廻、花嵩む
海。
それから、毎日のように花夢の病室に通い、彼女と話し、気が向いた時には出かける毎日を送るようになった。この佐渡ヶ島という小さな島にはいくつかの観光名所があるらしいが、ずっと病院にいたらしい花夢はその場所の殆どを知らないのだろう。実際にはまだ聞いていないだけで分からないのだが、意志を持つ者には踏み込んではいけない地雷の領域というものがある。時が来るまで、こちらから身分を聞くのは避けている。
ある日には
「日中きみとお出かけしてる時のドキドキが止まらなくてね、夜眠れなかったの」
と、その当事者に対して眠そうな気分を訴える日もあれば、またある日には
「……流石にこの雨は、ここに来るのでさえしんどかったぞ」
「今年記録的な大雨だって!来てくれてありがと……大丈夫?」
と盛大に肩から水が滴る日もあり(このまま帰るのは忍びない訳では無いが普通に行きの二の舞になりそうなので雨が収まった翌日まで病院に滞在させてもらった。当の花夢は突然のお泊まり会に興奮冷めやらぬ状態だった)、死神と不思議な少女の長いようで短い1ヶ月はあっという間に過ぎ去って行った。
……が、この程度の文章で時間を浪費するにはあまりにも勿体ないので、見た情景、心境、そして感情ぐらいはこの記録に残しておいてもいいだろうと思う。
花夢と初めて会ってから3週間を目前とした頃、観光ポスターに興味深い立地が映されていた。
「佐渡金山……か」
金山といえば、名前の通りあの金が算出される鉱山だ。情報を見る限り佐渡金山では当時の採掘の様子や坑道内を歩いて見れる資料館のような形式になっているようだ。1人でも行けそうだが、折角なら花夢と行くことを考えてみようと思い、提案をしてみた。
「え!……行ってみたい!」
花夢は快く承諾してくれたが、その返事には少し違和感を感じた。
「花夢、何かひっかかることがあるか」
「……うん、ユズはこういうのすぐに気付いてすごいね」
「それほどでも」
死神の勘というものか、審判者としての仕事病というものか。
「実はね、病院とか海以外の所は本当に行ったことがなくて、少し怖いの。」
思えば、あの返事は自分が金山を見てみたいという気持ちを邪魔したくなかったのだろうか。それでも、花夢と一緒に行って見てみたい景色がそこにあるので、行くだけ一緒に行ってみようかと持ちかけた。
「金山の外にあるが、こういう風景があるらしい。探してみようか?」
「……うん、それなら一緒に行く!」
ならばさあ出かけよう、そうした時、花夢が何か思いついたように口を開いた。
「あ、ねぇ、宮澤さんも一緒に行く?」
宮澤さんという名前の看護師、おそらく、花夢と初めて会った時に花夢を探しに来ていた若い看護師だろう。
「お二人の邪魔になっちゃうので、大丈夫です!お昼の時間帯なら心配はしていませんし」
「都合良く信頼されるのもな……というか最初あんなに心配してなかったか?」
「うーん……藤永さんの最近の精神状態や環境の変化は病院としては好転的に捉えているんですよね」
意外にも柚希と花夢の関係を良く捉えられていると(本当に突然に)知らされたが、
「まぁ……それならそれで結構だが、今日行くのは西側だからもし何かあれば内陸側の病院になると思う。それだけ」
「はい、承知しました。」
気づけば時計の針は10時を指していた。ある程度支度は済ませていたので荷物をまとめて車に向かう。
「毎度のことですが、お気をつけて」
山道を小さな車ですいすいと進み、木が生い茂る駐車場に停めた。どうやら金山の入口と資料館の出口には懸念するほどの高低差は無いみたいである。
(……チケットを買わないと入れないが、入口の様子だけは見れそうだ)
門近くにある案内書きを読みながら花夢の様子を見る。
「……怖いか?」
照明こそあるが道は細く、先は長く、出口もすぐには見えない。こういう場合に賢人というのは最悪のケースを予測してしまうもので、
「……っ」
この怖がりようを見るに、洞窟恐怖症のようである。遠目で見たところ非常口などはあるみたいだが、おそらくその非常口も似たような環境であることは軽く想像でき、30分でも坑道内を連れるのは精神的負担がかなり大きいと思った。
「……ワークショップがあるらしい。次が14時か、それだけやってみるか?」
花夢が静かに頷いたので、そうすることにした。
今はまだ午前、一度お昼を食べに移動し、再び戻ってくることにしよう。近くにあった茶屋で時間を潰すことにした。
昼過ぎ。再び山道を登り木の生い茂る駐車場に戻ってきた。偶然にも行きがけに見掛けた店が当の茶屋であり、店に入るのに待つこともなかった。太陽が強く差す夏の日で標高の高さも余計なアドバンテージとして襲ってきたが、暫くは難を逃れることができた。
受付にて、洞窟恐怖症もあり坑道内の見学が厳しいことを伝え、ワークショップだけでも体験できないか相談をした。ちょっとした資料館も兼ねているようで、通常では通れないルートでの入場を許してもらえた。これが昨今話題になっている多様性への配慮と言うのだろうか。資料館……もとい展示室は、江戸時代から続く金山の歴史の一端を示していた。次元が違うので冥界と現世では時間の流れる速さが違うのだが、恐らくキルファーが生まれるより前に残された記録もあった。こういう小さな博物館がいたるところに点在している様相を見るに、如何に日本という国が記録ガチ勢なのかがよく分かる。
「本物ってやっぱり違うねー……なんか、これ!って色が定まらない感じ」
ネットのイメージでしか小判を見写せなかったのであろう、花夢は暫く並べられた大判小判の展示を眺めていた。彼女も自分の生きた証を、爪痕を、たった今この一瞬にも残そうとしている。自分が運命だと信じた、お人好しのひとりの記憶として。本人は当の運命の先が死神であることを知る由もないが、こうして見れば儚い立ち姿にも日本という最も古い歴史の血が流れているのだと感じる。
ワークショップの時間になり、二人で金箔貼り体験をした。桜の形をした黒い小皿に、デザインを型抜きした金箔を貼り付けるものである。金なだけあって少々値は張るが、出発前に天神から渡された荷物に結構な額の日本円と黒いクレカが入っていた(本当にいつ作ったのかいささか不明であるが)ので、特に困ることはなかった。お土産を持って、帰りがけに金箔ソフトクリームでも食べて帰ろうと思いドアを抜けると、見覚えのある景色が広がっていた。明るく照らされた門に傘、赤い敷物の腰掛けと、囲い込むような木々から差し込む陽の光。行きにここを通ったはずだが、なぜ気づかなかったのだろうか。
間違いなく、見たかったあの景色だ。
「わ……綺麗」
ただ突っ立っているだけなのも少し迷惑な気がするので、ソフトクリームを買って近くの椅子に腰掛けた。
「懐かしい感じがするな」
暫くの間、木々の癒やしを享受した。この静かな時間が、ずっと進まなければいいのにと、子供心ながらに思ってしまう。




