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叔父とわたし  作者: 周五
1/13

すてられる【1/3】

初投稿です。

つたない文章ですがよろしくお願いします。

 わたしは、すてられる。




「で?」


 男のひとの低く、くぐもった声。とても不機嫌そう。


 ほんの少しまえ。


 わたしと伯母は男のひとの住んでいる家にたどり着いた。


 山裾にひろがる大きな森の奥ふかくにこの家は建っている。こんな辺鄙な場所に住んでいるなんて、よほどの変わり者だろう。


 そんなわたしの推測は、あたらずといえども遠からずだった。


 母方の伯母の無遠慮で乱暴なドアのノックにしばらくしてから現れたひとは…熊だった。


 だから森に住んでいるのか。


 わたしは変に納得してしまった。


 熊…もとい男のひとは、仁王立ちになっている伯母を見て溜め息をついたようだったが、そのままドアを閉めてしまうようなことをせず、わたしたちを中に入れてくれた。


 それにしても大きい。


 伯母は女性にしては背の高いほうだ。街をゆく男性たちにまぎれることなく顔が確認できるくらいには。その伯母と向かい合ったかたちで立っているこの男のひとは、それより頭一つは確実に大きい。


 背が高いだけじゃない。


 がっしりとしている。


 長袖のシャツは長い間着ているのかかなりくたびれている。黒の長ズボンも然り。けれどちゃんと洗濯しているらしく、とても清潔に見えた。


 2人から少し離れたところの椅子に座っていたわたしは、できるだけ話の邪魔にならないようにじっとしていた。


 じっとはしているものの、男のひとの観察は続けてしまう。


 木でできたテーブルに伯母と向かい合って座る男のひと。


 夜空のような黒い髪と目をしている。黒曜石のようなその瞳はいまは伯母に向けられ、とても険しい。


 高い鼻、そして口許は髪と同じ色の髭で覆われている。顎から耳の下あたりまであるそれがもっさりとしていて顔の輪郭を隠していた。つまりは顔の下半分が髭なのである。その風貌がわたしに彼を熊だと連想させた要因のひとつであることはまちがいない。


 男のひとは椅子を引き、背もたれに体をあずけ、長い足を投げ出して座っている。


 これからはじまる話し合いが彼にとっては面倒なのだろう。体全体からその感情が読み取れた。


 わたしは男のひとから視線を外してうつむく。


 どうやらここでもわたしはやっかい者らしい。伯母はわたしに愛情をもって接してはくれなかったけれど、それでもここまで不機嫌な態度をとられることはなかった。この10年間、生活をしていくぶんにはなにひとつ不自由なことはなかった。


 伯母は、本当に、わたしを、ここへ、置いていくつもりなのだろうか。


 すがるような目で伯母を見つめる。


 しかし、伯母は目の前の男のひとと話すのに夢中で、わたしのことなどすっかり忘れてしまっている。


「ずいぶんなあいさつじゃない。はるばる遠くからやって来た身内に対する態度?」


「身内もなにも、初対面だろうが」


 その言葉にわたしは目を見開いた。


 伯母は…初めて会ったひとに対してこんな横柄な態度をとっているの?


「そんなことよりも、手紙と荷物、届いてるでしょ?」


 伯母は昔からひとの話をきかない。


 男のひとはあきれたように肩をすくめた。これまでのやりとりで、伯母のひととなりがわかったようだ。


「女の子の洋服やら小物類、あとは…出生証明書」


「無事届いてよかったわ。書類見たでしょ? 一緒に来たのがノアザよ」


 伯母はにやりと笑った。


 そこで、男のひとはわたしのほうを見た。


 その目を見て、わたしの心臓がドクンと跳ねる。


 だって、だって。


 伯母を見る目つきと全然ちがったから。


 険しかった目許がゆるみ、柔らかくなる。冷たいばかりだと思っていた瞳に暖かい光が宿る。


 わたしは、自分の顔が熱を発しているのがわかった。真っ赤になっているのだろう。呼吸が苦しくて、酸素不足の金魚のように口をぱくぱくさせた。こんな目で見つめられたのは久しぶりのことだったから。


 そう。遠い遠いむかしの記憶。


 まだ、父と母が生きていたころ。


 両親はわたしにいつもこんな目で話しかけてくれた。 


「フェンノアーゼ」


 男のひとが名前を呼んだ。


 わたしの、名前。通称である“ノアザ”ではなくて、洗礼名であり真名であるそれを。


 出生証明書にだって記されていない、自分とその親しい身内しか知らない名前。


 その名前を呼ばれたのは、実に10年ぶりだ。


「ようやく、会えた」


 男のひとの目が細められる。どうやら微笑んでいるらしかった。髭に覆われていて、口許は見えないけれど。


「フェン…? まあいいわ。手紙に書いた通りこの子ロースクールを卒業したの。私、いままでノアザのために自分の人生を犠牲にしてきたわ。だから卒業がいい区切りだと思って。これからはあなたにノアザの保護者になってもらいたいの。」


 6歳になった誕生日から15歳になる誕生日まで通うロースクールは義務教育と呼ばれている。よっぽどの事情がない限りこの国の子どもは必ず卒業しなければならない。うえにはハイスクールという高等教育もあるけれど、義務教育さえ受けていれば働くことができる。


 伯母の主張は一方的な押し付けでしかなかった。


 わたしはうつむき、膝のうえに置いた自分の両手を見つめる。


 みじめで、情けなかった。伯母の存在も恥ずかしい。およそ、ひとにものを頼む態度ではなかった。


「あなたを探し出すのに苦労したわ。住所が変わっていて、調べたらこんなところで隠居生活してるんだもの。卒業までに見つかってよかった。もちろん、イヤとは言わないわよね。あなたにとってノアザはかわいい姪だもの」


 姪。そう伯母は言ったのだ。


 つまり、この男のひとはわたしにとって伯父、もしくは叔父ということらしい。


 男のひとの視線がわたしから外れ、再び伯母の顔に戻った。彼の目はもとの冷たいものに変わり、わたしに対して微笑んだことがわたしの見間違いかもしれないと思う。


 しかし伯母はひるむことなく言葉を続ける。


「明日の朝にならないと馬車は来ないから、私を一晩泊めてちょうだい。家は広いようだし、なんならノアザと一緒でもいいわ」


 なんという図々しさ!


 男のひとだってきっとあきれている。突然やって来たと思ったら姪の保護者になれと迫り、そのうえ一晩泊めろという。

 男のひとは静かに立ち上がると


「ノアザの荷物が置いてある部屋に泊まるといい。ベッドはひとつだが女2人なら充分寝られる。他の部屋は掃除してないんでな、我慢してくれ」


 そう言ってさっさと部屋を出ていってしまった。


 取り残されたわたしたち。


 最後の一言は、どちらに対して言った言葉?




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