希、花揺ぐ
海。
と言うとでも思ったか。
病院。
昨日の花夢の脱走と今後について、話し合いに赴いた。
「ご家族の心配もあるだろう……事情を知った上ではそんなことも無いような気もするが。」
心の上では、不思議な少女との邂逅に明らかでない点も多く、何より唯ならない感情を前に関係を断つのは何かが引っかかるように感じていた。けれど、あくまで第三者。面子としても適切な距離感を持つべきだと云わなければならない。
「ただ……病院としての言い分も、彼女の言い分もどちらを蔑ろにすることは出来ない。あまり時間はかけたくないが、お互い譲歩して着地点を見極めなければ。例えば、彼女が元気な日であれば日中に同伴者をつけて外出しても良い事とする……とか。」
対話相手の看護師の顔には見覚えがある。昨日花夢を送り届けた際に受付で取り合ってくれた、少しお固めのベテラン看護師だ。真面目で効率厨だが、柔軟な思想を持ち多くの人に信頼される器の持ち主……おそらくそうだろう。
「そうですね。病院側としてはリスクを鑑みてあまり外出して欲しくはありませんが、藤永さんが元気に笑っていることは昨日の今日まで見られなかった嬉しい変化です。可能なら藤永さんの意思を尊重してあげたい気持ちもあります。」
そうしてしばらく話し合ったあと、
「あなたが同伴者として、一緒に外出してあげていただけませんか?」
都合のいい結論で締め括られた。
「という経緯でこれからは迎えに行くから勝手に脱走しないで欲しいとの事だ。」
花夢のいる病室で先の話を伝えた。実際重要な話ではあったが、朝早くから来ていたこと、病院側も複数視点から理解を示してくれたことも相まって、今はまだ太陽も真上に届いていない時間帯だ。
「え、じゃあ今からでも一緒にお出かけしていいってこと!?」
「ん……そうだな、多分。」
とはいえあまり詳細にも決めてはいないので一度確認したい気持ちはあるが、嬉しそうな様子の彼女を前に掌を返して断るのは気に毒がすぎるだろう。
「時間も時間だし、もし確認して大丈夫であればお昼も外で食べるか」
「外……あそっか、昨日一昨日はお昼過ぎた後だったっけ」
そういえば昨日一昨日と連日で外に出ている。まるで疲れていない様子を見ると本当に病を患っているのか疑問に思う。
(……こういうものは、大概治せない程重いものだ)
長年の経験が、死を悟る。気の毒だが、死神だとしても目の前の少女を生き永らえさせることはできないのだ。
「ええ、いいですよ。藤永さんは普段のお食事もしっかり食べられていますし、ちょっとぐらいなら影響もあまりありませんから」
看護師に先程の件を相談したところ、快い回答が返ってきた。
「言質取ったんで後出しはナシだが、まぁ一応何を食べたかぐらいは共有する」
「折角ですし、おすすめのお店もお教えしますね」
ということでいくつかの選択肢のうち、花夢のセレクトで小さめのカフェに行くことにした。ここから車で12分ぐらいの所で、少し内陸側に寄る……というか少し行き過ぎるところではあるが、佐渡ヶ島なんて近場を考えると大体そんなもんになる。
「普通自動車免許あってよかったわ……」
おそらく天神がなんやかんやで用意したものだろうが、冥界や天界で流通してる高速走行ユニットの操縦免許をそのまま現世でも流用できるのは、移動手段に乏しい新潟の離島では非常に有難いことである。
「ユズ、車運転できるんだ!」
「どういう訳かこの国は酒を飲ませてはいけない年齢で勝手に大人にされるからな」
他愛もない下らない話は時に時を加速させる。気づけばすぐに目的地だ。
「少し丘っぽい場所にあるんだね……こういう場所に来たのは初めてかも」
どこを見ても田んぼの光景に目を輝かせている彼女。病院は海沿いにあるので、ある程度低層の階でも海が見えるのだ。
「……確かに、民家っぽい」
看護師から「ここのお店は駐車場ありますね、ちょっと民家っぽいところです」と説明された通り、カフェの風貌は納屋か倉庫が併設されたような敷地の広い民家そのものだった。
「わたしたちの他にお客さんはいないのかな……入ってみよ?」
