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 今日も和風のお店で元気に働いているけれど、少し不安になることがある。それは、次は料亭のようなお店になるかもしれないという予想だ。


 最近、店長は私が読んでいた料亭百選の雑誌を熱心に見ている。行きたいとは思うが、働きたいは思えなかった。料亭に似合うほどの礼儀作法を私は身につけていない。


 和風カフェの雑誌を置いておくべきだったのかもしれない。猫カフェといったものでもいい。どんな猫がお店にいることになるだろう。神様と猫。似合う方もいるけれど、無理な場合が多かった。


 猫を触りたい。狐でも十分だ。動物に癒されたいっ!


 今度、動物型の方にお願いしてみようかな。無礼なと言われて、死亡フラグが立たない相手を探すのがまず最初にしないといけないことだろう。有力候補は、猫神様か、神使の狐様かな。狸様もいい。


 目の前に広がる惨状から現実逃避を続けていると、ぽすんっとお客様が抱きついてきた。


「お客様?」


 ぷるぷる身体を震わせるのは、ふわふわとした柔らかな茶色がカールした子供だ。黒色の瞳をうるうるさせている姿に、脳裏にチワワがよぎった。


「怖いよ、怖いよぉ」


 ショタな貧乏神様は、泣き虫である。大変愛らしい姿は子犬のようで、きゅんとする私は悪くない。年齢は私より遥かに上だが。


「家に帰るぅー!」


 そっと頭を撫でれば、怒られることなく、私のお腹にぐりぐりと頭を押しつけてきた。貧乏神様と仲良くして、貧乏にならないか不安だ。心配する必要はない、と言われたけど不安は消えない。


 私も帰りたい気持ちを理解できる。現在、ナルシストな戦神様と細かいことを気にしない闘神様が文句を言い合っている。


 口だけですめばいいのに、なぜ手が出る。戦闘系だから仕方ないのだろうか。おのれ、体育会系め。拳での青春は外でやれ。外で! 怖くて直接言えないけど。


 神様の戦いを肴にして、日本酒をぐびぐび飲む方がいる。見世物として楽しむ方もいる。自分の身を守れる神様は、私から見れば恐ろしい状況を一つのパフォーマンスとして満喫していた。


 だめだ、神々の戦いは止まらない。勝手に鎮火するように待つしか人間にはできないのだ。身の程知らずに止めに入れば、命の保証がないだろう。


「ユーリ、止めてきてよぅ。ボクの抹茶プリンが……」


 いくら可愛い子犬の願いでも叶えられるはずがない。人間には止めることなど不可能だ。多少は戦闘範囲が狭かろうが、あの被害地域は危険である。


「無茶言わないでください。抹茶プリンなら、新しいものをすぐにお持ちします」


 ナルシストになっても仕方のない美しい顔立ちの青年は、紫の髪と瞳が神秘的で美しい。戦神様だなんて嘘のようだ。背景に薔薇を背負っていそうである。


 戦神様に向けて斧をぶんぶん振り回す闘神様は、真っ赤な炎を思わせる色合いで情熱的な見た目である。あるいは暑苦しいといえる感じだ。


 どんな理由で戦い始めたのかわからないが、巻き込まれた貧乏神様は不憫だ。一口だけ食べて、残りは宙に舞ったらしい。


 ぼろぼろと大粒の涙を流す貧乏神様が可哀想で、ポケットからハンカチを取り出して涙を優しく拭いた。


「ユーリ?」


 きょとんと瞳を瞬かせる貧乏神様に土下座をしたくなった。人間のハンカチで拭かれるのはいやだったのかもしれない。涙は止まったようだけど、拭く前に一言くらい許可を取ればよかった。


「申し訳――」


「ユーリは優しいねぇ、変わってるねぇ」


「ありがとうございます。それでは、抹茶プリンをお持ちしますね」


「うん!」


 笑顔で離れてくれた貧乏神様に早く抹茶プリンを届けよう。また泣かれたら大変だ。


「コックーニさん、抹茶プリンをお願いします。あの、コックーニさん?」


 重苦しい雰囲気を漂わせ、膝を抱える男がいた。一体、何があったんだろう。


 コックーニさんの眷属である方々が励まそうと頑張っている。眷属の方々は、見た目は違うが雰囲気が似ているため、まるで大家族のようだ。


「あ、ユーリさん! 励ますの手伝ってください」


「なんですか、これ? コックーニさん、生きてますか?」


「ユーリさん、ひどい。生きてますよ。ただ落ち込んでるんです! コックーニ様は傷心中です」


「私にさんはいりませんよ。みなさまの方が先輩ですし、神様に類する方々なんですから」


「ユーリさんはユーリさんですよー。コックーニ様は、ミリオ様の発言に傷ついてまして」


「困りましたよね。なんとか今は調理可能な注文ですけど、コックーニ様がいなくちゃ!」


 ずうんっと音がしそうな落ち込み具合は、どうやら店長が原因らしい。とりあえず、まずはお客様の問題を先に解決しなくては……決して、コックーニさんの相手が面倒というわけではない。お客様は大事。


「抹茶プリンをお願いします」


「ひどいっ、なんて冷たいことを!」


 文句を言いつつ、コックーニさんじゃなくても調理可能の抹茶プリンを手際よく作っていく彼らはさすがだ。


「コックーニさん」


 膝を抱える相手の名を呼ぶ。真名ではなくても、使い古された名前は意味を持つ。きちんと呼ばれることで、その思いは相手に届くのだ。神様ならなおさら、思いは届く。


「後で手作りのクッキーあげますね。コックーニさんには敵いませんけど、美味しくできましたから」


「……お前の手作りか。そうか、ミリオにもきちんと渡せよ。それから俺の眷属たちにも」


 相手を思って作られたものは、とても美味しいらしい。普通に私が作ったものより、コックーニさんたちが作った方がすごく美味しいと思うのだが、彼らには私が作ったものの方が美味しいそうだ。


 まったくもって謎だが、神様にとっては、満足できる奉納品となる。感謝の念をこめられたり、畏敬の思いが詰まったものを食べると力が湧いてくるとか。さすがは認知度が力に換算される神様だ。自分たちが持っている力にプラスされるとか、なんとか。


 詳しいことはよくわからない。まあ、知っても私には関わりのない話だ。たくさん思いを込められた食べ物を口にしてもパワーアップできない人間には、わからない世界だもの。


「コックーニ様っ!」


「さすがは我らがコックーニ様!」


「一生ついていきますー!」


 胴上げを始めた調理場から、完成した抹茶プリンを取る。


「これ、持っていきますね」


 人間と同じように冷蔵庫を利用することもあれば、時間の問題でさっと神力で冷やしたり、固めたり、温めたり、焼いたり、なんでも自由自在。お客様を待たせたない素晴らしい精神だ。見習いたいほどのサービス力は、神様だからできること。


 私に何ができるかよくわからないけれど、私ができることをするしかない。まずはこの抹茶プリンを早く届けてあげよう。

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