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叔父とわたし  作者: 周五
3/13

すてられる【3/3】

 わたしは、すてられる。




「もうすぐ着くからね」


 乗り合い馬車に揺られながら、隣に座る伯母が言う。


 ずいぶん遠くへ来てしまった。


 見える風景は、あたり一面緑色。目的地は田舎というよりも、森。というよりは山。


 少しまえまではぽつぽつとあった家も、いまではまったくない。


 手入れのされていないまとまって立っている木々と何年も手入れされていない荒れた畑が延々と続くだけ。


 これからのことを考え、わたしは伯母に気づかれないように小さく溜め息をついた。



 両親が事故で死んだのはわたしが5歳のとき。


 わたしはまだ幼くて、大好きな父と母がもうこの世界のどこを探してもいないのだということを受け入れられずにいた。


 棺におさめられた両親の遺体をみることは叶わず(事故での損傷が激しく、子どもがみるべきではないと大人が判断した)、葬儀も埋葬も役所に出す諸々の手続きもすべて周りの大人たちがやってしまったため、当事者でありながらすっかりかやの外におかれてしまったわたしは、最後のお別れをしそこなってしまった。


 すべてが終わり、次に問題となったのはわたしの処遇。


 誰もわたしを引き取りたがらなかった。


 あたりまえだ。


 5歳の子ども。しかもたいして親しいわけじゃない。



 やっかい事はごめんとばかりに、部屋の隅で押し付けあいをしていた。


 わたしは、もう、どうでもよかった。


 父と母のいないこの世界、生きる意味なんてない。


 大好きだった。


 穏やかで無口な父。それとは対照的におしゃべりな母。性格もまったくちがうし、趣味や食べ物の好みもそれぞれ別。でも、ふたりはとてもうまくいっていたし、わたしが知る限り喧嘩はもとより言い争いなどしたことがない。お互いを尊重し、大切にし、愛していた。


 わたしのことを愛してくれたし、わたしも両親を本当に愛していた。


 わたしは、この幸せな日々が永遠に続くと信じていたのだ。


 やがて、大人たちの話し合いに決着がついたのか、ひとりぽつんと椅子に腰かけているわたしに女のひとが近づいてきた。


 女のひとは、自分が母の姉であることを告げ、わたしをしばらく預かると言った。


 のろのろと顔をあげ、そのひとの顔をみる。


 女のひとの目にはわたしに対する愛情など微塵も浮かんではいなかった。


 伯母なのだ。母に少しは似ているところもある。たとえば髪の色、顔のつくりなど。


 しかし、わたしはこのひとに会うのは今日が初めてだし、同じ血が流れているとは到底思えなかった。


 次の日、伯母が帰るのと一緒に、住んでいた家を出た。


 あまりの急な引っ越しで、わたしは自分の持ち物のそのほとんどを置いていかざるをえなかった。


 父にもらったぬいぐるみ、母に縫ってもらった洋服。大切にしていた絵本、わたしが描いた両親の絵…すべてを置き去りにした。


 なんとか持ち出したのは、母のブローチ。


 金細工でできた台に赤い宝石がはまったもの。母がこれをつけているところは見たことがなかったけれど、鏡台の引き出しにしまっているのをときおり出してはじっと眺めていたのは知っている。


 母の、ブローチを見つめる瞳が、わたしを見るそれに似ていて。


 それだけで、とても大事なものなんだとわかった。


 だから、これだけは持っていきたかった。否、持っていかなければならなかった。いまとなっては母の形見。



 それから伯母とは10年間一緒に過ごした。


 親代わりとしてさまざまなことを助けてもらったし、学校にも通わせてくれた。


 わたしは伯母にとても感謝しているし、身内に対する情だって湧いた。だから、伯母もそうだと思っていた。


 わたしと同じ気持ちだと。


 でも、違った。


 義務教育を終了する月の1ヶ月まえ。


「私との生活は終わりよノアザ。これからは別のところに住むからね」


 わたしは伯母の言葉の意味がわからなかった。


 別のところに住む? 引っ越すの?


「私は引っ越しなんてしないわよ。するのはアンタ。アンタを養える人間がみつかったの。だからそこへ連れてってあげるわ」


 意味はわかる。だけど、頭が理解しようとしない。


「行くのは学校を卒業してからだから来月ね。いまから荷物をまとめておきなさい。残ったものは全部処分するから」


 伯母はわたしの気持ちなんておかまいなしに、どんどん話をすすめた。


 わたしはここを出ていきたくない! のどまで出かかった言葉を飲み込んだ。


 伯母の顔が、声が喜んでいたからだ。


 このひとは、わたしがいなくなることを望んでいる。


 10年間、伯母はなにも変わっていなかった。このひとにとってわたしはやっかい者でしかなかったようだ。


「もし高等教育を受けたければ、そのひとに頼むのね。私にはアンタにそこまでしてあげる義理はないから」


 話はこれで終わり、と伯母は部屋から出ていってしまった。


 わたしは結局一言も口にできないまま、伯母の一方的な言い分を受け入れた。


 あのひとが口にしたことは、すでに決定事項なのだ。覆ることは、ない。


 きっと先方にも話が通っているのだろう。


 多分伯母がゴリ押ししたにちがいない。


 自分のことながら、相手に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 あと1ヶ月。荷物もだけれど気持ちの整理もつけないといけない。


 わたしは、大きな溜め息をついた。


 涙は出なかった。



 山のふもとにひろがる深淵なる森の手前で馬車が停まった。ここが目的地の最寄りの停留所。そして終点でもあるらしい。わたしたち以外に客の姿はなかった。


 もう日が暮れようとしていた。家を出たのは明け方だったはず。半日以上馬車に揺られていたのだ。お尻と腰が痛い。


 馬車を降り、伯母のあとに続いて歩く。どちらも無言。


 最後までこうなのか。


 どんどん森の奥に入っていく。道らしきものはかろうじてあるけれど、進む目印程度の役割しか果たしていない。


 後ろを振り返ると、鬱蒼と茂る木々がわたしたちの入ってきた森の入り口を隠してしまっていた。


 本当にこんなところにひとが住んでいるのだろうか?


 わたしを引き取りたい相手などはじめからおらず、伯母はつくり話で油断させ、わたしをここに置き去りにするつもりなのでは…


 前を歩く伯母の背中に視線を向ける。


 とにかく、ついていくしかない。はぐれないように、見失わないように。


 幸い、荷物はあらかた事前に送ってあるので持参している物は少なく、歩くのに支障はない。靴も踵の低いものを履いている。


「あった…」


 伯母が突然立ち止まったので、わたしはぶつかりそうになった。


「伯母さん?」


 伯母の横に並び、その視線の先を見つめると、そこには一軒の家があった。


 木造のかなり年期の入った家。見た感じは古いが、手入れがされているのでみすぼらしい印象は受けない。


 ここだけは森もひらけていて太陽の光も入ってくるようだ。


「さて、ごあいさつしなきゃね。ついておいで」


 伯母が再び歩き出す。


 わたしはゴクリとのどを鳴らした。

 

部屋の隅で押し付けあっているように見えたのは、実は、みんな引き取りたかったので揉めていました。

ややこしくて、すみません。

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