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線、花流る

 海。


 すっかり、車椅子を押す日常に慣れてしまった。花夢の身体は日に日に弱っていく中で、生きたいという意思は尚も強く感じられた。日常生活を送るに介助が必要になってしまった今でも、できることは自分でしたいと言うほど。現実は非情にも、時間を残してくれそうにない。


 ベッドにはかつて作った金色の猫と水色の熊 (のようなもの)のぬいぐるみ。使い古したノートパソコンに、何冊かの本。腕には、おそろいのブレスレット。窓から見える景色には、静かに呼吸を繰り返す海が映される。

『わたしね、もし何かの奇跡で病気がなくなったら、桜を見に行きたいの!日本全国で満開に咲いてる、いろんな桜!そしたらユズといっしょにお花見するんだ~』

 いつかの日に桜の写真を見ながら花夢が言っていたことを思い出す。

「桜……か」

 思えば、桜についてあまり知らない。死神になる前、肉体を持っていた頃の記憶なんてものはないし、冥界は彼岸花ばかり咲いている。巷では死体を桜の樹の下に埋める風習があるみたいで、樹木葬に桜の樹を用いることもあるのだそう。毛虫が嫌いな黒の死神が大変迷惑そうにしていたが。

「あ、ユズ!もう来てたの」

 扉の方から、車椅子に乗った花夢がいつもの位置へ戻ってきた。相変わらず細い体に、以前より弱々しいが確かに聞こえる嬉しそうな声。いつからか、彼女の日常にとってかけがえのない存在に、柚希はなっていた。

「……身体は、辛くないか?」

「うん、まだじんわり痛いけど、この世の終わりほどじゃないよ」

 確かに以前、偶然柚希が病院に居た日の深夜、花夢が全身の激痛を訴える日があった。帰る支度を済ませて玄関に行こうとした時に聞こえた、けたたましく鳴るナースコールの音。急いで駆けつけた場に居たのは、脂汗をかき掠れた弱々しい声で痛みに悶え苦しんでいる花夢の姿。以前の重大インシデント車椅子を到底感じさせないスピードで鎮痛剤投与の準備が整えられる。その間、柚希は苦しむ花夢の背中をさすることしか出来なかった。

 その日から容態は急激に悪化し、毎日の移動に点滴の薬剤が沿わなければならなくなった。どうやらその日が花夢の過去最大の瞬間的な苦しみだったようで、今のところそれを超えるほどの苦しみはまだ来ていないそうだ。


「……ねぇ、宮澤さん」

 ベッドで休んでいた花夢が口を開いた。

「……海、見に行きたい……今行かなきゃ、もう見れない気がして……」

 以前なら、お安い御用。なんなら、許可も取らず勝手に脱走してまで出来たこと。しかし、今となっては難しい問題であった。

「……坂道ではありますけど、それでも結構段差があって危ないですよ……?」

 看護師の言う通り、下手をすればその場で命を落としかねない危険な行為だ。それでも、花夢の願いなら……

「時間をかけて、ゆっくり行こう。苦しくないように」

 最後まで、叶えてあげたいと思う。


 相当な時間をかけて、砂浜に降りた。タイヤが砂を噛み、足跡に2本の線を足す。揺れないよう慎重に、ただゆっくりと車椅子を押す。どれだけ気をつけていてもガタガタと音を立ててしまうときがあったが、その度に花夢は口を引き締め、痛みに耐えていた。一度止まって、深くて浅い深呼吸をして、落ち着いたらまた動き出す。幸運にも今日は日柄もよく、雲が適切なほどにあり極端に暑くも寒くもない。日差しが定期的に隠されるので、太陽の針に脳を焼かれてしまう心配もない。海を見る最期の日に、ふさわしかった。

 広大な海は光を弾き、点々と暖色の輝きを残す。熱を孕んだ砂浜にもう腰を下ろすことは出来ないが、その美しさを目に焼き付けるには十分なほど、眩しかった。

「……やっぱり、綺麗だね」

 花夢がしばらく二人で話したいと言うので、看護師は席を外している。今この砂浜にいるのは、ふたりだけだ。

「わたし、ユズを見つけて正解だったと思う。だってこんなに、楽しかったんだもん」

「……冗談でも死亡フラグを立てるのはよくないぞ?」

「あはは!……本当だよ?運命の出会いと信じてやまないんだもん」

 これが冗談でも、嘘でもないことを知っている。

「何度だって思うの、ユズが居てくれて本当に良かったって」

 きっともう、命の灯火は消えかかっているのだろう。どんなに空気を流しても、火口を足しても、すぐにでも事切れてしまうほどに。

「……俺も。花夢が居てくれて、楽しかった」

「……ふふ、夢みたい」

 花夢がいつの間にか手に取っていた花を見る。白いリリーフラワーの、造られた花。

「……昔ね、ただ何もなく生きるのに疲れちゃって、死んじゃおうか考えた時があったんだ。……その度に外に出て、道路脇から山の方まで、色んなところで生きてるお花を見てたの」

 ある人には雑草と揶揄されるコンクリートの隙間に生えた蒲公英が、優しい風に吹かれ揺れている。潮風の環境にも耐え、春から長くて秋まで開花を繰り返す、力強い花。

「せっかく神様にもらった人生は、生きなきゃ……って」

「……そうだな」

 神を信じない……というより寧ろ神に仕事をもらっている柚希と、淡白ででも苦境な人生を神に与えられた花夢。この国では、モノのひとつひとつに神が宿ると言われている。付喪神は、神が宿るとされるモノを大切にする者に小さな祝福を与える。そう信じられている。すべての人を救済しようなんて大層で大雑な神はいないが、八百万の小さな祝福が、人々の生活に幸せをもたらす。それが、神の道というものだ。

 その神々の祝福とやらが、花夢を天国に連れて行ってくれるのか、というのはわからない。なぜなら、柚希……すなわち、ユアナが、花夢を『裁く』ことになるのだから。

「……大好きな人と最期に海を見れて、幸せだなぁって……」

「……!」

「……うふふ……大好きだよ、ユズ」

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