4.始まり
4.始まり
薄暗く、魔力の光だけが照らしている
何処かは分からない、だが、ここには
この空間には、人は一人としていない、この薄暗い場所の中に、人ならざる者がびっしりと敷き詰められ、蠢いていた。その集団を統べる者が一人、それは自身が王であるかのように、玉座を模したと思われる椅子に腰掛けていた。
「閣下、ご報告が」
「話せ」
「ミノタウロス族、筆頭、ダレクの死亡がたった今確認されました。」
「ダレクがか?誰が殺した?」
「千里眼からの報告によると、例の
『奪い取った四肢』の持ち主だと思われます。」
「…………魔王様に伝えておけ、」
「はっ!」
その者の顔には表情が無い、と言うより肉も皮も無い、骨だけのその存在はカタカタと言わせながら、笑っていた
「ふふ、ふはは、はっ、はっ、はっ!」
「英雄め、存外早かったではないか、
だが、もう遅いぞ?」
そう言うと、その存在は目の前の群衆を赤い目で、不気味に見つめていた。
「もう直ぐ着きますよ、旦那」
御者の言葉に眼が覚めた、寝てしまっていたらしい、この前の襲撃の違和感が拭えず、なるべく警戒をしていた為、ここまで深く眠るのは少し久しかった。目が覚めたことによる少しの脳の混乱とぼやけた眼がはっきりとして来て、視界の遠くに、端が見えない防壁が見えることに気が付いた。その壁とは聖王国の聖都を護る壁である。モエニアのものには劣るがその遠目に見える防壁には確かにその国を護る役目に相応しい風格を感じた。
その壁を見て、安堵のため息が出る、
それは、到着へのものと、何事も無かったことへのもの、
この旅の道中、右腕の力を使った為、利き手の調子が悪いと言う問題があったが、それも彼個人の問題に納まり大事へと至らなかった事への安堵の意味もあった。
「もう着くのか、早いな」
青年のその言葉に御者が答える。
「戦争が物流を進化させましたからね、ここまで太く安定した道が出来たのも兵站を安定させる為、戦争さまさまですよ、全く」
皮肉めいた彼の言葉が馬車に乗る者たちの話し声で直ぐに聴こえなくなる、そして、目の前に残る一本の道には戦争に足を運んだ者たちの影が見えていた。
御者の通行証のお陰で難なく正門を通れたことに安堵する。
その後、正門から少し進み、小さくだが城を見る所が出来る広場にて馬車は止まり、
「それでは、旦那、」
そういい残すと御者は馬車を走らせ街の奥に消えていった。何せ、怪我人を専門の魔術師がいる医院にまで届けるらしい、それ程の人材が揃った場所、あの者たちに必要かどうか、確かに悩ましく感じるとあの皮肉好きの御者に少し共感した。
傭兵団の者たちもここで馬車と別れる様で、寄せ集めの傭兵達は皆、各々の行き先を目指して行った。
去り際に青年に対して、
「セイル、元気にしとけよ?」
そう言われている彼の、人となりを少し知れて気がした。
その青年はと言うと、傭兵団の本部への報告をしに行くらしく、またここで落ち合うと言うことにした。
セイルが去り際に、
「レイ、右腕、直すと当てはあるのか?」
と言われ、右腕が壊れていることは黙っていた為、それには面食らったが
「大丈夫だ、長い付き合いのが一人いる。」
と、そう返し、その場は終わった。
傭兵団本部への道程はここからそう遠くは無い、目の前の通りを抜けて右に曲がれば直ぐだ、だが、今日はやけにその道程が長かった。何時もと違い道行く人の声が混ざり合いよく聴こえてくる。
「聞いた?お隣さんの..........
「また、南に残党が出たんだと、.........
「家の息子は戦争に出す気は無かったんだがね...............
「英雄だなんて呼ばれてるが、実際は................
「あんなのに憧れる位なら.................
「早く帰って来て、家業を..............
「そりゃぁ、心配よ..............
英雄、最近その言葉をよく聞く、だが、その「よく聞く」と言うのは決して英雄への称賛では無い、平和になりつつある民の中では、英雄は疎ましい存在になりつつある。
だが、戦争は、まだ終わっていない、ここに帰ってくる筈の人が帰ってくるまで、もしくは還ってくるまでは、この人達のとっての戦争は終わらないんだろう、そした、その者達にとっては英雄等最早どうでも良く、待ち人に会えること、それだけが民にとって求められていることなのだろう、だが、もしまた英雄を欲する時が来た時に、彼らはなんと言って、英雄に縋るのか?
