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眺、花舞う

 海。


 ただ、ここは西の海である。


 佐渡金山を下ってから、島の西側の浜辺へと車を走らせた。そもそも金山が割と海に近い立地にあるのでそこまで時間はかかっていないが、時間にしてそろそろ夕方に差し掛かるであろう空模様である。そう、そろそろ夕方。病院のある両津港側へは1時間以上かかる場所にいながら、まだ帰路についていない。これは説明の必要がある。というのも……


「今日は天気いいから夕焼けが綺麗だな、眩しいけど」

「……夕暮れの海ってどう映るのかな」

「もしもし病院?少し帰りが遅くなるが大丈夫か?」


 ということである。

「……にしたって、浜辺まで来るのは行き過ぎたか。」

 太陽はまだ少し傾きを保ってはいるものの、もうじき海の先に下辺を沈める頃だろう。駐車場こそあったが近くには誰もおらず、完全に二人だけの浜辺である。砂に足を取られて転ばないように、花夢の近くを歩く。こうしていると、初めて花夢と会った翌日に砂浜を一緒に歩いた記憶を思い出す。あれから3週間程だろうか、一緒に過ごしてきたが、彼女の飽くなき好奇心と探究心は未だ留まるところを知らない。

 ただ、直感だろうか。明らかに感じるのは、あの時より確実に運動能力は落ちていること。足が付くところが少しでも歪めば姿勢を崩してしまうほどに不安定さを覚える。そのたびに彼女が病人であることを思い出すが、病人として接するのは彼女の意にそぐわないだろう。


 夕暮れの空、赤い光が海を照らす頃、2つの影が砂浜に腰掛けている。その音は静かで、また光が海に沈む様を目に写している。妙に静かではあるが、花夢は見惚れている時大抵こうである。長い時間ほどではないが、ずっとそばで見守ってきて分かったことだ。きっと忘れているので写真は自分で撮っておく。我ながら、綺麗な海を写せたのではないだろうか。


 ずっと海を眺めていた花夢が、そっと口を開いた。

「……わたしの病気はね、実はまだ治療法が分かってない病気なんだ」

 それは、ずっと触れることを避けてきた、花夢の病気そのものだった。

「海外とかで研究されてるんだけど、その薬もまだ治験の段階に行ってないみたい」

 反応に困る……ことは断じて無いが、かける言葉が見つからなかった。いや、無いことが正解なのか。

「前例があまりにも少ないから、仕方ないけど……っ、わたしはこのまま、死んじゃうのかな……」

 そう話す彼女の目には涙が浮かび、声も震えていた。現実は針のように突き刺さるが、それもまた彼女の運命なのだろうか。もし自分に神権があるとするなら、彼女の病気をまるで無かったことにして、夏を何度も巡るようにしてあげられたのかもしれない。それか、普通の場所で、普通の少女として、普通の生活をもたらしてあげられたのかもと思う。ただ、自分は本来現実には存在しないイレギュラーであり、彼女もまた世界に運命を貼り付けられたイレギュラーであるということ。普通という言葉は、枠のないキャンバスを立てるほど意味の無いものである。

 ただの今の自分ができること。花夢の手をそっと握った。儚い花弁を散らさないように、そっと。

「……ユズ……」

 花夢は手を強く握り返してきた。振ればほどけてしまうほど、強く。

「……わたし、まだユズと一緒にいたい……死にたくないよ……」

 声は涙ぐんでいて、握る手は震えていた。だから、また優しく握り返した。

「……大丈夫。俺はここにいるから」

 ただ暫く、沈む光を反射する海の輝きを眺めていた。


 夏といえど、日の沈む時間自体が遅くなるわけではない。辺りは既に暗くなり始めている。花夢はいつの間にか肩にもたれかかっていて、眠そうにしていたので、また柄にもないお姫様抱っこで車まで運んだ。既に病院に連絡して言質を取っているため極めて安全運転でゆっくりと車を走らせた。特に暗がりの田舎の交通は中々の無法地帯っぷりである。

 病院に着く頃、花夢はすでに夢の中へと落ちていた。頬には赤い涙の跡が残るが、顔は死人のように穏やかだった。

「結構遅かったですね。お疲れ様です」

「海を眺めてたらいつの間にこんな時間に……というわけだが」

 ポリシーに従って写真を共有したあと、昇る月をバックに帰路へついた。


 死神の勘が言っている。彼女はもう一ヶ月も残っていないと。

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