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道、花香る

 海。


 昨日と同じ景色を見ている。不思議と見飽きない地平線の、描く境界を眺めた。

「ユズ!今日も来てくれたんだ!」

 声のするほうを向くと、そこには昨日と違って白いワンピースに身を包んだ花夢の姿があった。こうして見ると一見、夏を歩く健康美で透明な少女に見えるが、

 (……真逆なんだよな、非情なことに)

「その服、どうしたんだ」

「え!変かな……」

「いや、似合ってる……似合ってるが……」

 どうやら、話を聞き付けた悪ノリ好きの看護師がこっそり何着かワンピースを渡していたらしい。しかし手元に検診衣がないところを見ると、抜け殻は病室にあるのではないかという気がしてきた。もう既にバレている気さえする。

「ねぇ、今日はあっちの方まで歩いてみない?」

「砂浜は歩きにくいと思うが……辛かったら早めに言ってくれ。」

「はいはーい!じゃあ、あの向こう側まで、レッツゴー!」

 病人(実際患っているかと言えばまだ不明だが)とは思えない元気っぷりに連れられて、海岸沿い、緑の向こう側を見に行った。


 ……結果から言えば、割と早いタイミングでお迎えが来た。

「はぁ……はぁ……だから……勝手に外に出ないでって……」

「えぇー、だって……」

 花夢からすれば、もうきっと自分は永くないのだから今このチャンスにやり残したことを全部やってしまいたいと考えているのだろうが、少しでも永くさせてあげたい病院側とでは意思の疎通があまり上手くいっていないみたいだった。お互いが納得するまで待つにも、それこそ残された時間も多くない花夢にはその暇すら無いと言えるのかもしれない。生憎、今は人間なので死神特有の死期が見えるやつも使えないが。

「……ユズ?ねぇユズ」

「ん、ああ」

 何か聴き逃した気がするが、言うことは決めてある。変える気もない。

「俺が何か言うつもりは無いが、好きにしてくれ。」

「え!ユズはわたしの味方じゃないの?」

「俺の意思が介入すべき話じゃないだろ……どちらの言い分も尊重できるし」

 そう言いつつも、

「……片方の意思が一方的に通されるべきじゃないから」

 少しだけ、甘くしてしまったと思う。

 生まれからの死神からすれば、人間の寿命などたかが数年大差ないように感じられる。どうせなら好きなことを好きなだけやって、最期は華々しく散るが美しいと考えているが、花夢はこれまでただ「生きる」ことだけのためにずっと病室の天井を眺めていた。だからこそ、新しいものが輝いて見えて仕方がない。そうなのだろう。

「やだ!もうちょっといたい!」

「も〜、わがまま言って」

「……病室には俺が送る。もう少しこのままでもいいか」

 ……きっと、これからも狡い手助けをしてしまうのだろう。儚い花が散るその時まで。

「……分かりました。気をつけて、暗くなる前には来てください。」

 そうして海岸線に2人、影が長くなるまでずっと座っていた。まだ会って2日なのに、妙に静かに、花夢は肩にもたれかかっていた。

 残された時間は、思ったより永くないのだろう。


 妙に静かだった白いワンピースの少女は、いつの間にか静かな寝息をたてていた。柄にもないお姫様抱っこで病室まで彼女を送り、いざ帰ろうとした時に呼び止められた。つまり、今は病院……の、海が見えるカフェスペースだ。

「……実は、藤永さんがこんなにもわがままを言うようになったのは昨日が初めてで」

「まぁ、そうだろうな」

 その辺の事情は本人から聞いている。実際、砂粒の感触も、波の冷たさも初めて触れたと言っていた。

「いままでずっと無気力で、暗かった藤永さんが元気になったのも、きっとあなたのおかげだと思うんです。ありがとうございます。」

「いや、俺は何もしていないが」

 本当に何もしていない。ただ人間になったあとどうしようか悩んでたらいつの間にか脱走した彼女が隣にいただけで。

「ただ、藤永さんのお身体が心配なので勝手な外出は控えるようあなたの口からも伝えて欲しいのですが……」

 どちらにせよ、このまま無気力に命を浪費するのも単に無駄だと花夢も認識している。答えは変わらない。

「昼も言ったが、俺が介入する話じゃない。当事者間で決めるのがいいだろう」

「そうですね……すぐに決めるのは難しい話です。詳しく決める前に脱走するのは辞めて欲しいですけれど……」

「なら、また明日早くに来てこの件について少し話し合うか。今はもう遅いから。」

 外を見ればとっくに日は沈み、暗い月が海を照らしていた。

「承知しました、朝なので対応するのは私ではなく別の看護師になりますが、連携しておくのでまた明日よろしくお願いします。」

 帰り際、花夢の病室で静かな寝顔を見て、そっと手を握った。


 夜、下宿に誰も居ないことを確認して一瞬だけ死神に戻った。ギリギリではあるが、病院が視角に入る距離感であったのが幸いした。

「……2ヶ月もない、か……」

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