そんな考えを改めて、巡らせながら、寂しさと共に目の前の傭兵団本部の扉を叩いた。
「はいよ、何方さんで.......................セイルじゃないか!?帰ってきたんだな!」
その久しく聞く声に、思わず気が緩んだ、ここに来るまでにあったこと、全て話したい、話さなくてはならない、
「ロイの野郎は何処だ?またそこらで女でも........」
その質問の答えは、青年の顔にあった。
目の前の男は青年の顔を見て察したようで表情を変え、セイルを招き入れた。
「そうか、ロイズが...........いや、まあ、取り敢えず入れよ、」
そう言う男の顔はやはり少し翳っていた。
そして、促されるままその扉の中へと入った。
少し時が立つ、中に集まり長い机を囲んでいるのはこの傭兵団のメンバー達である。傭兵団とは言っても、知名度はそこそこ、メンバーも今はセイル含めて四人へと減ってしまった。少数精鋭と言えば聞こえが良いが、大規模な傭兵団への加入者が増える一方でこう言った個人でのグループは人材不足が絶えないのが現状だ。
「ロイズ・セパード死亡、か、親御さんに伝えなきゃな、」
人並外れた背丈を持つ、頭を刈り上げた大男が一人、名をダリル・リライア
「あいつにしちゃぁ、随分立派な死に様だとは思うな」
長身細身で肩より下まで髪が伸びている男が一人、名をエミール・シャルティエ
「んまぁ、取り敢えず話の続きを聞こうや、」
そしてセイルを迎えた中肉中背で男にしては長めの髪を頭の後ろでまとめた男が一人、名をノア・ガルシア
以上がこの傭兵団のメンバーである。
「ああ、そこの場所、街道を中程まで進んだ位置、沼地の近く、そこにミノタウロスが現れた。」
その場にいる一同は少し驚いた様子を見せた、そして直ぐにその顔を暗くした。
「ミノタウロス、か、ここらにも残党が出るようになったか......」
刈り上げた頭をかきながら男はいった。
「まあ、散っていった範囲が広過ぎて軍の包囲を抜けた残党が南に出た位だ。本来なら、ここらが先に被害に遭う筈なんだしな、」
後ろにまとめた髪を揺らしながらもう一人が言う、
「聖王国側は軍を国防の為に集中させてるからな、他の国が『人類の為に』って言葉を掲げて、残党狩りに尽力してる中、国優先とはね、」
そして長く、良く手入れされた髪を触りながらまた一人かそう言った。
それに対して、まとめ髪の男は、少し批判めいた言葉で返した。
「何だよ、ここの奴らにとっちゃいいことだろう?」
それに対して長髪の男はその手で弄っていた長く綺麗な髪を放ると、それに対して批判し返すように言葉を返した
「なんだい?、君は外国人からの風評を考えられないくらいに馬鹿なのかな?」
その言葉にまとめ髪を大きく揺らしながら男が返そうと口を開けた瞬間に刈り上げた坊主頭の大男が割って入った。
「はいはい、セイル、取り敢えずは連絡だ。報告は以上だな?セパード夫人の所に行くぞ、」
刈り上げた頭の大男はそう言うと、席を立つ、そして、青年はその坊主頭の後を追った。その者らの背中の裏には今にもその言い合いを再開する為に二人が出ていくのを待つ二人の男がいたが、これ程までにいがみ合いに勤しめるのも、世が平和になりつつある証なのかも知れないとセイルは内心思いながらその扉の先へと歩を進めた。
「お前は南の田舎もんだもんな!」
「何だって?聖都の坊っちゃんが!」
扉を閉めて直ぐに飛び交う言葉達を聞いて、もう少し待てないのかと呆れたのは何度目だろうか?
