


「誰を呼んでるかわからなくなるし、大変だと思うけど」


 同じクラスに、同じ名字の人がたくさんいれば誰を呼んでいるのかわからなくなる。呼ばれる方も困るだろう。そんな同じ名字の人がたくさんいる際の対処は、名字ではなく名前を呼ぶことだ。一般的に考えて、違う面を探すのが一番である。


「わかるわかる、そこは問題ないよ。神様と違って人間は読みやすいからね」


「ユーリさんに呼ばれて俺らが間違えたことないでしょ」


 そんなこと? 何も問題ない、と告げられた。一般常識は通じなかった。通じないのは当たり前だけど、少し動揺してしまう。


 確かに私が呼ぼうとした眷属さんが反応を返してくれる。違和感がないくらいのやり取りは、スムーズに進む。よく考えればおかしい。今さらだけど。


 そっか、読めるのか。問題なく彼らにはわかるのか。なるほど……うん? 待って、私の心情はバレバレか。なんて恥ずかしい。


 隠し事は不可能とか、発言だけでなく心情まで気を遣わないといけないのだろうか。なにそれ、すごいストレス。だから、みんな長続きしないのかもしれない。早く辞める人たちの方が利口だったというべきなのだろうか。気付くのが遅い私は鈍感だ。


「ユーリさん、ユーリさん。なんでもかんでも読んでるわけじゃないですよ」


「いやだなあ、僕らがそんなひどいことするわけないじゃないですか。必要な時だけですよ」


 ……これは信じるべきか、疑うべきか。なんとも悩みどころである。


「いいよ、もう。わらび餅のおかわりちょうだい」


「はい、ユーリさん」


 柔らかな歯応えのある食感に、優しい甘さのきな粉がマッチしている。上から黒蜜をかければ、さらに美味しいわらび餅。


「コックーニさんの手作りも美味しいけど、眷属さんたちの料理も美味しいね」


 幸せー、こんな美味しいものをただで食べれるなんて! 新作の試食も楽しいし、お願いしたらノリよく作ってくれる料理系の方々の腕は素晴らしい。


 ふふふ、今なら食べすぎで太ってもかまわない! そんな勢いである。実際には太りたくないから、運動は欠かさないが。


「きゅんとした。おだてられても料理しかできないよ?」


「やっぱり神様である方々より、ユーリさんに食べてもらう方が嬉しいよねー」


「正直だし、素直な賛辞は心地良いね。ある意味、栄養源?」


「栄養源は呼び方がよくないよ。マイナスイオンでいいんじゃない?」


「マイナスイオンかー。なんだっけ、それ」


「さあ? なんだかよさそうな名だから、いいと思う」


 楽しそうに会話している眷属さんたちは、仲の良い兄弟のようだ。大家族は今日も仲良し。


 わらび餅をもぐもぐ味わう私は、飲み物を探した。自分でおかわりを淹れる前に、さっと抹茶を淹れてくれる眷属さんが素敵だ。気遣いのプロである。


「お前ら楽しそうだな」


「あ、コックーニ様! 新作レシピは完成しましたか?」


「いや、まだだ。ミリオに却下された。あいつ厳しいからな。まあ、舌が確かだから文句なんて言えねえけど」


 コックーニさんの新作レシピ! 気になる、食べたい。


「コックーニさん、私にください。新作を食べたい」


「人間視点からのアドバイスか。参考になりそうだからいいが、お前……太るぞ」


「最低だ、コックーニさんは女心がわかってない! だから、ミリオさんに却下されるんですよー」


 まだ時計の針が休憩時間の終了を示していないから、私は店長の名前を普通に呼ぶ。就業時間外にも店長呼びをすると、仕事のことで頭がいっぱいになりそうだからである。切り替えって大事。


「俺の料理が却下されたのは甘さ不足だ」


「甘さ不足? それは珍しい。コックーニさんが分量を間違えるとは思わないけどなあ」


 気がつけば、そろそろ休憩時間が終わりそうだ。奥にある仕事部屋から出てきた店長は、眉間を軽く揉んでいた。お店の被害による相手への請求書類でも作成していたのかもしれない。


「お疲れさま、ミリオさん」


「ありがとうございます。しっかりみなさんは休めたようですね」


 しっかり休むことは義務付けられているといっても過言ではない。休める時に休まなければ、ハードな出来事が起こる仕事を勤めることができないからだ。懐中時計を手にした店長が「そろそろ時間です」と微笑む。


 就業時間に突入する前に私は質問を投げかけた。新作の料理が気になったまま仕事に向かいたくない。


「ミリオさん、コックーニさんの新作ってなんですか?」


「一言で表すと、げろ甘でしょうか?」


「げろ甘……」


 食べる意欲が一気に消え失せた。もしかして、糖分過多の風神様のスイーツだろうか。私は食べない方がいいかもしれない。


 あれは甘いという領域を越えた、砂糖の世界だ。糖分による糖分のための、お菓子という名の砂糖地獄。「甘いの好きです」と風神様に言ったら最後、甘いものが嫌いになるか、しばらく食べれなくなる。いや、糖分を一生分食べるようなものだから、今後一切食べなくなる可能性がある。


 ――あたし、甘かった。甘いもの好きなんて、おこがましい。ふふふ、目の前に砂糖がある。スイーツ好きなのに、嫌いになりそう。


 被害者は、一週間ほど雇われていた人間のお菓子大好き少女だった。砂糖の山といえるスイーツを風神様に食べさせられた彼女の勇姿は忘れない。断れない立場が悲しい悲劇を生んだ事件である。


「コックーニの新作は後で好きなだけ訊いてください。まあ、ユーリは食べないと思いますが」


「はい、店長! 食欲ありません」


 なんとなくノリで敬礼する。砂糖という戦地に向かわなくてすんでよかった。コックーニさんも糖分スイーツだって教えてくれればいいのに! あの発言は不親切だ。


「――さて時間です」


 懐中時計をポケットにしまうと、店長が手を叩いた。午後のお仕事開始である。

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