0日目 夢の中のおじさん
―不味い、暑すぎる、死ぬ
彼は落ち着いた様子だったが、それでも心中は弱音に埋め尽くされている。
日本の最高気温は毎年更新を続けており、その数値は1900年と比べ約1.44度も増加しているそうだ。
彼は歴史学の教師の言葉を思い出しながらだらんと惨めな姿で公園のベンチに座っている。
―絶対に嘘だ。20度くらいは軽く上回っているんじゃないか?
彼の目には陽炎越しの河川敷とその奥に住宅街やビル群が映っている。
肉眼でも視認できるような暑さが彼を襲う。
―そんなことより...家に戻らないと。
彼は朝、気がつくと近所の公園にいた。
近所といっても家からは10分程度かかる距離にある。
街のお偉いさんが「観光スポットづくり」だとか「景観保護」だとか言って税金を無駄遣いし、わざわざ作った公園だ。
川に隣接した場所で、小学生たちが野球に熱中していたことも彼はよく覚えている。
「朝起きたらいきなりココって...だるすぎだろ...」
彼は伸びた髪を後ろで結び、乱れた前髪をセンター分けにした。
日は登っており、気温も高くなっている。
汗で濡れたシャツと短パンが肌に触れ、不快感を煽る。
「明日から中学最後の夏休みだってのに...寝ぼけてこんな微妙に遠い場所まで来たのか?」
寝起きで脳が働いていない中、立ち上がって家に帰ろうとする。
「ああ、ちょっと待っておくれ」
突然、後ろから声がした。
振り向くと二つの人影があった。
一つはヨボヨボの男性のものだった。年齢は80代後半くらいだろうか。和服に杖、シルクハットを被っていて口元には立派な髭が生えている。
もう一人はスーツを着た男だった。年齢は30代前半ほどと若そうである。首元まで伸びた髪と凛々しい顔に鋭い目、口元には大きな傷があり、相当な出来事に出くわしてきたとわかる。
「大神子様、大神子様で有りますね?」
最初に口を開いたのはヨボヨボの男性だった。
誰だこのジジイは?大神子?何を言っているんだ?彼の頭の中でグルグルと謎が渦巻く。
「人違いではありませんか?あなた誰ですか?」
彼がそう言うと、傷男がハッと何かに気づいた素振りを見せる。何か言おうとするがその前にジジイが話し始める。
「いきなりすみません。動揺するのも分かります。しかし今渡さねば、不味いことになると考えまして...」
ジジイは彼の手を掴み、開いた手に何かを乗せた。
懐中時計だ。
銅色のカバーの金属部の中に、カチカチと動く歯車のみがあり、数字の書かれているような文字盤は無い。
ジジイの目には光が宿っており、どうしても受け取って欲しいという感情が伝わってくる。
「これさえあれば、当日までは安心ですぞ。」
何を言っているんだ、と彼は困惑の表情を見せる。
見せつつも懐中時計をポケットに入れる。
それを見た傷男が焦った表情でジジイに耳打ちした。
「た...か...さま...ない...」
するとジジイは先程まで穏やかだった目を鋭くさせ、彼を睨んだ。
「新山、コイツ殺すぞ」
ド直球でジジイが言う。
傷男-新山と彼は「え」と声を漏らす。
「ちょ、今殺したら」
新山が最後まで発言し終わる前に、ジジイは懐から何か取り出す。
ガチャ、という重たい金属音に加え、黒く輝くそれが彼の眉間に向く。
世界でも治安が良いこの国で直接見ることは絶対にないと言ってもいいもの。
拳銃だ。
アニメやドラマで見るリボルバー式の六発拳銃が彼に向く。
暑い暑い、ある日の昼。
一人の男は引き金を引き、甲高い音が辺りに響いた。




