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雫、花飾る

 海。


 それから、いくらかの時を経て。


 いつもは少なくともある程度は感じる数の人の気配が、今日はやけに少ない気がする。馴染みある人の気配こそ感じるが、それ以外が異様に足りない。

「今日は近くの街でお祭りがありますからね」

 どうやら、気の所為ではなく、事実そうであるみたいだった。

「私は藤永さんの付き添いもあるので病院にいますが、お祭りの救急医療ブースとかで何人か構えていますね。病院も救急搬送をいつもより受け入れられるよう準備しています」

「西側の病院でなんかあったかと思ったら、単に普段いないところにいただけか」

 そんな世間話をしていたら、いつの間にか起きていた我らがお姫様が身体を乗り出して話に混ざってきた。……体を起こしただけだが、目は確実に前のめりだった、そういうことだと思う。

「お祭り、行ってみたい!」

「まあ、言うと思った」

 お祭りと言うなら定期的に開催しているものだとは思うが、話を聞く限りは花夢が外出に積極的になったのもここ最近のことなので、つまるところまだ行ったことがないのだろう。

「納涼祭なら夕方辺りから行くのがいいか」

「そうですね、今はちょうど準備している頃でしょうか」

 太陽はある程度昇ったが、まだ真上を指すには時間がある。

「今のうちにやるべきことを済ませておくのがいいか」

「そうだねー、もう少ししたらリハビリの時間だけど、今やっちゃってもいいかな?」

「多分……大丈夫かと思います。リハビリ室の準備をしてきますね」

 そう言って若い看護師は足早に病室をあとにしようとした、その時に事件は起きた。

「……あれ……まって、足……力、入んない……」


 それから、リハビリ室に移動した。

 自分……柚希と、花夢、宮澤……それと、一脚の車椅子とともに。

「昨日、リハビリしたときは歩けてはいたんだよな?」

「うん、ちゃんとトイレも行けてたのに……」

 前に砂浜を歩いたとき、すでに姿勢は不安定で、誰かの支えがないとすぐに転んでしまうようだった。昨日今日のことだ、病状はここまで早く進行してしまうものだろうか。自分の力で自由に動けなくなってしまった花夢はこの事実がだいぶ効いてしまったようで、過去に類を見ないほど落ち込んでいる。

「……リハビリ、しましょうか。もしかしたら良くなってまた歩ける様になるかもしれませんし」

「そうだな」

「……うん、がんばる」

 声は弱々しいが、はっきりとした意志があった。車椅子から立ち上がろうとするが足に力が入らないのでその場でプルプルするのみである。看護師の助けあってやっと立ち上がることができた。自重を支えるほどの力は残っていないものの、己を動かすこと自体はまだできているようだった。そういえば、リハビリに立ち会うのは初めてだ。

「うぁっ!?」

 車椅子に座ろうとしたらうっかり手を滑らせてしまった花夢を咄嗟に抱え込んで助ける。

「あ、ありがと……」

「大丈夫か……前より不自由なんだからもっと周りを頼っていいんだぞ」

「うん……なんか、スロー演出が入った」

 心臓がバクバク言っているのがはっきり聞こえるので多分冗談じゃないんだろうが、そうだとしても走馬灯ぐらいは視界に映るもんじゃないだろうかと思う。それとも、直近の記憶は脳がまだ走馬灯にアップロードしていないのだろうか。

「車椅子ももう少し座りやすいデザイン性だと良かったんですけど……」

「重大インシデントすぎる」

 この病院は聞く限り少し昔の型の車椅子しか備えていないんだとか。確かに年季の入った病院だが、そろそろアップデートが入ってもいい頃だと思われる。

 ふと気づけば、柚希が花夢を正面に抱きかかえる姿勢になっていた。両者、今までにないほど顔が近い。とんでもない距離感にいることにやっと気づき顔を真っ赤にしている花夢の息が当たる。

「……っ……」

 息を飲む音。小さな口が、柚希を迎え入れようと覚悟を決めたので、静かに車椅子に座らせておでこを弾いた。

「っあ……今のはキスする流れじゃないの!?」

「んな危険な状況の少女漫画があってたまるか」

 危なっかしいリハビリを終えて、部屋に戻る。時計はもうすぐで縦になる。


 そうして、時計の針を四時回して。

 空に赤が滲む頃に、車椅子を押して小さな街へ来た。道路沿いから広場に向かって色とりどりのお店が立ち並ぶ。魂が割れる前の僅かな記憶に、夏祭りの縁日が視界に重なった。この国に住む人間が謳う、ノスタルジーというものだろうか。非日常的な明かりが作り出す空間は、そんなものを持ち合わせていない人間をも美しさに包み込む。当の花夢も静かに目を輝かせていた。

「ねえ、あれなんだろ?」

 花夢が指を指した先には、テントの下にいくつかのテーブルが並んでいた。机上には何もなく、これから何かが置かれる気配もない。

「ワークショップか」

 見えた看板には『とんぼ玉アクセサリーを作ろう(意訳)』と示されていた。バーナーが無いところを見るにワークショップはアクセサリー部分だろうが、確かに簡易的で理にかなっていそうな設計に見える。

「わたしの勘がやってみるべきと言ってる」

「そうだな、その感性があるならやってみるべきだ」

 値段こそ相場より少し高いが、そんなものは神パワーでどうにでもなる。付き添いの看護師は苦笑いしているが、ふたりの目は本気だ。


「なんだ……これ量産できんのか……?」

「このタイプの装飾、たまに見ますけどこの数この種類は初めて見ました……」

 その実、あちらの目も本気だった。とんぼ玉でよく使用される模様は当然ながら、花柄星柄を始めとした技量を要求する装飾の数々、その完成品が箱いっぱいに敷き詰められていた(ついでに横の看護師がアトリエ出身という情報も出てきた)。

「わ、これ綺麗……百合みたい」

 おそらく正しい反応は横の車椅子に座ってる人のものなのだろうが、心のうちに秘めるオタクが出しゃばりをやめない。二言目以降は品評家みたいになりそうなので口を噤み直感とシックスセンスに任せて装飾品の核を選んだ。

 肝心の形は、ブレスレット。寝てる間も付けれて、邪魔にならず、心に近い位置。そう花夢が選んだ。作るのに苦労はなかった。ミサンガのように編み、輪を作って手を通す。細い腕に巻かれた白いビーズの輪の中心には、リリーフラワーが咲く桃色のガラス玉が光を返していた。

「えへへ、おそろい!」

 くっつけた柚希の腕には、水色のとんぼ玉。

 丁寧に編まれたお互いの腕飾りと、絆。


 解ける気は、しなかった。

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