駐車場には病院所有の軽自動車以外に影は無い。こんな場所に徒歩で来る想像がまるで付かないが、そんな変態がいたとしても今店が空いていることは確実だろう。
自動では無いドアをガラガラとスライドさせると、案の定数人の先客を除いて席は空白だった。
「いらっしゃいませー。お好きな席にお座りくださーい」
間延びした喋り方の店員を横目に、窓際のテーブル席に花夢と座る。
「カフェとは聞いてたが、なるほど確かにしっかり食べるにもちょうどいい」
一目に入ってきたセットメニューの内容は、クロワッサンにトマトのサラダ、選べる主菜と実に健康を意識させるようなものであった。
「色々あるね〜……わたしはこれにする」
「セットだからドリンクもだな。あった、これ」
二人で注文を決めて店員を呼ぼうとした時、メニュー表の頭に「注文はカウンターにてお願いします」の文言があることに気付いた。
「こちらでご注文お伺いしますー」
どうやら、注文を受けてからドリンクだけその場で作って渡すシステムのようだ。先客も入ってから新しいみたいで、料理は別で運んでくれるらしい。
「注文取ってくるからちょっと待ってて」
カウンターに赴き、アイスコーヒーとカプチーノを持って帰り、花夢に暖かなカップを渡す。今日の日は少し肌寒く、自分もホットにすればよかったと少し後悔した。
「カプチーノとかカフェオレとか、いっぱいあるけど正直何が違うのかあんまり分かんないんだよな」
「なんかねー、ミルクを泡立てるか泡立てないかとかで違うらしいよ。わたしはカフェモカも好き!だけど今日はカプチーノの気分」
そんな他愛もない話をしているうちに料理が運ばれてきた。まな板のような木のプレートの上にセットが並んでいる。ご丁寧にドリンクを置く窪みもあった。
「わぁ、すっごくオシャレ」
零しやすいと言えば零しやすそうな容器(?)ではあるが、実際デザイナーズという観点でいえば洒落ているのだろう。ジャズミュージックが流れる落ち着いた空間で、誰かと喋りながら食事をする時間はまさに幸せと感じるに相応しいのだろう。
思えば、確かにナノハに誘われて一緒に天界の食堂で昼食を取った時は心做しか充実感と言うか、孤独には得られない何か感じるものがあった。そう考えれば、幸せというものは案外近くにもあるものなのだろう、或いは自らの行動で作り出せるものなのだろうか。
「ありがとうございましたー。またお越しくださーい」
気付けば、1時間半ほど滞在していた。ゆっくり食べていたということもあるが、居心地の良さを理由に食事が済んでも長時間居座るのは店利を考えると多視点的に良くはないだろう、そう考え花夢が十分ゆっくり出来た頃を見計らって会計を済ませ出た。
「美味しかったね!雰囲気もオシャレで、これはナイスなカフェ」
「そうだな、ピン留め確定」
車を走らせ、来た道を辿る。病院に戻る方角ではあるが、少しぐらい違う景色の海を見に行っても空は暗くならないだろう。
いつもとは違う海岸沿い。昨日歩いた所より、ずっと遠くにある砂浜で、光を反射する水平線を二人眺めていた。太陽は後ろに沈み、海面上にはうっすらと闇が浮かび始めている。もうじき夕焼けが訪れて、月が輝きを写すようになる。どうして海はこんなにも美しさを光らせるのだろうか。砂が崩れてバランスを崩しそうになる花夢を支えながら、遠くを眺めていた。
(夏……か)
焼けるような暑さの砂浜、涼しいはずの今日日も熱波が強く感じられた。心地よい夏の風、彩る四季のなんと美しいことか。
日の沈まないうちに、病院へ戻り花夢を送り届けた。
「一応だが、今日食べたのはこれ。」
「ええ、ありがとうございます。今後もよろしくお願いしますね」
しれっと病院公認の保護者になっている気もしたが、横に置いておき花夢の病室を見に行くと、ちょうど血液検査をしているところだった。
「……ユズ、もしかして血苦手?」
「いや、血自体は問題ない……血を抜いてる行為が少し」
咄嗟に顔を覆い見ないようにしたが、死神になった後でもどうも血を抜く場面に直面して無事で居られたことがない。少し目眩はしたが意識は問題ないだろう。
「……ふふ」
「どうしたんですか?」
「どんな人もやっぱり苦手なものはあるんだね」