そんな呆れと共に歩みを進めた。
街は活気に満ちている、様に繕っている。人々の中から徴兵という形で、若者が抜き取られ、それでも、彼らが帰る場所を守るために生きようとする。
その鋼の足から小気味いい金属音をさせながら彼はそう思っていた。
目的地は、決まっていて、市場を抜け、大通りから路地に入り、そして緩やかな階段を、途切れ途切れな手すりを、脱力して戻らない中指と薬指以外の指を使って掴みながら、進んでいる。
彼は先日の戦いで右腕を壊してしまったその為の修理の為に、今回の目的地へと向かっている、本来なら月1回の定期点検の為に聖都を少し立ち寄るだけの予定であったのに、術式自体の書き直しがいる可能性がある、その為にこの聖都滞在は少し長居になりそうであった。
歩き続けては一つ、また一つと絶え間なく会話が聞こえてくる。その中から聞き取れる断片を集めている理解すると、
不満、不安、怒り、憤り、様々な負の感情があるが、皆押し殺し、平和な様にして過ごしている。いや、正しくは平和になりつつある、だが平穏は戻らない、これらを見聞きすると、やはり、まだ戦争は終わっていないと言うことをひしひしと感じられた。
この様な思考を巡らせながら彼はゆっくりと、その鋼の手足を使い歩んで行く、
奇しくも同じ様なことを考えた二人だが、これが偶然か、それともそれ以外の何かか、ただ、彼らに共通するものがあると言うことだけは確かであった。
そして、そんな感慨に耽る者を見下ろす影が一つ、その影にまだレイは気づいていない
戸に軽く3回、ノックをする。こんな時、どの様な顔をすれば良いのか、ここまでの道程ずっと考えていたが結局分からずに着いてしまった。
戸が開き、女性の声がした。もう結構な年であることが伺えるその声を聞いて、少し、胸が苦しくなった。
「は~い、何方さんで?あら、あんたらは、ロイズの同僚の.......」
その顔と対面して、少し怖気付いてしまった。だが、話さなくてはならない、どの様な最期であったかを、それが生き残った者の義務なのだから
「旦那様の方は?」
「仕事です、大丈夫、私から伝えられます。」
そう何かを察した目の前の中年の女性はただ黙って、此方が話すのを待っていた。
「今回はロイズ・セパードさんの件で、お伝えしたいことがありまして、」
「そうかい、あの馬鹿息子がね.....」
一通りを話し終えるまで、目の前の女性はひと言も言わずに、ただ、優しく聞いていた。それにどうしても耐え切れずに思わず気持ちが溢れる。
「申し訳ないです!自分はその場に居たのに、助けることも出来たのにっ、怯えて、何も出来ず…ロイズさんは……」
彼女はそれを聞き口を開こうとしている。怖い、怖い、誹りを受ける覚悟をしていた筈だ。だがそんなもの、まやかしであったかのように今はただ、その口から何が発されるのかに恐怖している。
「ありがとうね、」
その言葉に、拍子抜けした。どの様な罵声かと怯えていた、と言うより、自分の不甲斐なさを突きつけられるのが怖かった、自分で自覚しているより、どれ程に自分が弱いのかを突きつけられるのが、
だが、現実は感謝と言う優しい言葉で、セイルはひたすらに混乱していた。
そんな驚いた顔を見て、夫人は話を続けた。
「あいつはな、小銭目当てで戦争に行った馬鹿者だ。そして、そうせざるを得なくした私達親は大馬鹿者だ…」
「私が一番責任を感じてるのさ…」
彼女は両手で持っていた手元のマグカップを置くと続けた。
「だからな、ありがとう、私達の代わりにロイズの側にいてくれて、あいつはあんた何かよりずっと年上だが、人の何倍も臆病だ。でも、そんなあいつが人を庇って死んだ、その成長を聞けて私は嬉しいよ。」
彼女の目は真っ直ぐと此方を見つめていた。その目が、その言葉が何の強がりでも、嘘でもないことを物語る。
「それに、お前さんが責任を感じることは無いよ、ロイズが決めたことだ。お前さんには何の咎もない」
結局最期まで、セパード夫人に励まされてしまった。本来やるべきことを逆にしてもらう形になってしまった。そのことに今さらながら後悔していた。
「セイル、セパードさん程優しい人は居ないぞ、心に留めておけ………
そして、次からはちゃんとしろ」
「はい……………リライアさん」
その短い会話の後、傭兵団本部への帰路では、セイル・レシラムとダリル・リライアの間には一切の会話が起こらなかった。
二人が去った後の静かな部屋で、その老けた女性は棚の上の家族写真を見て思いに耽っていた。
「ロイズ、この前な、ご近所さんに子供が生まれんだって、元気な赤ちゃんでな、あんたを思い出したよ。ロイズ、あんたが助けた青年は、随分立派になってるよ、なあ、ロイズ」
そう独り言を呟く彼女の頬には、レースカーテン越しに入ってくる優しい陽光を反射する一粒が流れ落ちていった。
誰もがこの平和が続くことを望み始めたその証拠に、世間の英雄への風評も変わりつつあった。だが、その無防備な平和の芽を踏み潰さんと近付く者が
着実にそこにはいた。




