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波、花咲く

 海。


 辿り着き、目が覚めて初めに見えたのはそんな景色。辺りを見ると、現代風の民家が点々と見えた。おそらくこの場所は現代の現世、すなわち地球だろう。未門柚希は、いつの間にか持っていたスマホで周りの情報を確かめた。ここはどうやら、新潟の佐渡ヶ島というらしい。「エ」のような形をした島で、ここから近くは割と栄えた街がある。海と山を凝縮したような地形で、有名な金山があると書いてあった。眩しい太陽の下、ここが中央東側であることはわかったので、1度辺りを散策してみよう……そう思って立ち上がろうとしたところ、すぐ隣に知らない少女がしゃがんでこちらを見ていた。


 髪は金色、目は青と黒が混ざったような色で、年は16ほどのように見える。全体的に、柔らかで儚い印象だ。

「……きみ、ずっとぼーっとしてるけど、起きてる?」

 少女は、首を傾げながら柚希の顔を覗き込んだ。ワンピースと思っていたものは、よく見ると検診衣のようだった。

「すまん、考え事をしてた。」

「ふ〜ん……?随分長いこと上の空だったけど……」

 少女は腰を砂浜に下ろすと、柚希をじっと見つめた。

「……ね、暇だったら少しお話しない?きみ、なんだか今まで見た事ないオーラを放ってるように感じて」

「なんだそれ。……まぁ、どこにもいく予定ないし、君の気が済むまで」

「えへ、ありがと!誰かと話すのも久しぶりでさ……」

 柚希は、目の前の少女が入院患者で、それもかなり昔からずっと入院していることを悟った。検診衣も、ずっと着ているから私服のような着心地なのだろう。

「わたしね、花夢(かのん)っていうの。花の夢って書いて、かのん。ちょっとキラキラ寄りだけど、困ったことは無いしわたしは好きな名前かな。」

「かのん……か。」

「ねぇ、きみは?」

「……柚希(ゆずき)。柚に希望の希。」

「おぉ!初めて聞く名前!よろしく、ゆずき!」


 話しているうちに、少女_花夢がどういう人間なのか分かってきた。昔からずっと入院していると推測したが、よもや生まれた頃からずっと入院生活だったのではないだろうか……体が弱いのか、ある種の虐待か……この疑問は、すぐに解決された。

「昔ね、わたしが物心つく前におとーさんは死んじゃって……おかーさんはたまにしか逢いに来てくれないから、ずっと1人だったの。」

「……」

「あ、あぁごめんね!反応に困るよね……いきなり重い話して」

「……いや、気に病むことは無い。辛かっただろ」

 正直、あわあわしてる花夢は可愛いと思えた。

 (それより、気になることがある)

 そう思うぐらいには、花夢という存在は特異であった。ゆずき、という名前の読みぐらいありふれているのに、仮に16だったとしても、それほどまでに人との出会いが少ないものか。おそらく本当に、病室の天井を毎日眺める生活を送っていたのだろうか。

「……それよりそれ、入院患者が着る服だろ。病院はどうしたんだ」

「あー……それはね……」

 言葉に詰まった花夢は、恥ずかしそうに肩を竦めて言った。

「……きみが、窓から見えたの。なんだか知らないけど、会いたいって思ったから、こっそり飛び出してきちゃった。」

「身体弱いだろ、安静にしてなくていいのか?」

「う、でも……ずっとこんな生活で、何もしないまま死ぬのはやだ……それなら今、直感に従って身体に響いてでも外に出た方がマシ……けふっ、うくっ」

「……無理するなよ。」

 花夢の背中を擦りながら、今の自分という存在を考えた。なぜ花夢にとって自分が特別なように見えたのか。死神では無い自分が如何な存在なのか。しばらくして落ち着いた花夢が、

「肩、借りてもいいかな……?」

 と言うのでもたれやすいようにして肩を貸していると、後ろから人の声が聞こえてきた。

「藤永さーん!!!どこにいますかーー!!藤永さーん!!!」

「……あれは」

「ありゃ、迎えが来ちゃった」

 どうやら、病室にいないので焦った病院側が急いで花夢を探しに来たようだった。

「藤永さ……あ、いた!!!藤永さん!!お身体大丈夫ですか!??」

「大丈夫だよ〜そんなに心配しなくても……けほっこほっ」

「あぁもう、だから勝手に外に出ないでって言ってるじゃないですか……」

「……普段から脱走してるのか?」

「ううん?今日初めて外に出たけど。」

 寄ってきた看護師に話を聞いてみると、どうやら院内単位でみると珍しい話ではないらしい。なにより病棟から海が見えるためそれ見たさにこっそり外に出る入院患者が多いのだとか。

「……ってことは、あれか」

 確かに、少し高いところに大きめの建物が見える。大都市に比べればちいさな病院だが、フェリーで海を渡れない患者をだいたい診るには十分だ。

「とにかく!勝手に外に出ないでください!道中で倒れたらどうするんですか!」

「はぁーい……」

 返事はするものの、柚希には花夢がどういうつもりなのか見え透いていた。

 (諦めてないな)

 恐らく、ここを歩いていればまた脱走してでも来るだろう。花夢のことを思うならここに来るのは辞めるべきだろう。しかし……

「許可さえ取ればいいの?」

「そういう訳でもなくてですね……」

 ……花夢の意思を尊重するなら、またここにくるべきだろうか。何もせず、何も出来ずに死を待つぐらいなら、寿命を捧げてでも今を生きたい。その意志を、その願いを、自分が満たせるのなら。そう思った。

 初対面のはずなのに妙に距離が近い花夢は、もう時間が無いことを悟っているのかもしれない。心は最期にでも、無色透明の走馬灯に色を落とそうと急いでいるのか。


 結局、看護師に連れられて花夢は病院に帰って行った。騒がしかったが、鬱陶しくは無かった。もしこの時間が続くのなら、ゆっくり話をしていたいと思えたほど。まだここに来て1日目。きっと明日も何かあるだろう。

 手元の持ち物を確認して、下宿と示された民家へと向かった。下宿は、鍵が閉まっており中には誰もいない様子だった。合鍵で開いて中に入ると、すぐそこの座卓に書置きが残してあった。

 『家のものはご自由にドウゾ』

「不用心か……いや鍵は閉まってるからいいのか」

 どうやら家主は真夜中に帰っては早朝に家を出ていくらしい。見事に柚希の活動時間に合わない忙しさだ。仕方が無いので冷蔵庫にあるもので適当に2人分の夕食を作り、用意されていた客人用の布団に早々に潜り込んだ。依頼書にはなんて書いてあったか、よく覚えていない、それ故にいつまでここを借りることになるかも分からないが、しばらくの間は気を休める場として使わせてもらおう。

 ならば、明日の夢を見て、お休み。

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