一
祖母は人と接する仕事が大好きな人だった。気遣い、気配りが完璧。相手の気持ちに共感し、求めるものを言われる前に理解する。だから、他の人には言わないはずの不安や悩みをぽろりぽろりと祖母には言ってしまう人が多かった。
まるで魔法みたい。
そう幼い頃に思った私には、祖母がきらきらして見えた。すごく憧れた。羨ましいと感じたのだ。
いいなあ、誰かに必要とされるなんてすごい。
接客業の仕事をやりたくて、探して探して探しまくった。そして、私が半ば諦めかけていた時に、携帯メールに一つの募集要項が届いた。
自分の希望する職種があれば、メールで教えてくれるように設定したいたけれど、あまり惹かれる場所がなかった。惹かれたとしても落ちた。そんなことを繰り返していると、もうどこでもいいやの精神が芽生えてきてしまう。
そんな私に届いたのは、とあるレストランでのお仕事。初任給にしては給料が高過ぎて、怪しさ満点だ。普通の給料にゼロが一つ多いから、担当者の書き間違いかもしれない。危険手当てあり、接客が主だというホール担当を募集中。お客様が希望した場合、キッチンでの料理もしなければならない。
怪しさを感じた。聞いたことのない店名を検索にかければ出てこない。載せられている地図は、まさかの駅前集合。お店の場所について記載はなし。
どうやってお店に行けと?
顔をしかめた私は、応募する気が起きなくて、メール文をすぐに削除した。そして、どこかにいい職場がないかと検索してみる。
「ん?」
メールを削除して数分後。ふわふわ飛ぶ手紙を猫が追いかけるイラストが、メールが届いたことを教えてくれる。
確認してみれば、また同じ内容が届いていた。私は再び送られた『レストラ』の募集要項をじっくり読み込んだ。
そこには、新しく追記文が付け加えられている。駅にて『お客様は神様です』と呟いて、電車に乗るようにと指示が書かれていた。
「誰の悪戯なんだろう」
溜息をつきながら、就活でぴりぴりしている私は息抜きにこのおかしな悪戯を実行する気になった。
駅に向かい、指定された切符を購入する。今いる駅から一駅先だ。遠い場所を指定されたら切符を購入せずに帰ったかもしれない。
どうせ、一駅先に行くなら、友人の家に突撃訪問でもしようかな。いや、迷惑だろうから今回はケーキ店に寄ろう。美味しいのはわかっているけれど、わざわざケーキを購入するためだけに行くことはない。ちょうどいい暇潰しになるだろう。
改札口を通る前に、私は「お客様は神様です」と呟いた。
電車に揺られて数十分、駅に到着して改札口を抜ける。そして、私はぽかんと口を開けた。目の前に広がるのは、私の知っている一駅先の場所ではなかった。
急激に都市開発が進んだとしてもおかしい風景だ。見慣れた日本の景色はなく、煉瓦の家が並んでいる。ビルが一つも存在しないその場所をぽかんと見つめ、私は外に出た。
道案内用の掲示板を見つけ、確認してみる。煉瓦通り、屋敷通り、屋台通り――名称がおかしい。
「どういうこと?」
意味がわからない。携帯を確認すれば、圏外のマーク。
あのメールが原因だ、と焦りながら内容を確認する。応募する方は要連絡の文字があり、その下にはメールアドレスと電話番号が書かれている。
連絡先が書かれていようと、圏外だからどうしようもない。頭を抱える私は手を滑らせた。
「はい、お電話ありがとうございます」
電話が繋がった……? なんで?
疑問に思いながら、異常事態から救ってくれる唯一の手がかり。とにかく、応募しようと思ったこと。場所確認のため、応募先に行こうとしたこと。自分の現状といる場所を説明した。
「かしこまりました。それでは、迎えの者が行きますので少々お待ちください」
「いえ、そんなご迷惑――」
「危険ですのでお待ちください。応募される方はもちろんのこと、採用後も慣れるまでは送迎させていただきます。そういう決まりです」
場所さえ教えてもらえたら一人で行ける。だから、大丈夫だと伝えることはできなかった。
すでに電話は切られ、再度コールしても繋がらない。仕方なく迎えを待った。
迎えに来てくれた人に案内され、ミリオ店長と面接をした。すぐに合格通知が出され、おかしな説明をされた。意味がわからなくても、現状を納得できる理由になったから、とりあえず受け入れたけれど。
メールが届き、この場所まで辿り着くことができれば合格。
接客するお客様は神様のため、失礼な行動は控えること。危険なことはなるべくないと思うが、危険手当てがつくので安心して欲しい。
不合格になったり、仕事を辞める時には記憶をなくすので、周りには言いふらさないこと。もし、言いふらしたとしても理解できないだろうけど注意。
等々、とりあえず説明が続き、マニュアルが手渡された。ツッコミどころ満載ながら、私は帰宅してマニュアルを読んだ。
よくわからないまま明日から、仕事は早速スタートした。これが今の職場に内定をもらうまでの道のりである。