あわてる
わたしはもぞもぞと毛布から顔を出した。
窓に差し込む冬の光は、雪に反射してきらきらと輝いている。
ああ、夢だったんだ。
まだ寝ぼけてぼんやりとした頭で納得する。
叔父が好きだと言ってくれたのは、わたしの願望が見せた夢。
目が覚めたいま、すべて消え失せ、いつもの日常がはじまる。
わたしは叔父に片思いのまま。
なにも口に出せず、表面では姪のノアザを取り繕い、心で泣くのだ。
なんて幸せな夢だったのだろう。
叔父が自分だけのものになる。
わたしを見つめる熱っぽいまなざしも。
愛を囁く低い声も。
わたしを抱き締める力強い腕も。
すべて。
そして、熊のようながっしりとした体で、わたしをなにものからもまもってくれるのだ。
なんという、都合の良い。
わたしの妄想に付き合わされた叔父がかわいそうである。
顔が冷たい。
さっさと着替えて、居間へ行こう。そこには、わたしを待っているひとがいるから。
居間では、叔父が暖炉に薪をくべていた。
テーブルのうえには、すでに朝食の用意ができている。叔父はいつものように、わたしが来るまで手はつけない。
ドアが閉まる音で叔父は、わたしが部屋に入ったことがわかったらしい。振り返らずに言う。
「おはよう」
「…おはよう」
夢の内容が思い出され、叔父を意識してしまったわたしの声は自然と小さくなる。
なんだかうしろめたくて。
わたしは自分の席に座らず、暖炉の前で黙々と作業する叔父の広い背中を見つめていた。
ぱちん!
その瞬間、ふいに薪がはぜた。
「うわっ」
叔父が暖炉から慌てて離れる。
しばらくして、あたりにたちこめる焦げ臭いにおい。
「叔父さんっ!?」
なにかが燃えたようなにおいは叔父のほうから漂ってくる。
「大丈夫…」
振り返った叔父は顎のあたりを手で触っていた。
「あっ」
わたしは思わず小さく悲鳴をあげる。
叔父の顎髭が焦げていた。
どうやら、薪がはぜて火の粉が飛び、叔父の髭を焼いたらしい。
やけどを負ったのでは。
わたしは叔父に近寄り、つま先立ちになるとうーんと背伸びをして、叔父の髭の焦げ具合をこの目で確かめようとした。
これだけ努力しても、背の高い叔父の顔にはまだ届かない。
あと少しなのにと思っていると。
叔父が顔を寄せてきた。
ちゅ。
「!?」
わざと音をさせてキスされる。
ええっ!?
びっくりして、その場で尻餅をつきそうになったのを叔父がわたしの体を抱えることによって回避した。
「どうした?」
こともなげに叔父が言う。
慌てふためくわたし。
「叔父さっ…いまな、なにを…」
わたしは叔父の胸に両手をつき、自分のからだをささえ、なんとか体勢を整えることができた。
「なにって…ノアザが顔を近付けてくるからてっきり、おねだりされたのかと」
ぎゅう、とわたしを抱き締める叔父の腕に力がこもる。
夢じゃ、なかったの?
頭のなかが大混乱。
好きだと言われたのも。愛してると囁かれたのも。
何度も口づけされたのも。
すべて、すべて現実に起こったことだというの?
叔父は焦げてちりぢりになってしまった顎髭を撫で、顔をしかめる。
「剃らなきゃならん、か」
「えっ」
「なんだ?」
「髭、剃っちゃうの?」
すごく似合っているのに。
熊みたいで…とは言えず。
「もともとこだわってのばしてたわけじゃない。剃るのが面倒だっただけだ」
叔父はわたしの体を離し、顎をさすったまま洗面所のほうへと消えていった。
しばらくして戻ってきた叔父のさっぱりした顔を見て、わたしは絶句する。
だれよこれ。
つるんとした顎を撫でながらテーブルにつく叔父は、別人といってさしつかえなかった。
もっさりとしていた髭で隠れていた顎はたくましく、それでいてすっきりとしている。
叔父本来の顔は、だれが見ても男前というであろうものであった。
彫像のように無機質な、冷たい感じのそれではなく。血の通った、あたたかみのある野性的な顔つき。
髭のある叔父に恋したのだけれど。
髭のない叔父をも好きになろうとしている。
もっさりとした、熊のような叔父が好きだったんじゃないのかと自問する。
「早く座れ」
わたしの凝視をさらりと受け流し、叔父は涼しい顔でわたしを席へとうながす。
「詐欺なんだけど」
うつむき、ぽつりと洩らしたわたしの本音。
“髭を剃ったら男前”なんて、“眼鏡を外したら美少女”と同じくらい使い古されたフレーズじゃないか。
「ぶつぶつ言ってないで、早く食べろ」
叔父が、森の奥の隠者でよかった。
競争相手があらわれたら、負ける気しかしない。
叔父さんについては、テンプレですね。ノアザがみなさんのかわりにつっこんでくれています。




