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十一

 知らない場所どころか、見える景色はがらりと変わっていた。上も下も真っ暗で、視界がなかなか慣れない。狐さんを呼びながら、私は座り込んだ。触っても手には何もつかないけれど、床は土の感触に似ている。


 暗闇は怖かった。明るさがないとここまで恐ろしいものなのか。知覚できない世界は、理解できないから恐怖を抱く。


 だから、人間は明るさを求め、光を作り出したのだろう。火から始まり、電気を使用するようになった。星や月の光では足りなかったから、夜を照らすものを作ったのだ。


 夜に輝く街並みを思い浮かべながら、目が暗闇に慣れたら狐さんを探しに歩くべきか考える。


 けれど、歩き回るには問題があった。移動したら見つけてもらえないかもしれない。立ったままだと、視界の悪さで何かにぶつかる可能性もある。


「……どうしよう」


 ポケットに入れていた携帯を確認すれば、圏外の文字。面接を受けた時、圏外でもなぜか電話が『レストラ』には繋がった。そのことを思い出した私は願いを込めて、電話をかけてみる。


 しかし、雑音混じりの音が響くだけで繋がらない。連絡できない状況に不安が押し寄せてくる。


 それにしても、ここは一体なんだろう。今までこんな場所に来たことはなかった。わけのわからない現象が起きるのは、ありえない場所では普通のことだ。ただ、こんな出来事に巻き込まれたのは初めての経験である。


 お店での不可思議な現象は、店長のミリオさんやコックーニさんに眷属さん。それから、顔見知りとなった神様が側にいた。


 暗闇の中でひとりぼっちになったのは初めての経験だ。そこまで考えて私は首を傾げる。違和感を感じたのだ。胸の奥で何かがざわめいている。


 暗闇の向こうで明かりが揺らめいた。灯籠の淡い光のような明るさが、ぼうっと浮かびあがる。いや、それは提灯なのかもしれない。揺れながら近付いてくる光に緊張が高まった。


「狐さん?」


 小さく呟いたけれど、すぐに違うと気付いた。狐さんじゃない。知っている相手とも思えない。


 冷や汗が背中を伝っていく。本能的に近付いていいものじゃないと感じた。動いたら、相手に気付かれてしまうだろうか。それとも、走って逃げるべきだろうか。


 光が近付いてくる。

 そして、音も近付いてくる。


 ずるずるずりっ。


 響き渡る音は恐怖を増加させていく。何かを引きずるような重さを感じさせ、空間を支配するように木霊する。見えない相手が暗闇で動いているのだ。得体の知れない存在への恐ろしさに身体が震えた。


「――――っ」


 零れそうになる悲鳴を押し殺し、私はそっと細心の注意を持って立ち上がる。逃げなければ、という意識が私の背中を押した。


 走り出してすぐに足を何かに捕まれて倒れ込んだ。ぬるりとした感触が絡みつく。


 御守りをきつく握りしめ、一心に助けを求める。求めながらも、記憶をなくしたくないと思う自分が少しだけおかしかった。だからだろうか、御守りは微かに光を放つけれど、この場所から逃げ出せない。


 どうしよう。どうすればいいんだろう。焦りだけが私の中でぐるぐると回っている。


 解決策なんて何も思い浮かばなくて、助けを求める願いは叶えられない。


 暗闇よりもなお暗い生き物がぬうっと現れた。いつの間にか目の前に化け物が存在している。人の形をしていないそれは、奇妙なお面を被って私を見下す。


 靄のような神様がいた。意味のわからない形の生き物がいた。人の形をとっていない神様、妖精や精霊などもいるが、彼らとは明らかに目の前にいる相手は違う。


 見ていると恐ろしい。畏敬の念ではなく、本能が恐怖を叫んでいる。悪寒が走り、冷や汗が吹き出してくるのだ。


 ふと浮かんだのは、店長が口にしていた邪神や堕神というもの。出会ったことはないけれど、目の前にいる相手は、神様というよりも化け物の称号が似合う。


 片手に提灯を持った化け物がすうっと手を伸ばす。腕らしきものから、べちゃべちゃと泥のようなものが落ちていく。


 嫌な匂いがした。落ちたものからは、灰色の煙が出ている。何かが腐ったようなきつめの匂いに眉を寄せてしまう。ぼんやりとした明かりに浮かぶ見た目、吐き気がする臭さに気持ちが悪くなった。


「うっ」


 袖で少しでも匂いから逃げようと鼻を隠し、身体に悪そうなものから身を守るために息を詰める。


 足に絡みつく何かを蹴り飛ばし、反射的に後ずさり相手を見据える。どんな行動に化け物が出るのか緊張していると、それは腕をさらに伸ばした。掴まらないくらいの距離を取ったはずなのに、手が不自然に長くなったのだ。


「ひっ、や、やだ」


 痛いくらい握りしめた御守りに祈る。ただひたすら、逃げたくて、助かりたくて願う。


 神様を信じている敬虔なものではなく、いることを知っているからでもなく、出会った神様へ救いを求めた。


 神頼みするしかない自分が情けなくて、力がないことをわかっているのに空しくて、どうにもできない状況が辛い。


 私に数ミリで触れそうになった手は、淡い光に弾かれた。掌の中にある御守りが助けてくれたのだ。


 助けを求める声に応えてくれたけれど、効果は薄い。霊力を使わなくとも、神様と繋がることができたら安全な場所に転送してくれるはずの御守りは、淡く光を放つだけで力がそんなにないのだろうか。


 もしくは、ここで築いた思い出をなくしたくない、という願いが御守りの効果を邪魔している可能性もある。


 なんにせよ、戦えない。私は一般人なのだ。武術を習っているわけではないし、魔法や超能力が使えるような人間でもない。唐突に何かの力に目覚めるなんて、ご都合主義は起こらないのである。

 相手が怯んだ隙になんとか走り出したけれど、出口がどこかわからない。闇雲に走り回るのは体力の無駄だってわかる。わかっているが、一刻も早くあの場から離れたかった。


「オオオオォォォ!」


 御守りに邪魔されたことを怒っているのだろう。不気味な声が空間を震わせた。後ろから聞こえる声に耳を塞ぎたくなりながら、私はひたすら走る。


 今の状況が危険すぎて、トラウマになったら私の記憶はなくなってしまう。御守りが私の霊力を使いきったらこの不思議な場所へ来れなくなる。そんな事態になるのは避けたい。


 化け物が手を伸ばした時に腰が抜けそうになったけれど、なんとか意地で保った。でも、身体は恐怖に震えてしまう。立ち止まれば、すぐにへたりこんでしまいそうだ。


 だから、私は走る。足を動かし、化け物から逃げるのだ。


 なくしたくない思い出ができたから、楽しく過ごせるお店が好きだから、あの空間が大切だから――恐怖を覚えつつも、暗闇の出口を探す。

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