リリスの告白
食堂へ着く。長い木のテーブルが十数個綺麗に並んでいた。壁際には大きな鍋が並び、スープが香る。奥行きは広く、テーブルの数さえ増やせば、さらに人数を収容できそうだ。
「ここで全員が飯を食う。今は少ないが、一応設計上は200人って話だ」
「煮炊きの煙で、バレたりはしないのですか?」
「嬢ちゃん、鋭い質問だな。だが、心配ない。煙は各所に分散して排気するようになってるんだ」
「なるほど」
次に訓練場。
天井の高い空洞。木人形がずらりと並び、木には打ち込まれたであろう剣痕が無数に刻まれている。
「ここで武術の腕を磨く。こんな森の中の、しかも地下だ。遠慮なくガンガン暴れていい」
「これだけの空間、いったいどうやって作ったんですか?」
「団長の異能、見ただろ?こうした地下施設の大部分は団長と副団長で拡げて作って来たんだ」
ノルの脳裏に先ほどのスカーレットが見せてくれた力が浮かぶ。なるほど、あれなら確かに土木工事も出来てしまうかもしれない。
最後に二人分の小さな個室。
「悪いが、今は空いてる部屋がここ一つしかない。ベッドは二つある。……男ひとりと女の子ひとりじゃ、普通は別にするんだが…」
ノルは一瞬言葉に詰まったが、リリスが先に小さく頷いた。
「私は構わないです…ノルなら、大丈夫」
ダグは「そうか」とだけ言って、扉を閉めた。
部屋は狭く、木のベッドが二つ、壁際に寄せて置かれている。間に小さな燭台があるだけだ。松明の明かりが通路から差し込み、すぐに消えた。リリスは用意された服――少し大きめの麻のシャツと短パン――に袖を通す。
裾が膝まで届き、襟元がゆるんで鎖骨が覗く。銀髪は、ほんのり湿っていた。灯りに透けて淡い光を帯びている。彼女はベッドの端に腰掛け、膝の上で指を絡めた。
「……血の匂い、まだ取れないね」
ノルは黙って自分の手を見た。乾いた血が爪の間にこびりついている。リリスはそっと立ち上がり、ノルの隣に腰を下ろした。
「……ノル」
彼女はためらいがちに、ノルの右手を取った。冷たい指先が、震えるノルの指の間に入り込む。
「今日、初めて人を殺した。……震えてる、よね」
ノルは答えられなかった。リリスは俯いたまま、ぽつりぽつりと、まるで自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「私も……大勢殺した。……ノル。私は、前世、というのかな。この姿になる前は、シュタール帝国の軍師だったの。人々は私を『銀の賢者』と呼んだ。私が望んだのは、誰も泣かなくていい世界。でも、私が死んだ十二年で、すべては腐ってしまった」
声が、わずかに震える。
「私が築こうとしたはずの帝国は、もうどこにもない。残っているのは、理想とは程遠い残骸だけ。そして今度は……転生した私が、またその残骸と戦うことになる」
彼女の指が、ぎゅっと力を込めた。
「ノル、ごめんね。私がそばにいたから、あなたを巻き込んでしまった。あなたに、人を殺させてしまった。
転生しても、私はまた……同じことを繰り返してる」
最後の言葉は、ほとんど吐息だった。まるで自分を責めるように。ノルは黙って、握られた手をそっと握り返した。
「……俺は、リリスがいなかったら、もう生きてなかった。エレナも、カシルも、全部失って……俺はリリスに、生きる理由をもらったんだ」
「でも、それは……」
「違うよ、復讐だけじゃない。こうして一緒に戦ってる人たちがいる。リリスが目指していた帝国があるんなら、一緒に取り戻そう」
リリスは顔を上げなかった。銀髪が頰にかかり、震える肩を隠す。
「……ありがとう。でも、私は……まだ、許せない。自分を」
二人はそれ以上何も言わなかった。ただ、暗闇の中で、冷たい指と熱い指が、しっかりと絡まったままだった。
次の日の朝。
朝食を終え、食堂を出ると、ログがノルの袖を引っ張った。
「よお。ノル、訓練場に来いってさ。俺じゃなくて、カレン姐さんが直々に」
ノルは少し緊張しながら頷き、リリスに軽く手を上げて別れる。リリスは心配そうな目で送り出しながら、小声で「頑張って」と呟いた。
――地下訓練場。
赤銅色の髪を短く切り揃えたカレンが、腕を組んで立っていた。革の胸当てに、腰の長剣。手を腰に当てながら、立っているだけなのに、何故だか威圧感が伝わって来る。
「おはよう。団長から話は聞いてるよ」
「お、おはようございます!はい、カレンさんに鍛えてもらえって……」
カレンは小さくため息をついた。
「あの人、愛想はいいけど、人使いが荒いのよね。私だって暇じゃないのに」
「あの……なんだか、すみません……」
「あんたも気をつけな。そのうちこき使われるわよ」
「は、はぁ……」
ノルが困った顔で固まると、カレンはクックと笑った。
「半分冗談よ。まあ、まだ人が少ないんだから仕方ない。団長が私に直接頼んだってことは、期待してるってことよ。早速、武器を取って構えてみて」
ノルは腰の短剣を引き抜き、構える。カレンは部屋の隅から木剣を一本手に取り、軽く振った。
「私は異能を使わない。あんたは全力でかかってきていいよ」




