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叔父とわたし  作者: 周五
8/13

せわをやく

 叔父が外から戻ってきた。


 雪まみれである。


 来シーズン用の薪をいまのうちから伐っておくとのことで、冬の晴れ間をねらって森へ入っていったのだが。


 厚手の防寒着を着ていたため、雪で真っ白になった叔父は、熊というより雪だるまである。


 わたしはあわてて椅子を暖炉近くに移動させた。


 玄関マットの上であらかた雪を払った叔父は防寒着を脱ぎ、コート掛けにかける。


 わたしは叔父の腕をとり移動させた椅子に座るようにすすめ、自分は台所で水の入ったやかんを火にかけ、洗面所から大きめのタオルを取りに行く。


 取ってきたタオルを叔父に渡すとちょうど一人分のお湯が沸いたので、コーヒーを淹れる準備をする。


 叔父がタオルで頭や体を拭き終わるのを見計らってコーヒーを持っていく。


「ありがとう」


「いつものことだし。叔父さん濡れて帰ってくるの」


 タオルを受け取り、洗面所へ向かう。


 洗面所に入り、ドアを閉めてから。


 叔父の使ったタオルを胸に抱き締める。


 自分の顔が赤くなっているのがわかった。


 叔父を可愛いと思う。


 年齢は多分父と同じくらい。だから、可愛いなんて形容はしてはいけないのだろうけれど。


 雪まみれになったあの姿。


 作業が予定通りすすまなくてがっかりしながら帰ってきたのだろう、肩を落として。


 長く森に住んでいるはずなのに、いまだに天候のかわり目を判断するのが下手で。


 この国の冬が長くてよかったと思った。こんなふうにふれ合える。


 この国は大陸の北のほうに位置していて、1年のうちの3分の1は冬である。


 残りの季節もそんなに気温が高くなることはない。


 南にある国に憧れたりもした。


 そこでは、暑い日には水着になって川や海で泳いだりするという。


 水着自体も必要ないから持っていない。なんでも下着に似たかたちなのだとか。


 そんな姿で外へ出て、恥ずかしくないのだろうか?


「ノアザ?」


 洗面所でずいぶん妄想にふけっていたらしい。叔父が呼びにきた。心配そうな声である。


「大丈夫か?」


 タオルを洗濯かごに放り込み、わたしは慌ててドアを開ける。


「大丈夫。ごめんなさい。少し考えごとしてだだけ」


 わたしはうまく笑えているだろうか。


 この恋心は知られてはいけない。


 わたしは叔父にとってはただの姪なのだ。わたしもそうでなければならない。


 叔父を困らせたくはない。


「考えごと…って、まさか」


 叔父がはっとした表情になり、わたしの両肩を両手でつかみ、向かい合わせた。


 わたしを見つめる、真剣な黒の双眸はこころなしか潤んでいるように見える。


 もしかして、気付かれた!?


 見つめあっているという状況も忘れ、わたしの背中を厭な汗が流れつたう。


「やっぱり街のほうがいいのか?」


「は?」


「森は寒いし不便だから、街で暮らしたいよな」


 どうやら、わたしがホームシックにでもかかっていると思っているらしい。


「そのうえおれの世話まで…」


 叔父ははぁ、と溜め息をついた。


「保護者失格だな」


「そんなことない!」


 自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。


 叔父も目をまるくしている。


「わたしは、ここに来られてすごく幸せ。街なんかよりずっと」


 だって、叔父さんがいるもの。


「お世話だって…一緒に住んでるんだから、あたりまえでしょ?」


 大好きな叔父さんのお世話ができるんだよ? 迷惑なわけないじゃない。


「ノアザ…」


 叔父がわたしの体を引き寄せ、抱き締める。


 たくましい胸から規則正しい心臓の鼓動がきこえる。


 わたしはとても冷静ではいられなかったけれど、抱き締められたことが嬉しくて。


 両手をそっと叔父の胸にあて、上を向き、大好きなひとの顔を見る。


 叔父は、微笑んでいた。


 ところどころ跳ねている癖の強い硬い髪もいまは濡れて落ち着いている。水分を含んだ髪と同じ色で同じように濡れた黒い瞳。


 髭は相変わらずもさもさしているけれど、よく似合っている。


 湿った服のせいで、密着度が高い気がする。


 どうしよう。


 目が離せない。


 抱かれたことによって想いは加速する。


「叔父さん…」


 熱の籠った女の声。


 ―――これはわたしの声?


「ごめん、苦しかったか」


 その瞬間、わたしの体から叔父が離れた。


 え?


 告白しようとして開きかけた口がその形のまま、止まる。


「おれ、力加減うまくできねえし。悪かったな」


 急速に冷えていく体と心。


「むやみに抱きつくクセもなおさなきゃならんな…」


 ぶつぶつ呟きながら、さっさと部屋に戻ってしまう。


 いま、なかなかいい雰囲気だったような気がするのだけれど。


 わたしも流されてあやうく告白しそうになっていたし。


 叔父が鈍感でよかったのか、悪かったのか。



叔父さん…ひどいよ。

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